第6話 「のぞみの」彼女

声優


声をもたない絵に、言葉と命を与える仕事。

文字通り、命がけの仕事。

てきぱきとやっているように見えるが、そうなるのに何年かかるか・・・


俺は一生無理だな・・・


彼女は・・・

アフレコ中はピリピリしているが、仕事が終われば、

和んでいる。


彼女の性格からして、人づきあいで苦労することはないとは思うが、

安心した。


・・・って、人のこと気にかけている場合じゃないか・・・


「お待たせ、どうだった?」

「言葉にならない。圧倒された」

「ありがとう」

にこやかにほほ笑む彼女。


ふと、お腹を見る。


「もしかして・・・」

「うん、妊娠5カ月」

「結婚したんだね。おめでとう」

「ありがとう」

相手の事は、プライベートな事なので訊かなかった。


でも、同業者のようだ・・・


「少しいい?」

「先生に断ってくる」

一応、仕事として来ているので、許可は必要だろう。


先生からは、そのつもりで連れてきたと言われた。

だろうな・・・


近くのレストランに入った。


「私ね、君の事を、信じてたんだよ」

「えっ」

「もっと、早く会いたかったな」

「わるかったな。トロくて・・・」

「怒らないの・・・」


こういう場合は、何を話したらいいんだ?

わからない・・・


「あの方たちね・・・」

「声優さん?」

「うん、君の事知ってるよ」

むせた・・・


何で知ってる?


「私が、話した」

「うそだろ」

「うそ」

しまいにゃ、怒る。


「東海道新幹線ってあるよね?」

「ああ」

彼女は、何を言いたいんだ?


「あの日、卒業の日ね、私たちは東京駅を出て、

新大阪に向かいました」

「うん」

「でも、私はのぞみに、君はこだまに乗りました」

「うん」

「せっかちな私は、各駅停車のこだまは、嫌いだったのです」

確かに、せわしなかったな・・・


「私はもう、新大阪に到着しました。今は、いいろな路線を乗りまくっています」

「仕事、大変だもんね」

「のんびりやの君は、こだまに乗りましたが、それは、いろいろな事を経験してきました。そして、ようやく名古屋に着きました」


こだまなら、まだ浜松辺りと思う。

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