第21話 最終決戦、そして父は


ぼくは刀を握り直し、再度、攻撃の構えをとった。


「ちょっと待て、勇。とどめを刺す前に、お前に聞いておきたいことがある。お前は自分が長宗我部家と一条家の血を受け継いでいるということを知ってどう思った?

どちらの先祖を大切に思っている?」


「ぼくは自分の先祖を知って苦しんだこともあった。引きこもりになりそうになったし、病んでしまいそうになった。でも、今は違う。どちらかの先祖に優劣をつけることはしないし、さらにその先祖によって自分が思い悩むこともしない!侍さんも言ってくれたけれど、先祖が誰であろうと、ぼくはぼくなんだ!」


「その通りじゃ、勇…」と侍さんもうなづいている。


しかし父はかぶりを振った。

「関係ないことはない!俺たちは、先祖から命を紡いでもらっているんだ。先祖の活躍があったからこそ、今ここに生きている。最近、先祖を大事にしない奴らがいるが、俺には考えられん…

先祖の敵は、今も敵だ。俺の先祖の長宗我部家にとっては侵略者の山内家であり。下士の出身者で占められた長元組にとっても統治者の山内家だ。まあ、選挙では負けちまったがなあ…」


ぼくは父の話を聞いて、心底悲しくなった。

「父さんはさ。目の前の人と先祖と、どちらが大事なの?」


「なんだと?」


「父さんたちは、恨み事ばかりじゃないか…

一条家は長宗我部家を恨んで、長宗我部家は山内家を恨んで…

どれだけ恨んでも、復讐しようとしても、何も解決しないんだよ?いつまで、拘ってるんだよ!?」


ぼくの言葉は侍さんにも突き刺さっていたようだ。侍さんもかつては、自分を陥れた長宗我部元親を恨んでいたのだから。


「それは先祖の関係だけじゃないよ。国際関係だってそうだよ。韓国と日本はいつまでいがみあっているの?ドイツとフランスだってかつては憎き敵だったけど、今では友好関係を築いているじゃないか。戦いが終われば、ノーサイド。そしてお互いの手を取り合うことはできないの?

そして、自分の隣の人や大切な人に、感謝や優しさを…」


「もういい!」父はぼくの言葉を遮った。「綺麗ごとはもう十分だ…世の中は、そんなに甘くはないんだ!もうおしゃべりは終わりだ。とどめを刺してやる」

そう言って父は、木刀を中段に構える。


「勇、お前の力で父を倒すのじゃ!」侍さんはぼくを激励した。そして中段に構え、父と対峙した。


お互いに向かい合い相手の仕掛けを待つ。ドクドクと、まるで互いの呼吸が聴こえようだった。

こちらが間合いを詰めると、父はすっと身を引いて間合いを開けた。しかし間合いを詰めることができても、こちらに勝機があるとは思えなかった。多少修行を積んだとはいえ、父との実力差を感じていたのだ。得物を握る手が汗ばむ。どうしたら勝てるのだろうか。


ぼくの動揺を感じ取った父の動きは早かった。さっとすばやく踏み込み、腰を落としたままぼくの腹部を横薙ぎした。腹筋が割れるかのように傷み、膝をついてしまう。


「勇、自信を持つのじゃ!儂らと特訓したじゃろう!大丈夫、きっと勝てる!」侍さんは、ぼくを必死に激励した。


しかし、父は攻めを緩めない、真正面から間髪を入れず、次々と斬りたてる。腕や手首を何度も打たれ、手の感覚がなくなってきた。ギリギリのところで致命傷を避けていたが、勢いに押されてジリジリと後ろに退がっていった。

だがそこで踏みとどまり、再度構え直した。父も少し攻めあぐねているようだった。ぼくは防戦一方だったが、守りの意識が強く、致命傷は受けていなかった。


ここで焦りが生じてきた。このままでは負けてしまう。

もちろんぼくが負けて気絶してしまっても、宗輝さんがいるのだけれど、それじゃ京都の時と同じだ。人に頼っていてはだめなんだ。なんとしてもぼくの力で、父の愚かな野望を止めなければならない。そうでないと、父は自らの行動の過ちに気付いてくれないのだ。


「戦いのコツは、如何なる時でも慌てず、冷静にじゃ」侍さんは再度ぼくに激励の言葉をかけた。

そうだ、冷静さだ。どんなときでも冷静に戦況を観察しなければならない。


突破口を求めたぼくは、さっと中段に構え直して中心をとった。そしてつっと間合を詰めた。剣先で圧迫しつつ、「やあ」と手を上げて胴を襲った。しかし、振り下ろした刀は父の体には届かず、あっさりと弾かれてしまう。



「そろそろ勝負を決めようか」父はそう言うと、刀をやや下段に構えた。「下段…」ぼくはその構えをチャンスだと思った。府中市での修行でスナップを鍛えた特訓が活きるはずだ。


そのとき、父の木刀は恐ろしく早い速度で弧を描き、巻き込むようにぼくの刀を捉えようとした。ぼくは手首の力を最大限に使い、父の木刀から逃げるように、自分の木刀に弧を描かせる。そして父が描いた弧をはるかに上回るスピードで円を描き、父の木刀を巻き込むように捉えた。


バチッ、という大きな音がなり、父の持っていた木刀を上空にはじきとばした。その一瞬の隙を見逃さず、ぼくは父の頭上に木刀を振り下ろした。

「これで、終わりだぁ!!!」

ゴンッという鈍い音をたてて、父の頭上に木刀が突き刺さった。父はうなだれるように、コンクリートの上に倒れた。


降りしきる雨、音を立てて転がる木刀…ぼくは、父に勝ったのだ。



―――――――――――――――――


しかしそのときのぼくは、勝利の喜びよりも父のことを心配していた。そして、倒れた父の元に駆け寄る。

「大丈夫、父さん!?」


父は反応がなかった。しかし数十秒ほどすると、うっすらと目を開いた。


「つ、強くなったな。勇…」

脳を強く打たれた衝撃で、父は意識が朦朧としているようだった。


そのときだ。父の横に憑依していた長宗我部元親の色が透けてきたのだ。


「どうした、元親…?」父は透けていく元親に問いかけた。


「成仏するみてえだ…俺の無念がなくなったからな。」


「どうして?元親の未練とはいったいなんだったんだ?」


父からの質問に対して、元親はこう答えた。

「俺の未練は、息子の成長した姿を見れなかったことだよ。豊臣秀吉の軍監・仙谷秀久のせいで、嫡男の信親は若くして命を落とした。俺はそのことが本当につらかったんだ。だから現世にしがみついた。まあ、封印されちまったがよ…だが、お前が俺の封印を解き、共に過ごしていく中で、俺の気持ちも変わっていったのかもしれねえな。そして、たった今。お前の息子の勇は、父親に勝利した。俺はお前に憑依をしているから、勇は俺の息子のようなものだ。

その勇が、考え方だけでなく剣術でも、父親に勝るほどの力を手に入れていたんだ。その姿を見ることができて長年の心のつかえがとれたようなんだ…」


父は元親に言った。

「そうか…じゃあお別れだな。俺も元親も、息子の成長が何よりも嬉しいだなんておもしれえよな…あ、そうだ。偉そうに元親と呼んで悪かったな。本当は尊敬してたんだぜ?」


「っへ。気にするな。あと最後にお前に伝えておきたい」


「なんだ?」


「成仏するときってのは、さわやかな気持ちになるんだな。勝手にお前の魂を乗っ取ったりして悪かったな。俺もどうかしてたんだ…すまねえ…

もう山内や土居、一条への恨みの気持ちが薄れていっている。あの世では、現世で争ったやつらとも酒を酌み交わそうと思う。だからお前も、もう恨みに縛られるな。」


長宗我部元親はその言葉を遺言にして、跡形もなく消えてしまった。もう誰にもその姿は見えない。きっと成仏したんだろう。元親が消えていくのを見届けた父は、とても寂しそうだった。



そのとき、佐田の沈下橋を渡って、2台のパトカーがやってきた。パトカーから降りた警察官は、ぼくに話しかける。

「遅くなってすいません、パンク修理にてこずっていたもので…あ、あなたが勇くんですね?」


「は、はい。どうしてここがわかったのですか?」





すると、パトカーからぼくの母とジイが降りてきた。


そして、警察官はぼくらに説明を始めた。


「検問をしても犯人の行方がわからなかったので、私たちも苦労していたんです。

すると、こちらのお爺さんから電話があって、天久勇という少年の母の電話番号を教えてくれたんです」


母さんは黙って頷いた。


「そして、お爺さんは、天久勇の居場所が犯人の場所だ、と言いました。その後、私たちは、あなたのお母さんのスマホを使って勇くんの位置を特定し、ここにやってきたというわけです」


「どうして、ジイもここにいるの?」

ぼくの問いかけに対しては、ジイ本人が答えた。ジイは柔和な笑顔を見せる。


「勇くん。最後にあなたのお父さんとあなたたちに挨拶をして、自首をするためですよ。スパイとしての役目も終わりましたので」


続いてジイは、父さんに語りかけた。

「久しぶりですね。私のこと、覚えていませんか?あなたから10万円をいただいて、雪お嬢さんの居場所を知らせた件について、自首をしようと思いまして」


父さんは、ぶっきらぼうに答える。

「なんのことだ?俺はこんなジイさん知らねえし、やり取りもしてねえぞ?」


「え?」戸惑うジイは、じっと父さんを睨みつけた。


「ああ、思い出した。このジイさんは俺がガキの頃に神社で剣道を教えてくれた人じゃねえか。このジイさんは、事件には関係がねえ。捕まえるだけ無駄だぞ、警察!」


警察官は事態が飲み込めず困惑していたが、証拠がないためジイを捕まえることはしないようだ。


ジイは何も言わずに、涙を流していた。



その後、もう1台のパトカーが到着する。そこから、雪とトシ、そして、婦人警官が降りてきた。


婦人警官は長い髪を揺らしてながら話を始めた。

「遅れてすみません。発砲された少年の様子を確認しに行ったのですが、この2人がどうしても勇くんがいる現場に連れて行ってほしい、と懇願するので連れてきました。

腹部を打たれた男の子は、もう治療済みです。たいしたことのない軽傷だったので安静にする必要もないようで…」


トシはニヤっと笑って「脇腹の骨をかすっただけだ。もうぴんぴんしてるぜ」と言った。



警察官は、婦人警察官に、「君は部下たちを確保してくれ。俺はお頭を…」と言った。


父を一瞥したあと、ぼくにこう告げた。

「では、君の父を逮捕します」


ぼくは警察官をじっと見つめた。

「ちょっと待ってください。少しだけ、父と話をさせてください」


警察官は、一呼吸置いた後、「わかりました。あなたの父を確保できたのも勇くんのおかげです。心ゆくまで話をしてください」


そしてぼくは父に、今日まで言えなかかったことを語り始めた。



―――――――――――――――――


<父と息子の和解>


「父さん、聞いてくれるかい?」


「なんだ?」


「父さんは、母さんとぼくのことが嫌いになったの?母さんとぼくが一条家の血を引いていることを、まだ恨んでいる?」


父は横たわったまま、語り続ける。

「いや、そんなことはないさ。もう血筋をとやかく言うのはやめだ。元親にも叱られたからな。

お前たちを捨てたのは、元親に憑依されていたことと、自分に覚悟がなかったからだ。俺は本当にどうかしていたよ。もちろん長元組の仲間たちは大切だ。だから俺は悪事に手を染めて、家族を捨ててでも自分の暴力団を守りたかった」


「ぼくが父さんを止めなければ、父さんは奪った金で海外に逃げてたんだよね?それを阻止されたこと、怒ってる?」


「いや、怒ってねえよ。金を奪って海外に高飛びして、それで幸せだったのか、今ではわからねえんだ。もちろん、そのときは幸せかもしれねえが、そんな生き方じゃおてんと様に胸張って生きれねえもんな。暴力団全員が胸張って幸せに生きることができるのは、決して強盗じゃねえ…それにやっと気付いたぜ…」


ここで、母さんも口を開いた。

「ねえ、あなた…私たちのもとに戻ってきてよ?」


「…それはできねえな」


「どうして?」


「自分の犯した罪を償わねえと…俺は山内家から2000万円を奪い、銀行強盗に、パトカーをパンクさせたり、数々の罪を犯したんだから…」


「そうね…」母さんは力なく呟いた。


ぼくは父に尋ねる。

「じゃあさ。父さんが罪を償い終わったら…3人で暮らせるの?

暴力団の頭としてではなく新しい仕事を始めて、ぼくらのもとに戻ってきてほしいんだ…」


父は考えるように返答した。

「…お前たちはどうなんだ?こんなひどい父親をもう一度、受け入れてくれるのか?」


「もちろんよ…」

「もちろんだよ…」


ぼくと母さんがそう答えると、父は満足そうに笑っていた。



そしてぼくは、言えなかった言葉を伝えることにした。

「それとね。父さんに、ずっと言えなかったことがあるんだ」


「なんだ?」


「昔、父さんは、ぼくが竹刀を振れなくなったときに失望したよね?ぼくはあのとき、こんな言葉を言ってほしかったんだ」


「勇、今ならわかるぞ、その言葉が…

一緒にがんばろう、一緒に立ち向かっていこう?だよな…」


ぼくはその言葉を聞いて、目頭が熱くなった。

「そうだよ、そうなんだ。そしてぼくは今、父さんにこの言葉を伝えるよ…

父さんもこれから拘置所でつらい日々が待っていると思う。罪を償うことは、悲しくて、しんどくて、寂しいかもしれない。でもね。ぼくと母さんもそばにいるから。

一緒にがんばろう、一緒に立ち向かっていこう?」


父の目には、涙が溢れていた。

「母さん、ごめんな。愛することができなくて…

勇…ごめんな。お前を大切にしてできなくて…お嬢ちゃんに、山内家にひどいことをしてしまって…

ただ、お前たちがもう一度俺を受け入れてくれるなら…

出所してから、家族3人で一緒に暮らそう…」


ぼくと母さんは、倒れている父さんに抱き着いて声を上げて泣いた。



その後、父と、宗輝さんに倒された組員たちはパトカーで連行されていった。これから、それぞれの罪を償うことになる。奪った2000万円は、いずれ雪の家に返還されることになったそうだ。


そして、暴力団・長元組は、メンバーの逮捕により自然消滅となった。


しかし、ぼくは信じている。

父さんはきっと帰ってくる。そしていつか、家族3人で幸せに暮らすんだ。

今まで経験できなかった家族の幸せな時間を、取り戻すんだ


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