竜の目 後編
それからある噂が瞬く間に王国中に広まった。
「スルート山に財宝を守る竜がいる」
その噂を聞いた幾多もの冒険者が王国を訪れ、旅立ち、そして二度と帰ってはこなかった。
しかしある時期からこうも伝わり始めた。
「山の宮殿で竜から逃げ帰った者がいる」
それから竜に挑まずとも財宝が奪えることを知った輩は、竜とは対峙せず財宝だけを狙うようになった。
その噂を聞いたツカサは久々に一人で山を登り、宮殿に入っていった。
「な、なんだこれ……」
財宝の輝きを失い薄暗い足元にはあれほど散りばめられていた金貨や銀貨がほどんどなくなっていた。
乱雑に置かれていた財宝の数々も誰かに持ち去られた痕跡を残すのみとなっていた。
「まさか……スルートさんやられちゃったんじゃ!?」
ツカサは慌てて宮殿の奥へと駆け出していった。
「……こ、これは!?」
「ああ……ツカサか……久しいな」
そこには無残な光景が広がっていた。
壁には何人分なのかもわからない量の血飛沫の跡が壁にこびりついていた。
鎧を着た骸やローブを着た少女の亡骸など死体が山のように転がっていた。
そしてその中心に座していたのは、白銀の鱗に覆われた巨大な竜だった。
足元にはまだ誰も手をつけていないであろう財宝が転がっていた。
「ツカサも私を倒しに来たのか?」
そういうとスルートの口元から牙が見え、多分笑っているのだろうとツカサは感じた。
「いえ。返済に向けて品物の状態を確認しに来ただけです。ですがこれは……あれほどあった財宝はどこに?」
ツカサはスルートの冗談に対し冷静に返した。
「つまらん奴だ。しかし財宝の行方か……」
そう言うとスルートは宮殿の天井の穴、そこから見える空を見上げた。
「私はかつて多くの人間と戦い、友情を育んだ者もいた。それがどうだ。今となっては強者が存在していてもそれと戦おうという気骨のある奴はもういないのか?人間はそれほど弱くなってしまったのか?私はもう一度それを確かめたかったのかもしれないな……結果は見ての通りだ……この目は相手の心根を読みすぎる。ここで戦った者たちは私に出会った地点で恐怖に苛まれ、背を向けて逃げ出した奴らばかりだった……」
「……」
ツカサは逃げ出した奴らも仕方ないような気がしていた。
眼前の巨大な竜に睨まれたら自身も逃げ出すのではないかと考えてしまったからである。
「挙げ句の果てに我が手の届かぬ所の財宝のみを狙うつまらぬ輩ばかりが跋扈するようになってしまった……飛んだ期待はずれだ……」
「そうですか……」
その声には財宝を配置したばかりの頃の楽しそうな声色はどこにもなかった。
「ツカサ……貴様にはどこかかつて出会った戦士たちのような強さをわずかながらに感じた。特に初対面の時、我が目から逃げださなかったのは最近では貴様くらいのものだ」
「え?スケイルさんは?」
「あやつ無意識に目を合わせようとしなかったぞ。本能的に危険を感じていたのかもしれんな」
「ぶふっ!」
尊敬しているスケイルが無意識とはいえ必至に目線をそらすところを想像し、ツカサは吹き出してしまった。
「ははは……ツカサ。私はもうこの世界に希望が見出せん。この目をもってしても見えないものはあるようだ」
「どうやらそうみたいですね……」
「そして借りた財宝を返すあても無い。ツカサ」
「はい。スルートさん」
スルートが竜の姿ながら姿勢を正し、自分を見つめてきた気がしたツカサは自分もそれに答えた。
「我が眼。貰ってくれるな?」
「……はい」
ツカサは手帳を取り出し契約書にいくらか手を加えそれを閉じた。
スルートが右目を閉じ、再び開くとその瞳は乳白色に変質していた。
「ッ!!っがあっ!?」
その直後ツカサの右目に激痛が走った。
さらにまぶたを開いてしまった時、自体は悪化した。
星空を見上げれば目に突き刺さるような膨大な輝きを感じ、のたうち回りながら目を回していると、どこなのかもわからない場所の風景、そこにいる生き物の心の声などが膨大な情報の嵐となってツカサの右目に流れ込んできた。
「あああぁあああ!!」
「落ち着けツカサ!眼の中にもう一つのまぶたがあるからそれを絞るようにするのだ!」
情報の奔流に絶叫するツカサにスルートが声を荒げて目の操り方を説明する。
「あぎっ……うう……」
「そうだ……そしてそのまぶたを閉じ切ればいつもの貴様の眼に戻るはずだ」
スルートの言う通り内なるまぶたをゆっくり閉じていき情報量が減ったことでツカサは落ち着きを取り戻していった。
ゆっくりと立ち上がったツカサの右目は普段の茶色い眼だった。
「スルートさんは普段からこんなものを扱ってたんですか?」
「あぁ……我が眼は特別真理を見通すことに長けていたからな。人の身で扱うには過ぎた代物だ。しかし契約の元に譲渡した貴様なら修行さえすればその片鱗を操ることも叶うかもな」
未だ残る痛みに震えながらツカサが問いかけるとスルートは左目でツカサを見据えながら答えた。
ツカサはもうその眼に恐怖を感じることはなかった。
「そ、そうですか……でもなんとなく俺に眼を与えてくれた理由はわかりました。もちろんこの眼を使うまでもありません」
「ほう……言ってみろ」
ツカサは眼をそらさず笑いながら語りかけるスルートに向かって答えた。
「寂しかったんですね」
スルートの顔から笑みが消えた。
「だから仲間が欲しかった」
「違う……」
スルートの身体から殺気が湧き出してきた。
「自分だけが相手の心を一方的に覗くことのない友人が」
「やめろぉ!」
殺気が吹き出しツカサを飲み込んだ。
しかしツカサは一歩も引かなかった。
「私はエンシェントドラゴン!孤高ではあれど孤独など……感じたりは……」
「誰だって寂しいって思うときはあります!」
殺気がゆっくり引いていくのをツカサは感じた。
ツカサはスルートに向かって叫んだ。
「……そうだな……私としたことが声を荒げるなど……たしかに私は仲間が欲しかったのかもな……しかしツカサ、貴様本当に眼を使わずに見抜いたのか?我が孤独を」
「割と簡単でしたよ。俺も孤独を味わったことがあったので」
「今は寂しくないのか?」
スルートは冷静さを取り戻しツカサに質問する。
ツカサも落ち着いた表情でそれに答えた。
「今は……仲間がいますから」
「そうか、私は貴様が羨ましい」
「スルートさんも仲間ですよ」
ツカサは笑顔でスルートの言葉に答えていった。
スルートは一瞬驚いた表情をしてそして笑った。
「ははははは!私が仲間か!素晴らしい!」
「そういうわけでよろしく頼みますよスルートさん」
「あぁ。よろしく頼むぞツカサ」
スルートが伸ばした巨大な手の爪をツカサは握りしめた。
「へー……そんな話があったんですねー!」
ミーファはツカサの部屋の掃除を続けながら彼の話を聞いていた。
「それからもスルートさんとは山でたまに話をする仲だよ」
「そうですかー!私も会ってみたいです!」
ミーファはぴょんぴょん跳ねながらスルートに会いたいと騒いだ。
「ほう?貴様が私に会いたいという者か?」
「うひゃあ!?」
何もなかった空間に突然金髪に右目の眼帯をつけた紳士、スルートの人間体が現れた。
「スルートさん!」
「ははは。ツカサ、この娘は私の仲間になってくれるのか?」
「はわわわわ……誰ですかー!?」
ツカサは椅子から立ち上がり嬉々としたスルートと混乱したミーファに向かって歩いていく。
「世の中第一印象です。転移魔法はダメですよスルートさん」
「なんだつまらん」
「はわわわわ……」
ツカサがスルートに話しかけている中ますます混乱するミーファだった。
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