第5話 ぼく、もふもふします。

「あうあー」

ありがとうございます!というつもりで声を出したら犬っぽい生き物はふんと鼻息で答えた。うん咥えてるの離されたら落ちるからね。

犬っぽいのが下ろしてくれたのは机に布を広げただけの簡素なベビーベッドの上。本当はただの机だと思う。たった三ヶ月かもしれないけどお世話になった布は暖かくて安心してなつく。やっとクリアになった視界で周りを見ると机以外ほとんど家具がない部屋だ。布がかけられた間仕切りみたいなものが置いてあるだけ。平安時代の絵巻物に出てくるやつに似てるけど几帳て言うんだっけ?あとは何もない板の間っぽい。窓が二つ、観音開きで片方だけが全開になって風で薄いカーテンがはためいている。ドアは一つでこれは閉まっている。どれも装飾のない木製だ。


犬っぽいのは机の下で伏せている。この子?がお守りをしてくれてたのかな。うつ伏せで寝たのに起きたら仰向けになってたのはこの子がひっくり返してくれたんだろうな。足先耳先尻尾の先まで艶やかな漆黒で犬っぽい体形。机の上に余裕で下ろせるんだから相当でかいと思うけど体つきはしゅっとしてて甲斐犬みたいな。じっと見てたら目があった。黒目、だけどちょっと青みがあってきれいだ。窓から入る光でキラキラ光って見える。ラピスラズリみたいできゃっきゃと笑ったらそっぽを向かれた。なんだ照れてるのか。いやつよ。


さて周囲のことはとりあえず今のところこれしかわからんが、いいことにする。移動もしばらくまだできないだろうしこの三ヶ月で安全なことはわかってるし(無茶しなければ)助けてくれるわんこもいる。後は自分だ。

に転生したのか。たぶん生き物ではある。排泄なし食欲薄いけどある。食事は空気だけど。恐怖とか懐かしさとか感じる情緒もある。見下ろすと右手左手右足左足、恐らく頭と五体満足。中身まではわからないが人体に近い形だ。声も赤ちゃん特有の甲高い声だけど人の声。今のところはっきり前世と違うのは風を操るところくらいか?もう一度赤ちゃんバランスで大きくてうまく動かない頭をうつむけるようにして見下ろすとぶかぶかのTシャツみたいな貫頭衣を着ていた。これを咥えられて運ばれたんだなあ。ん、パンツはいてない。まあ赤ちゃんボディだし、ん、んん…!?


あーどうやら私はになったようです。長めシャツの裾上げたら丸出しです。あれ、だけど排泄は食欲と違って全然無い、よ?そういうアレソレはできるのかな。いや前世があれだったもんで多分出来ないと思うんだけどさ。ん?そういえばぼくってどうやって生まれたんだろう。うーん謎が謎を呼ぶ。


そんなこんなで考え疲れたぼくはおねむです。いつもならこのまま机で布にくるまってグースリープするんだけれど、今日のぼくは違う。この目ではっきりと認識したからにはやらねばなるまい。何をってそれは当然。

「!!?」

「あうー!」

気合いで風をまといぼくはわんこの上に軟着陸した。背中にぽすんと。ゆっくり落ちたって感じで飛べてはいないけどこの調子で練習すればいけるだろ。突然のことにパニックになったわんこはばばっと振り返るけど決して振り落とそうとはしない。子守りが板についてるな~。

「ッ、!?、!?」

「あううううー!!」

それにしても、もっふもふさいこう!!神様ありがとう!恐らくぼくは今世最初にして最高のイイ笑顔だったに違いない。わんこはぼくの顔を見て諦めたように再びおとなしく床に伏せたのである。ぼくは思う存分わんこをもふりまくり、そのまま寝落ちした。


次に目が覚めたときにはわんこの耳をおしゃぶりがわりにしていた。唾液でびっちょり。おう…正直すまんかった。恨みがましい視線をちらっといただいてしまったのは言うまでもない。えっと、どうしよう。風で乾かす…と多分カピカピになるよね。うーんせめて水洗いが出来ればもっとましだと思うんだけど。そういえばこの部屋水差しもないな。

どうすれば……………もしかして、もしかするのかな?風みたいに水も出せないかな?風を出すときはこう腹から声を出してー。

「う…、うー!」ばっしゃん。「あ」

「……………」

「あぶぶ」正直すまんかった。

出しすぎて全身びっしゃびしゃのわんこにはじめての土下座を披露したのは言うまでもない。

どうやらぼく、魔法が使える生き物に転生したようです。(今更)

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