第4話 刮目する。
視界がはっきりしたのはそれから三ヶ月ほど後になってからだった。何もかもがあやふやな世界で、転生したと気づいたのは一週間ほど経って。排泄欲もなければ食欲もわかないままだったのだ。人間なら瀕死の頃。あるぇ?と思った。まあ排泄はいい。面倒がなくて。だけど食欲、お前はダメだ。つまんないだろうが。そう思ったけどなんにも出来ずまたしばらく経って一ヶ月。少しお腹が減ったような気がした。まだ視界がはっきりしないまま食べ物を求めてうごうご。
体が思い通りに動かせないのはなかなかのストレスになる。どうにか左右に揺らして仰向けからうつ伏せに。両手両足を懸命に動かすけど前進も後退もできず。解せぬ。這いずりもできずしばらくゆらゆらばたばたして、ぱったりうつ伏せで静止する。疲れました。お腹もますます減った…気がする。深くため息をついた。吸って吐いて、首をかしげる。お腹、いっぱい?に、なった気がする!なんじゃこりゃあ。すっはーすっはー、ひっひっふー。うーんこれ以上は変わらない。検証しようにももう眠い。また今度にしよう。ぐう。
さらに一ヶ月経ち、やはり少しだけ減ったお腹。意識して深く息をする。うんお腹いっぱい。二回しかやってないけどたぶんこれが食事なんだろう。うん、つまらん。面倒がないのは楽チンだけれどもつまらない。面白くないのです。前世で食を重要視したことはなかったと思うけどこうもなにもないと不満だ。寝て起きての繰り返し以外に何もない。嵐が欲しいわけではないがあまりに代わり映えがしない。どこかに生まれて以来移動していない気がするのだが屋内か外かもわからない。ただ明るくなって暗くなるのは分かる。あと時々空気が動くのがわかるくらい。生き物がいる気配はあるんだけど…食事も排泄も世話がいらないもんだからどうも危険がない限り誰も近寄らないみたいだし。前世でも特に一人でも問題ない性質だったから気にならない。でもなんにもない環境っていうのには早々に飽きた。
「あー、あー、あー!」
初発声。癇癪です。あーきーたー!力一杯叫んだつもりでせいぜい大きな声くらいだけどお腹にこもってたモヤモヤを発散!したら、ふわふわとそよ風が頬を撫でていく。ちょっとびっくりして止まると風もやむ。
「あー?」ふわん。
「あーあ」そよそよ。
「あーあー、あーぅ」そよそよ、ふわん。
楽しくなってきた。調子にのって体を揺らし、歌うように声を出すとそれに合わせて風がダンスしているようだった。うん良い暇潰しを見つけたぜ。
それからは目が覚めると歌()を歌って体をゆらゆら。声を出すと風が起こせると気付いてからいろんな風が出せるよう工夫してみた。そよ風から強い風、つむじ風など。どんどん勢いが出せるようになって、それでたぶんだけどかまいたちみたいなこともできるなと気付いた。けどこれは怖くて試してない。危険なことになったら誰か来てくれそうではあるけど、わざわざなにかを壊したりしたいとは思わなかった。
そして三ヶ月目。風を使うようになってお腹の減りが少し早くなった。声を出して体を動かし風を起こしているから疲労したんだと思う。ゆっくり深く呼吸をすると爽やかな空気でお腹がいっぱいになった。この食事の仕方には慣れたし空気が美味しいのもわかったけど、やっぱり前世のご飯は懐かしい。食べたらお腹壊すとかじゃなければいつかまた食べたいなあ。
ところでそろそろ風を使うのにも慣れてきたし、あれに挑戦したい。風を操れてハイハイも出来ないとなったらやっぱり、あいきゃんふらーいしてみたいと思うのは道理ではなかろうか。ん、使い方違う?知らないもーん。言葉通りでお願いします。というわけで今日は空を飛んでみたいと思います!そーれ。
「あー…!あああああ!!」
まだ早すぎた…!仰向けからうつ伏せになる動作に勢いをつけて風を動かしたら、なんか落っこちた。落ちている!ここは崖の上だったのか!悲鳴をあげて手足をばたつかせてどうにか浮力を得ようとするも抗えず。これまでかと目を閉じた。
「………?」
しかし衝撃は訪れない。さらに言えば地面についた感触もなく、ゆらゆらと揺れる。首をかしげるとぎこちない。ん?首回りがちょっと苦しい。ゆっくり振り仰ぐとひげがひくひく。視界全体に映ったのは黒。黒い毛皮。あ、はっきり見えてる。刮目して観察するに犬っぽい。黒い犬っぽい生き物に助けられたみたいだ。
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