第14話 敵か味方か。父の吐露
一方、森の奥深くまで進んでいたトシは、男たちから怪しまれていた。
「おい、ボウズ、どこまで行くんだよ?」
「熊なんている気配がねえぞ?」
「お前、俺たちをどこまで連れていくつもりだ」
このあたりが限界か、と気付いたトシは、「熊なんて嘘さ」とつぶやくと、振り向きざまに1人の男を叩き切った。一発で仕留めるという強い意志が剣にこもったのか、「ぐあ!」と叫んだその男は、息も絶え絶えにその場に倒れこんだ。
ようやく事態を悟った残りの2人の男は、すっと木刀を構えた。対熊用に持参した木刀を、案内役の少年に対して向けることは彼らも想定外だったのかもしれないが、やらなければやられてしまう。男たちも覚悟を決めた。
「お前、何者だ…」中段に構えた男たちは、トシをキッとにらみつける。
「通りすがりの、修学旅行生だ…」トシはそうつぶやくと、大きく踏み込んだ勢いそのままに、「であ!」と切りかかった。
彼が森の中を戦場に選んだのは、人数のハンデを小さくすることだった。見通しが悪く、歩きづらい森の中では、敵の連携は甘くなる。トシは1人ずつに狙いを定めて、敵の数を減らすことに注力したのだ。
トシは眼を血走しらせながら、懸命に木刀を振るった。彼は中学2年生にして170cmを超え、体格に恵まれていただけでなく、努力家でもあった彼の実力は道場の師範も一目置くほどだ。
しかしそんなトシも、一度に2人を相手にすることは楽ではなかった。トシの視覚を補うかのように、ケンモツは「左後ろから打ち込めれるぞ」と、言葉でサポートをする。
「こいつ、なかなか強いな」
対峙する2人の男は、人数の利を活かせずに攻めあぐねていた。
トシの戦い方は、至ってシンプルだった。`命はないと思い込んで`ただひたすらに打ちかかるのである。敵に反撃の暇も与えないほど攻めに転ずる。彼にとっては、木刀の一振り一振りが魂のこもったものだった。なぜならその一振りを放った瞬間に、撃ち返されて致命傷を負うかもしれない。その一振りで戦いが終わるかもしれない。だからこそ中途半端な打ち込みはせず、全身全霊を刀に込めていたのだ。
攻め合い・読み合いよりも、打ち込みの激しさに重点を置くスタイルには弱点があった。それは、スタミナを激しく消費するということだ。相手2人に致命傷を与えることができていないにもかかわらず、トシに疲れが見え始めていた。
「そろそろ憑依してもらおうかな…」彼は少し弱音を吐いた。
―――――――――――――――――
死力を尽くし、男を倒したあと、ぼくは奥の部屋へと歩みを進めた。
そっと襖を開けると、部屋の奥で捕らわれている雪と、その前で座っている男の姿が目に飛び込んでくる。
短い短髪姿に漆黒のスーツを身に纏った男は、下を向いたまま「…来たか」と声を出した。
その声は、雪の家の周囲で窮地に陥ったぼくに、情けをかけてくれた人物と同じだった。
そして、男はゆっくりと顔を上げ、ぼくの顔を凝視する。
10年ほど会っていないとはいえ、その形相は忘れもしない…まさしく父だった。
「と、父さん…」力なく声をあげた。
さらに驚いたことは、父の顔の横に1人の侍が浮かんでいたことだ。つまり、父にも侍が憑依した。
その姿を見て、侍さんは叫んだ。「お前は…長宗我部元親!」
しかし父の横に浮かぶ長宗我部元親は、何も言い返さず、侍さんをにらみつけていた。
「父さん!雪を離せ!」父に訴えるも、そうやすやすと承諾するはずはない。
「バカ。そんなことできるわけねえだろうが。俺はお前の父としてではなく、暴力団の頭として動いているんだ」
そう言って立ち上がり、ぼくの目の前まで歩いてくる。父はすぐさまぼくを襲う気配はなかった。それどころか、余裕綽々たる態度だ。
「勇、久しぶりの再会だ。積もる話もあるだろうが、一度落ち着け。
少し話をしようじゃないか。お前としても時間を稼ぎたいだろう。その一戦交えたあとの疲労ですぐに俺に戦って勝てると思っているのか?」
「…」
「さて、勇。わからないことだらけだろうが、まず何が聞きたい?」
父からそう尋ねられたぼくは、たくさんの疑問の中から1つを選んだ。
「父さんは、暴力団の頭なの?どうして雪を攫うのさ…」
「ああ、俺は暴力団・長元組の頭だ。お嬢ちゃんを攫う理由は簡単だ。俺たちは金が必要だからだ。」
「…」
「がっかりしたか?まあ、暴力団は、怖い、危ない、悪いという暗いイメージがあるから仕方ねえか。
だが心配するな。別にお前に継がせるつもりはねえよ。母さんとは離婚が済んでいるし、お前と俺はもう他人だ」
「他人だなんて、そんな言い方寂しいじゃないか…」
「寂しいも何も、これは事実だ」
ぼくはさらに質問を続ける。
「あと父さんはあの冬、1月のある日、中村城に向かっていたよね?あのときは何をしていたの?」
「あれは一条家の家臣・土居の封印の札を探すためだ。土居の封印が解ければ、俺たちの組織に仇をなす予感がしたからな。俺たち長元組の手中に収めたかったが、どうやら勇があの札を剥がしたらしいな」
次々と話される事実に唖然とするぼくに対して、父はさらに話を続ける。
「さて、では俺のこれまでの人生を話してやろうか。お前の幼少期にいなくなったからあまり知らないだろう」
ぼくは父の話に大きな興味を持った。なぜ父が暴力団の頭なのか、長宗我部元親が憑依しているのか、母と同で会ってなぜ離婚したのか、その秘密が明かされる予感がした。
「俺は高知市の南部、長浜のあたりで生まれ、物心ついたころには剣道を始めていた。
俺が勇に、`強くなれ`と、教育してきたのと同じように、俺も父から`強くなれ`と、教わってきた。
少年時代はよく、家の近くの秦神社で素振りをしていた。勇と一緒に剣道の練習をしていた一條神社は、秦神社と雰囲気が似ていたなあ。
父は暴力団の頭だったが、俺はそんな父が好きだった。少なくとも俺が見てきた現実では、警察よりも暴力団の方が地域の商店街や人々を守っていたからな。
だが俺が30代のころ、父は若くして亡くなった。そして、父は死に際に、俺にこう言ったんだ。`儂たちの家系は、長宗我部元親の四男、長宗我部 盛親の血を引いておる`と。
その時は驚いたぜ。まさか自分が長宗我部の血を継いでいるなんてな」
「え?」ぼくは驚きの声をあげる。
「つまり、勇、お前も長宗我部の血を引いてるんだぜ?
まあ、もう少し話を聞け。
父の死を受けて暴力団を継いだ俺は、長元組の根城を高知県西部に移した。そして、四万十市に移り住み、そこで出会った母さんとおめでた結婚をした。母さんは俺の仕事を知っていたが、そんな俺を受け入れてくれた。
俺の人生に暗雲が立ち込めたのは、リーマンショックが起こってからだ。景気が悪くなると長元組の財政も厳しくなっていた。いろいろなストレスが溜まってきたこともあり、俺はある噂に興味をもった。
`長宗我部元親の隠された墓に彼の魂が封印されており、札を剥がせば、強大な力が手に入る`という話だ。
麻薬にすがるような気持ちで、俺はその墓を訪れた。そして札を剥がすと、長宗我部元親の魂が自分に乗り移ったというわけだ。だが、これが悲劇の始まりだった。
長宗我部元親は、一条家の家臣・土居を恨む、復讐の鬼だったんだ。元親は、何度も俺の精神を乗っ取り、母さんや組員に対して乱暴な行動をした。
何といえばいいんだろうか、つまり俺は、自分の魂を制御できなくなった。母さんや組員たちは、俺のことを二重人格者だと思っただろうな。特に母さんと勇には本当に申し訳なかったし、嫁や息子にきつくあたる自分が許せなかった。
そして、元親が俺の魂を乗っ取る頻度と時間は徐々に長くなり、いずれ自分の魂すべてが元親に奪われてしまうのではないのかとさえ思った。
もしその時が来て、俺の魂が元親に完全に乗っ取られたときには、勇に俺を倒してほしかったという思いもあったかもしれない。だから俺は、お前に剣道の稽古をつけて、強くなれと伝えてきたんだ。
そしてある日、勇の教育方針を巡って、俺と母さんは口論になった。俺の厳しい教育を咎める母さんに対して、俺はついに手をあげてしまったんだ。それは元親が憑依したわけではない。自分自身が未熟だったんだ。
そのとき俺は決めた。これ以上、家族の元にいると、みんなに迷惑をかける、と。そして俺は、母さんに離縁を告げて、お前たちの元を去った」
「なら父さんは悪くないじゃないか。多少、二重人格で暴力をふるったとしても、ぼくらの元から去るのはひどいよ!それはぼくらを見捨てたっとことじゃないか!」
「…勇、お前の言うとおりだ。結局、俺は覚悟が足りなかった。若くして父になったが、暴力団の頭と父を両立させる器も度胸もなく、お前たちの元から逃げた」
父の心境を聞いて、胸が痛くなった。部屋の奥で話を聞いている雪も、侍さんも、複雑な表情をしている。
「父さんはたしかにぼくらの元を去った。でもそれは過去の話だ。それに悪いのは父さんだけじゃなく、父さんに憑依している元親じゃないか…だから、ぼくと母さんの元に戻ってきてよ…なんでぼくらが戦わなくてはならないんだよ…」
「それは無理だ。俺はお前たち家族を捨ててしまっているし、今は組員が家族みたいなものだ。
さらに、2011年の暴力団排除条例が制定されて以降、元親と俺は和解した、今は同志のようなものだ。
あの法律が施行されてから、暴力団を取り巻く環境はさらに厳しくなったからな。
元来、気の弱い俺だけでは、世の中を渡り切れなくなったからこそ、元親が憑依して、冷酷かつ凶暴な手法をとってくれることにありがたみを感じるようになったんだ。俺にとって、暴力団排除条例を制定した山内家は憎むべき敵であり、その点も元親の考えと一致した。
最近の元親は、勝手に俺の魂を乗っ取ることが殆どなくなった。というよりも、俺自身の考え方が元親と一致しつつあるのかもしれない」
「そんなこと言わないで…ぼくと母さんと一緒に暮らそうよ…」
「諦めろ、勇。俺は、今更まっとうな社会を生きられねえのさ。そもそもお前たちと暮らしているときも、自分が暴力団の頭だということをなるべく見せたくなかった。やはり俺は裏社会の人間だ…今は資金がなくて、木刀しか持っていないというしがない暴力団だがよ…
ま、俺たちは相手を殺す気はねえし、邪魔するやつは気絶させればいい」
ぼくは心底悲しくなった。自分の父がダークサイドに落ちているかのようだったからだ。
「勇に面白い話をしてやろう。お前たち一般市民が信じている警察組織も、腐敗しているんだぜ?
奴らは犯罪の一部を見て見ぬ振りをする。さらに警察は極秘で、俺たちから拳銃を高値で買い取ってくれた。まあ、拳銃を売り終えたあとの俺たちには、冷たい対応しかしてくれねえが」
ぼくは雪の家に侵入者が訪れたときの警察の対応を思い出した。たしかに表面的で、真摯に対応してくれている印象はなかった。市民を守るという気概が感じられなかったのだ。
「さて、勇。ここでよく考えろ。
政治家や警察、世間では崇拝されている彼らと、悪者の暴力団…
しかし、政治家や警察は一切、黒い部分がないのか?奴らの行動はすべて正しいのか?
暴力団だって、半グレのような連中から地域を守っている。
なのに俺たちは厳しい締め付けにあい、銀行口座も、携帯電話の契約さえ自由にできない。
まさに人権侵害を受けているのさ。暴力団の人間には、基本的人権はないっていうことなのか?
それに俺たちだって、みんながみんな、なりたくて暴力団になったわけじゃねえ。
生きていくために、稼ぐために、この仕事をしているんだ。なのに、一度暴力団に入った俺たちは、もう二度と社会復帰できねえのかよ?」
父は感極まっているようだった。どこにぶつければいいのかわからない怒りと苦しみを吐き出しているかのようだった。
「勇。だから、俺はお前たちの家族の元に戻って平和に暮らすなんてできねえ。
今の俺は、自分の暴力団と組員を守るために、政治家の山内家から金を奪わねえとならねえからな…
さて。長話をしてしまったな。聞きたいことの大半は聞き終えただろう。
どうする、勇?俺の仲間になって暴力団の次期、頭になるか?
いいや、それはやめた方がいいな。だから俺と戦って、おとなしく気絶したほうがましだ」
ぼくはごくりとツバを飲み込んだ。父の事情は少し理解できたけれども、だからといって、雪の家から2000万円の身代金を奪っていいはずはなかった。
「父さんの考えには納得できない…」
「別に納得してもらおうとは思ってないさ」
「ぼくに今できることは、父さんを倒して、雪を救うことだけだ!」
「そうか、あくまでも俺の邪魔をするようだな。それならば、気絶してもらうだけだ!」
父は地面に置いていた木刀を手に取り、さっと中段に構えた。
「さあこい!」父がそう言った時、窓から満月の光が差し込んだ。
―――――――――――――――――
一方その頃、トシの戦いは決着がつこうとしていた。
「ケンモツ、頼んだ!」
そう言った瞬間、ケンモツの魂が少年の肉体に入り込む。少年はカッと目を見開いた。疲れで鈍っていた体の動きに生気が宿る。
そのとき、2人の男はさっと目配せをした。一気にとどめをつけるため、少年の左と右に散らばる。
少年は迷った。どちらかに正面を合わせれば、もう1人への備えはガラ空きになる。左右の敵の気配にどう対応すればいいのか、簡単には動きかねる場面だ。
剣術において勝負が決まるのは相手が崩れたとき、相手の心が動いたときの打突である。緊迫の場面ではあるが、今この場にいる3人は、誰もが落ち着いていた。
敵の2人は、少年が並々ならぬ剣術使いということを見抜き、簡単には手を出そうとしない。同時に切り込んだとしても、タイミングよく避けられたら相打ちになる可能性も高いからだ。
3人は足元だけをジリジリと動かし、機を図っていた…
少年の構えは中段より少し上、2人の男はともに中段に構えている。
動いたのは、少年の左側で構えていた男だ。彼は風のような速さで突進し、少年の面へ打ち込んできた。しかし、少年の対応はそれ以上に速かった。決して大きな力は加えず、打ち込まれた力を利用するかのように、迫りくる剣先を左に払った。打ち込まれた木刀は男の手を離れ、宙に舞い上がる。
その瞬間、少年は体をくるりと回して、左半身から力任せに相手の右胴をぶったぎった。
敵はあばらが折れるほどにたたかれると、ぐわっとはね、そのまま地面の上に体をたたきつけて気絶した。
少年は即座にもう一回転して、宙に舞い上がった木刀を眺める男の右胴をぶったぎり、気絶させた。誠に鮮やかな2人斬りだった。
―――――――――――――――――
ぼくは大きく踏み込んで間合いを詰めたが、父はすぐに後ろに下がり間合いをとった。そのせいで、距離を詰めることができない。
本来、交点に向かって近づこうとするのは「チャンスを作ろう」とするからであり、交点から遠ざかっていくのは「この状態は危険だ」と思うからだ。
しかし父の間の取り方は、そういう意味合いではなかった。明らかに実力が上回っている父は、ぼくを試しているかのようだった。
ぼくはこの間を嫌い、一気に間合いを詰めて切り込んだ。しかし父は、いとも簡単にぼくの剣をはじいた。
「勇、その程度か?その程度の実力では俺には勝てないぞ?早く侍に憑依してもらえばいいじゃないか」
「いや、ぼくはまだ戦える!」
木刀を構えて向き合った2人はジリジリとお互いの様子を伺った。
「勇、お前はまだ少し剣を恐れているんだ。中心がとれていない…」父はそう言って、目にもとまらぬ速さで打ち込んできた。そして、左肩を打たれてしまう。
ズキリと右肩が痛む。
中心をとっている状態いうのは相手とまっすぐ構えた状態の時に、自分の剣先が相手よりも中心にある状態を言う。しかし、ぼくはそれが完全にはできていないようだ。だから父の動きに反応できない。
「もう見てられん!」戦いを見守っていた侍さんは、そう言ってぼくの魂に入りこんできた。
「ま、まってくれ…」という声も届かず、ぼくは意識を失った。
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