第11話 侍の正体と、もう一人のヒョーイザムライ

ヒョーイザムライとは何なのだろうか。

ぼくには、彼の言葉の意味がわからなかった。


「'ヒョーイザムライ'ってのは、戦国武将の魂が乗り移っている現代人のことを表す造語だ。

まあ、俺が勝手につけたものだが。


右肩に浮かぶ侍の姿、お前も憑依されているんだろ?

道場で久しぶりにお前の姿を見た時は驚いたぜ。

俺たちは各々憑依されているから、お互いの侍が見えるんだろうな」


「なるほど…」



そのとき、トシのそばに浮かんでいた侍が大きな声を上げた。


「お主、土居宗珊ではないか!」


土居宗珊、一瞬誰のことかわからなかったが、ぼくの耳元で侍さんが返答する。

「そうじゃ!儂は土居宗珊じゃ。お主は、羽生監物じゃな?」


「ああ、そうじゃ」


ぼくとトシのそばにいる二人の侍さんは、どうやら面識があるらしい。その状況が把握できていないぼくに、トシは説明を始めた。


「勇。お前にもわかるように教えてやるよ。俺に憑依している侍は、羽生監物。お前に憑依している侍は、土居宗珊。どちらも、土佐一条家の重臣だ」


どうやらぼくが侍さんと呼んでいた人物は、土居宗珊というらしい。土居宗珊がどのような人物か気になったので、その名前をスマホで検索してみると、以下のような情報が表示された。


-戦国大名一条氏の筆頭家老で内政、外交を取り仕切る智勇兼備の名将であった。一条氏に守護神・土居宗珊あり。宗珊がいれば、一条氏には手を出せないと他国にも聞こえる程-


さらに、ネット上の掲示板では土居宗珊への称賛のコメントで溢れていた。

「一条家=土居さん」「一条家の全て」「一条家のエース」「一条家の良心」「一条家の生命線」「一条家は100%の土居さんで構成されています」


インターネットの情報に驚いたぼくは侍さんに、「侍さん、凄いよ!土居宗珊、大絶賛されているよ」と伝えた。


その言葉を聞いた侍さんが複雑な表情を浮かべた時、トシのそばにいるケンモツと呼ばれる侍が声を上げた。


「しかし、主君に殺されておるからのう...」


「それは何かの間違いじゃ!兼定様が本心から儂を殺すなど…」


トシは説明を加える。

「勇に教えてやろう。お前のそばにいる土居宗珊は、主君である一条兼定に殺されたと伝えられているんだ。まあ、本人はそれを認めていないみたいだがな」


「ああ、認めてなどおらんぞ。そんなはずがあるわけない…」


苦悶の表情を浮かべている侍さんに、ケンモツと呼ばれている男は声をかける。


「お主が死んでからの一条家は無残じゃったぞ。儂を含めた重臣たちは、家臣からの信望を失った兼定様を他国に追放し、嫡男に家督を譲らせた。しかし、その後も長宗我部家の勢いは止められなかった」


「主君を追放したの?」ぼくはケンモツという侍に尋ねる。


「ああ。しかし、それは主君の兼定様のためを思ってのことなのじゃ。あのまま土佐中村を統治していても、長宗我部元親に侵略されて、殺されておったかもしれん。

だから、他国に逃がしたのじゃ。それにもかかわらず、あの加久見左衛門という武将はその理由がわからんかったようでのう。

兼定様を追放したことに憤怒した奴は、儂に合戦を挑んだ。その合戦に敗れて儂は討死してしまったのじゃ」


そしてトシは話をまとめた。

「土居宗珊や羽生監物をなくし、一条兼定も国外に追放されたあとの一条家は、長宗我部家の傀儡となり、滅ぼされた。国外に追放されていた一条兼定は、旧領回復を求めて長宗我部元親に挑んだが、その夢は叶わなかった」


トシの話は、リアリティがあった。歴史という大きな流れの中で、いくつもの国が滅んできた。ぼくが住んでいる中村の町の統治者だった一条家も、その一つなんだということを痛感した。



―――――――――――――――――


「それより勇。お前に言わなけりゃならないことがある。ちょっとこっちへ来てくれ」


トシはそう言って、ぼくを呼び寄せた。程なく歩いたあと、一條神社に到着し、ぼくらは話を始める。


「話ってなに?」


「まず、ケンモツが俺に憑依した経緯を話しておこうか。

俺は5歳の頃、中村城の森の奥にある石碑が建てられた場所に迷い込んだ。そして、興味本位で、石碑に貼られていた札を剥がしたんだ。そうしたらケンモツが俺に憑依したというわけだ。

勇も俺と同じような経緯だろ?森で札を剥がしたんだろ?」


「ぼくの場合は興味本位ではなくて、たまたま札を剥がしてしまったんだけどね、札を剥がしたのは同じだよ」


「やはりな。どうやら一条家の家老たちがあの場所に封印されていたようだな。

札を剥がしたときに、ケンモツに憑依された俺だが自分の意識を奪われることはなかった。その頃のおれは、幽霊がとりついたといってはしゃいでいたような気がする。会話相手として、俺はケンモツと過ごすことになった。

兄弟も父もいない俺にとって、ケンモツは父のような友達のような存在だった。


「え、トシって、兄弟も父もいなかったんだ?」


「ああそうだ。だから俺は、昔からお前が羨ましかったんだ...」


「え?どういうこと?」


「離婚して父がいなくなったお前と違って、俺には生まれたときから父がいない。父はどこに行ったのかわからず、女手一つで育てられた。たった1人で俺を育ててくれた母さんを守るためにも、俺は強くなりたかったんだ。

だから剣道道場に入ることにしたんだが、そこにいたのが、勇だ。お前は初めこそは弱かったが、ゆっくりと力をつけ始めた」


「それは父さんがスパルタでぼくを鍛えたからだよ...」


「それが気に食わなかったんだよ!」トシは語気を荒げる。


「お前は道場の練習がない日も、一條神社で父さんと素振りをしていただろう?俺は父さんがいないのに、勇は父さんからみっちりと指導を受けていた。

俺はあの姿を見て、心底羨ましかったんだ…

なのにお前は父との練習を嫌そうにしていた、それなら俺が変わって欲しかったくらいだ。お前が嫌々行なっていた父との練習時間は、俺が求めていたものなんだよ...


だから剣道を嫌々やっているように見えるお前のことが、俺は嫌いだった。まるで父さんから無理強いされてやっているかのような態度は、俺を不快にさせたんだ…」


ぼくは知らなかった。幼いころのトシがそんなことを考えていただなんて…


「父さんの愛情を知らない俺は、父さんから指導されているお前にだけは負けたくなかった。だから、あの事件が起きたのかもしれねえ」


あの事件とは、トシの竹刀がぼくの目を突き刺したことだろう。


「あの日、実践形式の地稽古に挑んだ俺は、とにかく張り切っていた。勇よりも、自分が強いことを証明するためにな。

だがあの日のお前は強く、劣勢に立たされた俺は負けそうになった。


絶対に負けたくない。そう強く願ったとき…」


そのとき、ケンモツが語り始めた。

「そこから先は、トシに話させるのは酷じゃ。儂が話そう。お主の目に当てたあの突きは、トシの意志ではない。儂が憑依してやったことなんじゃ。」


「え?」ぼくは驚きを隠せない。

トシは何も言わずに俯いている。


「トシの思いの丈を考えると、あのまま負けさせたくはなかった。だから儂はとっさに憑依をして一心不乱に竹刀を振るった。その結果、お主の目に当たってしまったんじゃ」



「そこから先は俺が話す」トシは再び口を開いた。

「意識を取り戻したとき、目の前で勇が目を抑えて倒れていた。俺はどうすればいいかわからず、ただその場に立ち尽くした。


ケンモツから何があったか事情を聞いたが、俺はケンモツを責めることも、勇に謝ることもしなかった。

自分のせいでお前がケガをしたことには、申し訳ない気持ちでだったが、なんと言えばいいのかわからなかった。


結局、お前に何も話せないまま、お前は道場を辞めた...

その後、俺と勇は別々の小学校に通い会うこともなくなった」


その空間に沈黙が生まれた。そばにいる侍たちも黙っている。

こういう時にはなんと言えば良いのだろうか。ぼくにはわからない。


その沈黙を破ったのは、侍さんだ。


「過去の事件の真実を知ったうえで、勇はどうしてほしいんじゃ?謝ってほしいのか?」


「謝って欲しいわけじゃないよ…話を聞いている限り、わざとじゃないみたいだし…

だから、トシとケンモツさんには、あのことを必要以上に罪に感じないでほしい。事故だったんだから、誰も悪くないよ」


トシはぶっきらぼうに答える。

「どこまでお人よしなんだ…そういうところも、気に食わねえんだよ…

まあお前がそう言うなら、俺は謝らねえぞ...」


「うん」


「だが、これからはまた道場に来いよ。

一緒に稽古に励んで、俺と勝負しろ。そして9年前の借りを返したいんだ。今度こそ、俺が勝ってやる」


「わかった」ぼくは強くうなづく。

2人の侍もその様子を見守っていた。


「なあ勇。この場所、一條神社がなぜ設立されたか知ってるか?」


「知らないなあ」


「ここにはかつて、土佐一条家の先祖を祀る為に作った霊廟があったらしい。つまり、土佐一条家にとって大切な場所だ。


それともう1つ、面白い逸話がある。一条兼定が長宗我部元親に敗れ、中村を離れてから花を咲かせなくなっていたという『咲かず藤』という花があってな。それが、1861年に300年振りに花を咲かせるという吉事が起って一條神社創立のきっかけとなったそうだ」


「そんな話があったんだ。

土佐一条家の家臣が憑依しているぼくたち二人に一条家ゆかりのこの場所は大事にしないといけないね」


「ああ、その通りだ。そして、この『咲かず藤』は、1861年以来、再び花を咲かせなくなったらしい。いずれ、咲けばいいけどな…」


そう語るトシの横顔は、とても切なそうだった。



過去の事件、トシの抱いていた思いを知ることができたぼくは、心のつかえがなくなった気がした。

ただ一つ、腑に落ちない点があった。

トシに憑依しているケンモツさんはなぜ成仏していないのだろうか。侍さんと同じように、何か心残りがあるのだろうか。



―――――――――――――――――


その後、ぼくは正式に道場に入門した。

バッティングセンターでの特訓のおかげか、過去の事故の真相がわかったからか、理由はわからないが、ぼくはイップスを克服していた。

全力で、竹刀を振ることができるようになったのだ。


しかし、侍さんが言った言葉を忘れてはいない。傷つける相手のことも、その恐怖も頭の隅に置いておくようにしている。


放課後と休日、合わせて週三日、ぼくは幼い頃に通っていたこの道場で稽古に励み始めた。


今はまだトシと一対一で戦う予定はないけれど、いずれ雌雄を決する時が来るのかもしれない。



―――――――――――――――――


中学2年生の3学期終了を告げる終業式の日、雪はぼくに声をかけた。


「勇くん。明日から春休みだけどさ。土佐一条公家行列の日、空いてるでしょ?一緒に行こうよ!」


「予定が空いてる前提なんだ…」と思わず口に出していたが、もちろん予定は空いていた。


「空いてるんでしょ?」


「うん。けどさ、雪は大丈夫なの?

あんな事件もあったし、何かあったらどうするの?」


「大丈夫だよ!あの日以降、あの組織はなんの音沙汰もなし。どうやら表立った活動を控えているみたい。


それにね。最近本当に息が詰まってるんだ。

あの事件の後、何週間かは家の周囲に警備員を配置してさ。今は警備員配置はやめているんだけど、ALSOKを導入して、24時間365日体制で見守ってもらってるんだよ?

そして、万一の時は、ガードマンが迅速に駆けつけるんだって…

田舎にしては厳重すぎる警備だよ」


「守られるってことは安心に思えるんじゃないの?」


「よくないよ!今まで以上に自由がなくなったし、常にだれかに見られている感じがして気疲れしちゃってさ。警備されるほうも楽じゃないよね。

私は大勢のSPに警備されることがある総理大臣にはなれないって気付いたよ…」


「え?雪って、総理大臣になりたかったの?」


「…冗談よ!

とにかく、私もたまには息抜きしたいの。

最近はずっと家から出られなかったから、年に一度の土佐一条公家行列の日がチャンスなんだよ!

この日はお父さんもお母さんも参列するから、私も自由に動けるし!」


「いいのかなあ…」ぼくはまだ釈然としない。もちろん雪と二人で出かけるのは楽しみなのだけど、もしも雪が再び暴力団から攫われそうになったとき、彼女を守る自信がなかったのだ。


「大丈夫だって!勇くんもトレーニングをして強くなったんでしょ?」


侍さんも「おい!勇、一緒にいってやらんか?」と、ぼくを後押しする。


確かにトレーニングをして、道場に通い始めて、ぼくはメキメキと力をつけ始めていた。

「わかったよ…」ぼくはついに折れた。不測の事態にそなえて、カバンにスタンガンでも入れておこうか。


「ありがとう、勇くん!楽しみにしておくから!それと、当日は自転車で来てね」



―――――――――――――――――


そして、土佐一条公家行列の日がやってきた。

初代・一条教房、玉姫、土佐国司の3人を主役に、武士や公家、わらし、お姫様などに扮した人々が一條神社を出発して中村の町を歩くこの行事は、今回で15回を数える。


ぼくと雪は、二人並んでこの行列を見守り、無事に行事は終了した。



「さて、ではサイクリングに行きましょうか」

雪はそう言って、自転車に乗る。


「え?今から?」


「そうだよ。だってまだ3時を過ぎたあたりじゃん!

暗くなるまでまだ時間があるよ」


「けど、どこに行くのさ?」


「それはついてからのお楽しみ!

こんな天気のいい日、サイクリングをしないともったいない!」


そんな雪の様子を見て、侍さんは「雪は心底楽しそうじゃな」と、言って笑った。



2台の自転車は、四万十川沿いを北に進んだ。


196kmにもわたる四国最長の大河である四万十川は最後の清流と呼ばれている。


地元の人間にとっては普通の川なのだが、コンクリートで護岸された川を見慣れた都会の人にとっては、その美しさは驚きの対象になるのだろう。


「四万十川の傾斜は1kmで1m下がる程度です。ゆったりと流れています」

雪はまるでバスガイドのように解説する。


「ぼくたちは上流の方へ向かっているけど、この程度の傾斜ならそんなに疲れないね」

そう言ってみたものの、ゆるやかな登り坂でペダルを漕ぎ続けると、息が上がった。


しかし、雪は息が上がることさえ楽しんでいるように見えた。


「私は最近ね。危険だからって言われて、自由に外を走ることもできないんだ。だから、毎日自由にランニングをしている勇くんが羨ましいの」

そう言って、晴やかな笑顔でペダルを漕ぐ雪は、まるで風のようだった。



30分ほど、漕いだだろうか。眼前に大きな橋が現れる。


「あ、ここは...」


「佐田の沈下橋だよ!ここに来たかったんだ」


佐田の沈下橋は、四万十川に架けられている沈下橋だ。増水時に橋が流されないように欄干を作らず、水中に沈むように設計されているので、沈下橋と呼ばれている。


「さあ、自転車で渡ろう!」

雪はそういって、スピードを上げた。ぼくも彼女の後ろをついていく。


欄干のない橋を走っていると、川の真上を進んでいるようだった。爽やかな風をたっぷり受けることができるこの開放感は何物にも代えがたい。


「きっもちいい!!」雪はそう言って、両腕をハンドルから話した


「雪、危ないよ!バランスを崩して川に落ちないでね!」


「大丈夫!私は三半規管を鍛えていた系女子だから!」


平衡感覚に優れているといった意味なのだろうけど、初めて聞くタイプ分類に、ぼくは思わず噴き出した。


普段は冷静な侍さんも、「この景色は気持ちええのう!」と珍しく興奮気味だった。



橋を渡り切ったあとは自転車を橋の入り口に停めた。そして今度は、沈下橋を歩いて渡ることにした。


スキップするかのような軽やかな足取りの雪は、好奇心旺盛な性格を披露するかのようにあたりを見渡した。

「沈下橋ってすごいよね。増水時には水の中に沈んで、水が引けば再び橋として利用できるんだよ。

あ、見て!川の透明度が増しているから川底が見えるよ!」


「本当だ。あ、アユが泳いでるよ!」


「ほんとだ!ふっくらとした焼き加減のアユの塩焼きは、上品な身の味わいとほろ苦いワタのバランスが絶妙なんだよ!」


「ぼくは食べたことないなあ」


「絶対食べた方がいいって。今度一緒に、釣りでもしようよ!そして釣ったアユを一緒に食べよう!私、アウトドア大好きなんだ!

家で食べる豪華な食事より、そんな自然の食材の方が本当は好きだしさ」


ぼくらは橋の上で、たわいのない会話を楽しんだ。



その時、遠くから大きなエンジン音が聞こえてきた。黒い車体のその車は、どうやらジェネラルモーターズのSUV車、ハマーだ。

しかしハマーは、日本の狭い道路には似合わない広い車幅にも関わらず、速度を落とさずにこちらに向かってきた。


「危ない!」

ハマーがぼくらの真後ろを通過する瞬間、ぼくは雪の肩をグイっと抱き寄せた。


ハマーの側部は、ぼくの背中をほんの少しかすった。


「ご、ごめん!」と、言って、すぐに手を離した。


雪は、「ありがとう…」と今にも消え入りそうな声で呟いた。傾きつつあった太陽に照らされた頬は、赤く染まっていた。



その後もぼくらは、橋の真ん中で、眼前に広がる自然をぼんやりと眺めていた。


「幼稚園や小学校の時は、勇くんのことを頼りない男の子だなって思ってたんだ。だから、私が守ってあげようと思ってて。けど、最近の勇くんはどんどん逞しくなっていくよね。

なんだろう、だから複雑というか…」


「複雑?」


「そう、複雑だよ。

私たちはもう中学3年生になるでしょ?

知らないうちに、心も体も成長していくのに、勇くんのそのスピードが速すぎて、なんだか置いていかれているみたいなの...」


「そんなことないよ。ぼくからすれば雪の方が大人だよ。考え方とか、生活態度とか…」


「けど、子供っぽいところもあるじゃん。自転車に乗ってはしゃいだりさあ」


「そういうところも魅力的なんじゃないかな」ぼくは頭を掻きむしったあとに、言葉を続ける。


「逞しくなって言ってもらえるのはありがたいけれど、なるべく慢心しないようにしているんだ。この前ある人に、こんな話をされて…」


そしてぼくは、雪の家の周辺で襲われたときに聞いたイカロスの話をした。



雪はそれを聞いて、このように答える。


「イカロスの話だけど、私なら違う捉え方をするかな…

勇くんは、NHKの『みんなのうた』で紹介されていた`勇気一つを友にして`って歌を知っている?」


「いや、知らないよ」


「この歌は、ギリシャ神話の『ダイダロスとイカロスの話』を題材にしているんだけど、1番から3番までは鳥の羽を着けたイカロスが天まで登るも墜落死するまでを描いているの。

けど、4番の内容は、現代の子供がイカロスの『鉄の勇気』を受け継ぐという内容になっているんだ。」


「なるほど。つまり、元の神話とは全く逆の教訓となっているんだね」


ぼくはスマホで、その歌の歌詞を検索してみた。


1

昔ギリシャのイカロスは

ロウでかためた鳥の羽根

両手に持って飛びたった

雲より高くまだ遠く

勇気一つを友にして


2

丘はぐんぐん遠ざかり

下にひろがる青い海

両手の羽根をはばたかせ

太陽めざし飛んで行く

勇気一つを友にして


3

赤く燃えたつ太陽に

ロウでかためた鳥の羽根

みるみるとけて舞い散った

翼うばわれイカロスは

堕ちて生命(いのち)を失った


4

だけどぼくらはイカロスの

鉄の勇気をうけついで

明日へ向かい飛びたった

ぼくらは強く生きて行く

勇気一つを友にして



「鉄の…勇気か…」


「私はイカロスさんの気持ちがわかるなあ。

もちろん、父の言いつけを守らなかったり、イカロスさんにも慢心があったのかもしれないけどさ。誰だって、翼があれば高くまで飛びたいもの。

空を飛ぶためには、勇気がいる。イカロスさんにはその勇気があったんだよ」


物事には全て二面性があると思うの。

正義か悪か。単純な択一じゃなくて、良い面も悪い面も、それを受け入れて前に進むことが大切なんじゃないかなあ」


「雪は本当に感性が豊かだね」ぼくは感心していた。


「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。

勇くん、今度は夜にここに来ようよ。満天の星空の下、川のせせらぎを聴きながら過ごす時間はきっと贅沢な経験だよ」


「そうだね。でも夜は危ないから、高校生になってからだね」


「ふふふ。勇くんは本当にまじめだね」


そう言った彼女が見つめる先には、真っ赤な夕日があった。


「そろそろ帰ろうか」


「そうだね」


2台の自転車は、四万十川沿いを南に進んだ。



―――――――――――――――――


一方その頃…


「すみません。私たちはもうこれ以上、資金援助をすることはできません。規制が厳しくなり…」


「なんだって?じゃあ俺たちはどうすればいいんだよ…

銃を引き渡す代わりに資金援助をする約束だっただろうが!」


「…すみません。上の判断ですので...」


「てめえらは俺たちを干殺しにするつもりか?」


「...」


不穏な空気が広がった。火薬庫は破裂寸前なのかもしれない。


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