仄暗いダンジョンの底から

 ダンジョンには宝がある。

 夢がある。

 ロマンがある。

 そして……。


「あがぁーー!!どうすんだよ返済期限もうすぐじゃねぇかーー!!」


 街の裏通りで頭を抱えている男が叫ぶ。

 男の名はルフ。

 トアル王国最大規模の金貸し『竜の鱗』に金を借りて資金を工面した新米冒険者である。


「街中で仲間はみつかんねぇし王国は治安が良過ぎて悪人もモンスターもいやしねぇ!」


 ルフは頭をかきむしりながら文句を垂れていた。


「そうですねぇ。だから諦めてうちの金山で働きましょうよルフさん」

「うわぁあああ!!突然後ろから現れるな!」


 いきなりツカサが後ろから話しかけたものだからルフは動揺した。


「何の用だ!返済期限ならまだのはずだぞ!」

「金貸しの俺に後ろ簡単にとられといて偉そうに……返済が遅くなりそうだから坑夫にならないかと言ってるんですよ!」


 叫ぶルフに対し最初の方は聞こえないように言いつつツカサが説得を始めた。


「ふざけるな!俺様は冒険者になるために家を飛び出したんだ!坑夫になるためじゃない!」

「でもうちの職員のアドバイスも聞かずに雑用は引き受けないもんだからすっかり冒険者組合からの信用も失ってるじゃないですか……」


 怒鳴り散らすルフに対しツカサは冷静だった。


「雑用なんか俺様の仕事じゃない!俺様は心踊る冒険がしたいんだよ!」

「冒険ですか……あそこならあるいは……」

「ん?何かアテがあるのか?」

「ええ。冒険もできてお金も稼げる場所があります。早速行きましょう」

「お、おう!」


 ツカサが何か言おうとするとルフは彼の両肩を掴んでツカサに問いかけた。

 それにツカサも答え、二人は街の外れへと歩き出していった。







 そこは簡素な入り口ながら魔力で動く重厚な門を用いていた。

 まるで内側の存在を外に出さないための措置のように感じた。


「こ、ここか……」

「はい。正確には王国魔道研究所失敗作処分場ですが……中には主人に逆らった精霊や魔道機などが存在しており、処分数に応じて研究所からルフさんに賞金が与えられます」

「なるほど!早速行くぞ!」

「あ、これだけは忠告しときます」


 ルフは早速ダンジョンに向かおうとするがツカサがそれを制止した。


「決して深くに行こうとはしないでくださいね」







 それからルフは入り口付近の魔道機や精霊などを片っ端から倒していった。


「はぁ……はぁ……これだよ!これこそが俺様の求めていた冒険ってやつだよ!」


 目につく敵を倒し尽くしたルフは新たに処分される敵を待っていたがすぐに待ちきれず、イライラし始めた。


「あぁーー!まだかよ!……そうだ……もっと奥ならたくさん敵がいるかもしれない」


 そう考えたルフだがツカサの一言が脳裏をよぎった。


『決して深くに行こうとはしないでくださいね』


 しかし奥地に何があるのかという好奇心とダメと言われると気になる思いが合わさりルフは奥地手前と入り口付近を行ったり来たりしていた。


「あぁーー!!我慢できん!俺様は冒険者だ!何を恐れる必要がある!死んだらそれまでだ!」


 ルフは我慢の限界を超えてついにダンジョンの奥地へと歩き始めてしまった。






「ん?あれは……ゴーレムってやつか……」


 ルフの眼前には縮こまるような形で静止しているゴーレムがいた。

 彼はほかの存在を探ったが気配はなかった。


「しかし近づいても反応がないな……もう壊れてんじゃねぇのか?はははは!」


 ルフはゴーレムに近づいても動く気配がないことに気を良くしたのか笑いながらゴーレムの表面を剣で叩いた。

 広いダンジョンの空間に剣が弾かれる音が反響した。

 次の瞬間ルフは急に動き出したゴーレムに、明後日の方向へ何メートルも突き飛ばされた。


「!!っがはっ!!」


 一瞬何が起こったかわからなかったルフだがダンジョンの壁に叩きつけられることによって自分が吹き飛ばされたことにやっと気づいた。


「あがっ!!いぎぎぃっ!!」


 そして全身に激痛が走った。

 ルフの体は何箇所か重度の打撲や骨折をしていた。


「ああっ!痛いっ!ぐぐっ!!」


 彼は激痛と恐怖で動けなくなり、戦う意欲を失ってしまった。

 そんな間もゴーレムは容赦なくルフににじり寄ってきていた。


『死んだらそれまでだ!』


 先程叫んでた自身の言葉が難度も脳内で繰り返される。


「うぅ……嫌だっ!死にたくない!死にたくないぃ!!」

「そりゃそうですよ。誰だってそうです」

「え?」


 ゴーレムに無駄な命乞いをしていると突然ツカサが現れた。


「言ったじゃないですか……深くに行くなって……助けて欲しいですか?」

「たっ……助けて……」


 その時ツカサの右目が人ならざるものに変質していたが死の恐怖でそれどころではなかったルフは即答した。


「冒険者を諦めて坑夫として返済をすると言うのなら考えましょう」

「わ!わかった!だから後ろのそいつをなんとかしてくれぇえええ!!」


 もうゴーレムはルフ達の眼前に迫り腕を振り上げていた。


「はあっ!!」


 ツカサは背後に迫っていたゴーレムに凄まじい速度で後ろ回し蹴りをした。

 するとゴーレムは反対側へ何十メートルも飛んでいき、壁に衝突して粉砕した。


「……へぁ?」

「これで大丈夫。よかったですね。生き残れて」

「へ……へへへ……へはははははは」


 物理防御において最強と言われるゴーレムが一撃で粉砕されたこと。

 自身の夢が現実にぶち当たって音を立てて崩れ去って行くこと。

 なんとか生き残れた喜びからルフはしばらく泣きながら笑った。







「7、8、9……はい、たしかに返済完了ですね。しかし返済を機に坑夫をやめてこれからどうするんですか?」

「はあ……実家にでも返って家業を継ぎたいと思います」


 そこにはツカサを前にぺこぺこ頭を下げるすっかり様変わりしたルフがいた。


「そうですか……またのご利用お待ちしていますよ」

「ははは……それはもう懲りましたよ。それじゃあ失礼します」


 そう言ってルフはツカサの部屋を後にした。

 ツカサは窓から街の通りを歩いていくルフの後ろ姿をしばらく見ていた。


「しかしよかった。通常返済ができて。彼から奪う価値のある才能なんて一つもなかったから……実はああいう人の返済が一番面倒なんだよな」


 そう言ってツカサはルフとの契約書をその手に握りしめ、火の魔法で燃やした。

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