第8話 ぼく、泣く。
体全部でごろんごろん転がり今日も運動しています。そろそろハイハイしたいなあ。今できるのは風水光の魔法。それぞれ単体と混ぜて使うお掃除魔法。あとごろんごろん。寝返りは自力でスムーズに出来るようになったのだ!…赤ちゃんの道は遠く険しいのだ。
魔力量は切れるギリギリまで練習を繰り返したことによってだいぶ増えたらしく眠くなるまでの時間が伸びた気がする。疲れたときには気がつく前に眠り気がついたときは起きたときなので…。その度にわんこの無言の訴えという名の冷たい視線によるお説教を受けたわけですハイごめんなさい。今となっては眠くなる頃にはわんこのもふもふ毛皮に包まれてねんねする至福本当にありがとうございます!
まあそういう反復練習のお陰で眠くなりにくくなってきたわけですが魔法の練習とごろごろ運動以外に何をするべきか。というわけで今日からは本格的にハイハイの練習を始めよう、と。
「うっう、だーぁ」
わんことぼくの清掃魔法でぴっかぴかの床にうつ伏せで寝転んで腕を動かす。力を込めて床を掻くように、あ、つるつるですね。しかしここは皮膚の吸着に任せれば。ん、自重って、結構、重たいんだ…ぬぁッ!
「う…ぶぁっ!」
おお、偉大なる一歩を踏み出し、いや這い出したぞ。様子を見守っていてくれたわんこが目をみはっている。
「だー、ぶっ」
二歩、三歩、とどうにか這い進む。二十分程かけて部屋の端に到達し、わんこの方へ振り向いた。汗にまみれたぼくの顔はきっときらっきらに輝いているに違いない。どや顔。
さてもう一歩、と手を伸ばしあんよをしっかり踏ん張って…?なんと言うことでしょうついに宙を歩けるように?
「うふふ~」
「あぅ?」
あれこれ違うね。後ろから持ち上げられ、てます?えええなにこれえ?まさか誘拐!?いや待てぼくを誘拐してメリットなんて無いでしょ。思いもしなかった危機に顔がひきつる、けど正面にいるわんこは呆れたような顔を(もふ毛の犬面だけど何となくわかる)してるけど警戒はしていない。
「こんにちはぁ、ぼく~」
「…だ!?あ、あぅあー」
恐怖でフリーズ状態のぼくを持ち上げたままで普通に挨拶されたので反射で挨拶を返したけど…うん?そういえば親みたいなひと、生き物、会ってない。生命の気配はあれど没交渉。一緒にいたのはわんこだけだった。あれ、なぜか目の前が歪んで。
「あらあら、どうしたのかしら~?」
「う…ふぐ、びえぇぇぇえ!」
久しぶりに感じた人肌の温もりに涙腺が緩んでしばらく止まらなかった。蛇口の栓はどこですかね…体感時間三十分くらいだったけど、流石に泣き疲れて眠くなってきたよ。泣くのって体力使うんだなー。
ところでぼくをしっかり抱いたままあやしてくれた人はお胸が豊かな美人のお姉さんでした。たゆんたゆんですありがとうございます。いやたぶんおっぱいのお世話にはなりませんけどぼくのご飯空気だもの。体を支えてる感触がウォーターベッドみたいなの。つまりとても寝心地が良い。というわけでおやすみなさい…すやぁ。
「あらあら、まあまあ~………放任しすぎたかしらぁ。うふふっ、また後でゆっくりお話ししましょ~。おやすみなさぁい、ぼく~」
美女ののんびりした言葉に黒の魔獣は溜め息を吐いた。わんこマズルで器用なものである。
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