最後のリサイタル 前編

 夢を奪われて。

 夢の負債を求められた時。

 人は絶望にさいなまれるか。

 それとも……。


「スケイルさん……なんでこんなとこに来なきゃいけないんですか……」

「うるさいのはミーファだけで手一杯なんだよ黙って見てろ」

「もー!そんなわたしうるさくないですって……むぐぐ!」

「だからうるさいっつってんだろ!黙ってろミーファ!」


 ツカサはスケイルに小声で話しかけると彼にたしなめられた。

 ミーファは自分がうるさいと言われ文句を言うとスケイルに口を塞がれた。

 ここはトアル王国最大の音楽場。


「俺だってただ音楽聴きに来たわけじゃねぇ。実はここに出てるピアニストの母親に金を貸しててな。さらなる融資を求められてそれに応じるか決めかねたから、そいつのピアノを聴きに来た」

「なるほど。じゃなかったらスケイルさんが礼服来てまでこんなに合わないとこ来ませんよね」

「どういう意味だツカサ?あ、きたぞ。たしかあいつだ」


 ツカサとミーファの口を塞ぎ続けているスケイルが会話をしていると演奏が終了し、一人の青年が会場に現れた。

 彼が座りピアノの演奏を始めるとざわついていた会場が一気に静寂に包まれ、瞬く間に全員が彼の演奏に魅了された。


「……すごい」

「たしかにな。音楽の素人である俺たちにもわかるくらいだ。詳しいやつなら夢中になるはずだ」

「むぐー!」


 感動するツカサとスケイル。

 未だに口を塞がれたままのミーファ。

 そして演奏が終わると一瞬の静寂ののち、会場は万雷の拍手喝采に包まれた。


「ぷはぁ!すっごいです!むちゃくちゃうまいです!」

「これなら追加融資も考えてやってもいいかもな」


 やっと口を塞がれなくなり感動を表すミーファ。

 会場で一礼する青年を見つめながらスケイルは満足げに言った。

 その時彼の頭上にあったシャンデリアがぐらつき軋むような音を立てて、ついに結合部がちぎれて落ちてきた。

 青年は慌ててかわそうとしたが間に合わず金属が床に叩きつけられる音やガラスの砕ける音が会場に響き渡った。

 会場は大混乱になり悲鳴や怒声をあげるもので溢れかえった。


「なんだこりゃ!くそっ!ツカサ!お前なら見えるか!?」

「やってみます!」


 ツカサは竜の目で人の目では豆粒のようにしかみえなかった青年のいた場所を目の前で見るかのように覗いた。

 ひしゃげた金属、砕け散ったガラスの中に血が混じっていた。

 しかし付着した血の量は思いの外少なかった。


「あっ!でてきましたよ!」


 青年は全身から血が滲んでいたがシャンデリアの直撃を受けた様子ではなかった。


「どうやら無事みたいです。よかったー……あ……」


 安堵したツカサだったがあることに気づいて言葉が詰まった。


「腕が……」


 青年の右腕から先は無残にも原型をとどめてはいなかった。







「先生っ!神父様っ!なんとかならないんですかっ!?」

「母さんやめなよ……僕の腕はもう……」


 医者と神父に叫ぶ母親を止める青年。


「ですから何度も申し上げておりますがガラス片の除去は出来る限りしました。我々には手の尽くしようが……」

「何度も治癒の魔法を用いてなんとか命は取り止めました、彼の右手も日常生活なら問題なく扱えます」

「それでは息子はもうピアノを弾くことができないではありませんか!!」


 医者も神父も手は尽くしたがピアノを弾かせたいという母親の望みは叶わなかった。


「僕はあそこでリサイタルを開くのが夢だったんだ……もう直ぐ叶うところだったのに……どうしてこうなったんだろう……」

「ニュート!あなたが諦めてしまったら……私どうしたらいいのか分からず狂ってしまいそうよ!」


 ベッドから窓辺の空を見つめる青年ことニュート。

 そして床に膝をつき嘆く彼の母親。


「それでは我々はこれで」

「失礼する」


 医者と神父が去った後、ツカサとスケイルがやってきた。


「どうも、兄ちゃんの具合はどうだ?」

「お世話になってます」

「っ……息子なら無事です……」


 スケイルとツカサが母親に話しかけると、彼女は涙を拭いて立ち上がった。


「無事なもんか……もうピアノが弾けないのに……」

「ニュート!!」

「あ?ピアノが弾けねぇだと?」


 ニュートが事実を伝えると母親とスケイルが声を荒げた。


「国最高の医者も神父もお手上げなんだ……もう僕には生きてる価値なんて……」

「それもそうだが……おいおい俺たちに借りた金はどうやって返すんだよ」

「金なんかどうだっていいわよ!あぁ……私とニュートの夢が……」

「おいおいそりゃないぜ奥さん……」


 ニュートに対してスケイルが文句を言うと母親に激しく否定された。


「スケイルさん……どうするんですか?俺が彼の才能を回収しましょうか?」


 それまで静観していたツカサがスケイルに話しかける。


「……!!……たしか返済不可だった場合僕の才能を奪う場合もあるって言ってたね!?」

「あ?あぁそうなるな。ツカサにはそんな能力がある」


 ツカサの話を聞いたニュートはベッドから飛び起きスケイルに問いかける。


「君!僕の才能を奪ってくれ!」

「……は?」

「ニュート!!何を言ってるの!?」


 ニュートの頼みに疑問を抱くツカサと驚く母親。


「君に頼みたいことがあるんだ!!近々開かれる僕のリサイタルを代わりに出て欲しいんだ!」

「「え?ええぇええ!!」」


 そこにいたニュート以外全員が驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る