第19話 弾丸の行方、黒幕の真意

ぼくを庇って銃弾を受けたトシは、そのまま地面に倒れ込んだ。


そのとき、ぼくの体は無意識に反応していた。


袋に入れたままの木刀を背中に背負ったまま、拳銃を持つ男に向けて走り出した。

男は、「俺に近づくな!」と叫んで、さらにもう一発の弾丸を放ってきた。体をゆらりと傾けてそれを避ける。勝手に体が動く…侍脳かもしれない。


男に近づいたぼくは、背負った刀を手に取った。そのまま大きく踏み込み、男に一刀を浴びせた。


倒れこんだ男から拳銃を奪い取り、ぼくは男に問いかけた。

「長元組の人だね?」


「ああ、そうだ。だが、これはキツツキ戦法だぜ」


「どういうこと?」


「銀行強盗が成功するだなんて思っちゃいない。俺の行動は、時間稼ぎに過ぎないってことだ…」



そのとき、宗輝さんは119番に電話をかけ、救急車を呼んでいた。致命傷は避けていたようだが、トシは苦悶の表情を浮かべている。彼の腹部からは赤い血が流れていた。トシの横では、ケンモツさんが「トシ、しっかりせえ!」と、叫んでいた。


空は徐々に曇ってきた。嵐の前の静けさのようだった。



―――――――――――――――――


白バイ警官に扮して現金輸送車を奪ったのは、長元組の頭である、勇の父だった。


父が現金輸送車を操ってある場所にたどり着いたとき、そこには1台のバンがあった。

その中には、千枚通しのパンク作戦や、道路を混乱させる役目を終えた組員たちが待機している。


「お頭!やりましたね!」


「ああ、非常停止装置が作動するかどうかひやひやしていたが、なんとかここまでこれたぜ。早く現金を移し替えるぞ!」


彼らは現金輸送車のセキュリティを解除するキーも事前に入手していたため、現金の移し替えはすんなりと進んだ。現金輸送車をその場に乗り捨て、バンに乗り換えたあと、父たちはある場所に向かって、逃走を始めた。



現金強奪事件の報告を受けた警察は要所で検問を実施しようとしたが、パトカーはパンクさせられており使い物にならなかった。ディーラーやオートバックスを呼ぶよりも、自分たちでタイヤを交換したほうが早いと思い、F1のピットイン顔負けの速度でタイヤを交換した。


その後、急いで検問を始めたが、自動車の乗換えを想定していなかった事もあり、父の車を補足することはできなかった。



―――――――――――――――――


四国銀行四万十支店の前に救急車が到着し、トシは運ばれていった。


ぼくは担架に横たわるトシに声をかけた。

「どうしてぼくを庇ったんだよ…?」


トシは、うっすらと目を開きながら声を吐き出した。

「か、庇ったわけじゃねえ…10年前の借りを返すいい機会だっただけだ…それにこれぐらいどうってことねえ。腹部をかすっただけだ…」


「…だ、大丈夫?」


「俺のことは気にするな、だから勇、お前は父の元に行ってこい。そして、止めてこい…」


トシはふり絞るようにそう言うと、そっと目をつむった。そして、彼を乗せた救急車は発進した。



―――――――――――――――――


ほどなく、四万十支店に警察がやってきた。

「遅くなってすみません。パトカーにトラブルがあって到着が遅くなってしまいました」と言ったあと、彼らは犯人を連行していった。



銀行内に取り残されたぼくと宗輝さんは、少しため息をついた。あまりに急な出来事の連続に少し疲れてしまったのだ。


そのとき、再度、さきほどの番号から電話がかかってきた。


「あなたは何者なんですか?」ぼくは、いきなりそう尋ねる。


電話口の男性は、「もう隠すのをやめましょう」と言って、あえて変えていた声色を戻した。「勇くん、私ですよ」

その声の主は、ジイだったのだ。


「あなたは、雪の家の執事だったジイ…ですね?」ぼくは、彼にそう尋ねた。


「そうですよ」


銀行の窓口の奥にいた雪は、即座に反応した。

ぼくの元に駆け寄り、「私にも聞こえるようにスピーカーにして!」と言った。


スピーカーにしたぼくは、ジイとの会話を続ける。

「京都の時のあなたの行動には不可解な点が多すぎました。

長元組に雪の場所を伝えて、彼女の誘拐を手助けしたかと思えば、ぼくとトシには雪が捕らわれている場所を教えた。まるで二重スパイのような行動に、どういう意味があったのですか?」


雪も、「そうよ、ジイ。あなたはなぜ、私たちの元を去ったの?」と尋ねた。


ぼくらの質問に対して、ジイはゆっくりと答える。

「肉を切らせて骨を切るという言葉を知っていますか?私の狙いはそれです。

ある程度、長元組を泳がせて、彼らが決定的な犯罪を起こしたときに一網打尽にしようと思ったのです」


「どういう意味?」


「もう少し説明しましょうか。

私は、長元組の頭、つまり勇くんの父、とは古くからの知り合いでした。そして、彼らの組織が本当の悪ではないと感づいていました。

しかしリーマンショックがあり、暴力団排除条例が制定されたときから、流れが変わりました。財政的に追い込まれた長元組は、いずれ私が仕えている山内家にとって大きな脅威となるのではないかと思ったのです。しかし、警察は当てになりません。何せ、裏取引などで彼らとのつながりがあったのですから。


また、その頃の私は、お嬢様の父、山内市長の政治政策に違和感を抱いていました。

生活保護受給者や暴力団など、社会的な弱者や少数派を排除しようとする姿勢が見えたからです。


行政側、暴力団側、お互いに非はあると考えていた私は、両者にお灸を据えよう、と考えるようになったのです。ですから、荒療治にでました。


長元組が画策したお嬢さんの誘拐に手を貸したのです。しかし、私は長元組の頭の人柄を知っています。誘拐をしたとしても、お嬢さんに危害を加える男ではない、と。

そしてその後は、長元組の事務所に顔を出し、彼らの行動を見ていました。

2000万円を奪われた市長側ではなく、今度は暴力団側にお灸をすえるために彼らの行動を見張っていたのです。


警察は基本的に暴力団を逮捕はしません。しかし、決定的な犯罪を起こしたときは別です。

だからこそ、ある程度、彼らを泳がせて、大きな犯罪を起こしたときに一網打尽にするしかないのです。


こんな偉そうなことを言っていますが、私だって犯罪者です。私も京都での誘拐事件では彼らに手を貸しました。ですので、のちほど自首して、長元組と共に罪を償います」


ジイの話を聞いて、雪は彼にこう言った。

「ジイは、私たちを一方的に裏切ったわけじゃないんだね…自分を犠牲にして、そこまで考えてくれていたんだね…」


「お嬢さま、ですね?本当に申し訳ございません。私の行動で、あなたを危険な目にさらしてしまい、さらに心を傷つけてしまいました…」


「謝らなくていいんだよ…あなたの真意がわかったから…」雪は涙ぐんでいた。



ぼくはジイに問いかける。

「ぼくらはこれからどうすればいいんですか?父さんがどこにいるかわからなくて…」


「そうですね。勇くんに、長元組の作戦を教えましょう。

私は昨晩、彼らの作戦会議に出席していたので、ある程度は把握しています。

彼らの本当の狙いは、現金輸送車を強奪してそのお金で海外に高飛びをすることです。きっと今頃、車を乗り換えて、どこかの空港に向かっていると思われます。それがどこかまでは、私にはわかりません…しかし、四万十インターチェンジは彼らが事故を起こして封鎖する予定だったので、一般道で逃げる模様です」


「なるほど、わかったよ。教えてくれてありがとう」


「いえいえ。こちらこそ。私のスパイとしての役目も終わりましたので、そろそろ自首しにいくとしますか…」



―――――――――――――――――


ぼくはジイとの電話を終えたあと、宗輝さんと侍さんを見つめた。


「父さんを、追おう…」


「ああ、しかし、勇の父はどこいおるのかのう…」


「高知空港じゃないの?」ぼくはそう言った。


しかし、宗輝さんは高知空港説を否定する。

「いや、高知空港には国際線がないだろう。一度羽田空港を経由するとは考えづらい…」


「もしかして、愛媛の松山空港…」ぼくが呟いたとき、侍さんは声をあげた。

「勇、調べるんじゃ!今こそ、あの便利な機械を使え!」


そして、ぼくはスマホで検索をかけた。


松山空港発、中国・上海行の便が、今日の夜に運航していた。


「これだ!きっと父さんたちは、この便で上海に逃げる気だ!よし、父さんを追いかけよう!」


そのとき、「待って、勇くん!危ないんじゃないの?」と、雪がぼくの前に躍り出た。


「もちろん危ないけれど、大金を奪って逃げた父さんをほっとけないんだ…」


雪はじっとぼくの瞳を見つめた。そして、止めるのは野暮だと思ったのだろう。

「わかったわ。でも無理はしないでね。無事に帰ってきて?」そう言って、ぼくの手をギュッと握った。

その手は、ほっこりと温かかった。



宗輝さんは、スマホの地図アプリをぼくに提示する。

「松山空港への道は3つあるが、お前の親父はどのルートを使うんだ?」


「高知市内を経由する国道56号線はないと思う。これは、松山方面に向かっては遠回りだ。

439号線も山越えになるから時間がかかるんだ…

となると、残るは441号線…かな?」

ぼくはなんとなく、父が441号線を使うような気がした。


「そうとわかれば話は早い!勇、行くぞ!」宗輝さんはそう言ってぼくの背中を押した。


そして、ぼくと宗輝さんは中村駅の駐車場に向かい、宗輝さんが停めていたバイクに乗り込んだ。


「行くぞ、お前の父を追いかける!」


バイクのエンジン音が鳴り響いた。

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