男もすなる合コンといふものを、女もしてみむとてするなり(合コンへ行こう!_Ⅰ)

 正座した床から見上げる先、ソファに座る彼女は眉間にしわを寄せ、口角を下げ、あからさまに不機嫌であった。

 玲は、むっすーとしている。


 だから、もう一度両手を合わせて謝罪を伝える。


「ごめんて」

「……謝るくらいなら行かなきゃいい」


 低く返された言葉に弱々しく返すのが精一杯だ。


「……もう、約束しちゃったし……」

「……」



 結婚しないのか、と最近妙にしつこい顔馴染みのプロデューサーが、お前のために合コンを開くから来い、と言ってやまなかったのだ。

 のらりくらりと断り続けていたが、どうにも諦めてくれず、そのうえ彼は、玲にとってわりと大きな次の仕事の看板プロデューサーだ。テレビの仕事がこんなにも身近になる以前のヘアメイク時代から、人づてに彼と知り合って長い時期を経ているが、玲のマネージャーとなった今では微妙な関係性である。角を立てずに彼の誘いをこれ以上断るのは難しくなっていた。

 最終的には、「うまい酒を出す店でやるから。全額、男性陣の奢りで」との言葉に、とうとうYESと答えてしまった。彼は食通だ。いいお店をたくさん知っている。彼が"うまい酒"と言うならそうなのだろう。


 そうしていよいよ合コンの開催が翌日に迫った先ほど、「実は明日、合コンというものに参加します」と玲へ伝えた結果、美しい仁王像が現れた。



「人数合わせで、どうしてもって」


 腕を組み、無言の圧力を発し続ける玲を前に額をかきながら言えば、彼女はすう、と目を細めた。


「どうせお酒につられて行くんでしょう」

「う」


 二の句が継げずにいる私の隣へ、表情を心細げにした玲がソファから降りてくる。


「……美味しいお酒も食べ物も私が払うから、私と一緒に食べればいい」

「……」

「せっかく明日はあなたとゆっくりできると思ったのに。なんでもっと早く言ってくれないの」

「それは……」


 明日は珍しく夜の5時以降は仕事がない。そんな時にはたいてい、玲とふたり、ゆっくり私の家で過ごす。

 しかし、合コンである。そんなものに私が参加するとわかっていたら、玲の気が散りかねない。彼女なら仕事のパフォーマンスに影響は出さないはずだが、その可能性も否定はできない。

 そんな予定を恋人に話すこと自体気が進まないのも手伝って、今宵の仕事が終わってから彼女を家に誘い、つい先ほどになってようやく白状した。


 言い淀んでいれば、彼女は淡々として言う。


「恋人の立場より、マネージャーの立場を優先させたんだよね」


 言わなかったし、言えなかった。

 マネージャーとしての戦略と、気まずいことを先延ばしにしたい恋人としての恐れ。


「体調が悪くなった、ってドタキャンすれば?」


 できるものならそうしたい。だが万が一、それでプロデューサーの機嫌を損ねて、玲の仕事に影響が出るとしたら。プロデューサーに誘われている合コンだということは玲に伏せてあるので、そんな危惧も説明できない。


「……」


 黙り込む私に業を煮やしてか、彼女は口早に言った。


「じゃあ、私も参加させてよ」

「は!? 合コンにっ!?」

「そう」

「いやいや、君が来たら大混乱になっちゃうから。男性みんな『玲ちゃん』に殺到して、合コンの意味ない」

「意味なくさせたいんだもん。全力で可愛い綺麗な女を気取って、どの男の注意も惹きつけて、絶対あなたに向かないようにする」

「そんな君を怖いもの見たさで見たくもあるけど、今度はこっちの気が気でなくなっちゃうよ」

「そういう気分を私は今味わってるんだよ?」


 厳しい眼差しを向けてくる彼女の腕へ触れて、静かに伝える。


「……大丈夫だって。お酒かっくらって、適当にしゃべってくるだけだから」


 触れられた腕のほうへちらりと目線を下げて、


「……私が」


疲れたように彼女はつぶやいた。


「私が男だったら。彼氏がいるって言えるのに……」

「……」




==============


 先日、こんな出来事があった。

 雑誌撮影のためのヘアメイク時、以前からよく知っているモデルのSちゃんが同じメイクルームにいた。ヘアメイクをすでに終えたSちゃんと玲と雑談を交わしていたが、ふとした拍子に、いわゆる"同性愛"について話題があがった。

 そのとき、Sちゃんは可愛らしい顔に無垢な嫌悪感を浮かべて言った。いわく、

「なんとなく世間の空気的にはそれもアリって感じになってきてるけど、私は絶対ないかな。信じられない」


 わずかに頬が硬くなったのを、鏡の中の玲に認めた。大きな瞳がこちらをさっと鏡越しに見る。

 何かに対して強い主張を特段持つ印象のなかったSちゃんからそんな意見が出たことに、思わぬダメージを受けた。声が強張らないようにして、なるべく何でもなさそうに応答した。


「そうなんだーSちゃんはそういう感じかー」

「えー逆に瀬戸さんは別にアリなんですか?」


 Sちゃんから笑いの気配を含めて訊かれる。

 別におかしなことでもないよ、ありとかなしとかじゃないよ――ってはっきり言えたら。


「ありっていうか……」


 けれど、鏡に映る私はみっともない笑顔を浮かべてしまうのだ。


「この業界で、これだけ綺麗な女の子に囲まれてたら、全然ありでしょう。ないって考えるほうが自然の摂理に反してる。そうじゃない? Sちゃん、他のかわい〜〜いモデルちゃんたちに、ぐらっときたことないわけ?」


 おどけた雰囲気をまぶして、不本意な言葉を転がす。――違う、本当はこんな風に言いたくない。

 こちらの軽口じみた物言いにSちゃんも破顔して、


「それは確かにあるかも。皆可愛いもん、男の気持ちもわかるっていうか」

「……」

「玲ちゃんのそばだと、瀬戸さんもぐらぐらしっぱなしですね」


 笑いながら言われるので、こちらもますます道化の具合を高めて応戦する。よだれをすする真似をしつつ、息荒く答えた。


「ほんとほんと、もう、四六時中ね、自分を抑えるので精一杯」


 馬鹿げた様子の自分を、もう一人の自分が醒めた心地で見ている。

 鏡の中の恋人は、場の雰囲気を壊さないよう小さく苦笑いしていた。


「わー危なーい。玲ちゃん気をつけてね」


 けらけらと笑ってSちゃんが言う。玲も「うんうん」と微笑みながら答えていた。




==============


 ――あのとき、私は玲が好きだよって言えなくてごめん。

 今日だって、"私が男だったら"なんて言わせてごめん。


 二人きり、表情を偽る必要のない私の家で、強張った彼女の頬にそっと触れて言う。


「君は、最高に可愛い、私の自慢の彼女だよ」


 こちらの手の上から手を重ね、一瞬泣きそうな顔をして玲が黙り込み、だが再び表情を恨めしげに変えて、彼女はぽつりとつぶやいた。


「……そんな自慢の彼女を置いて、あなたはお酒につられて、欲望たぎる男どもの待つ出会いの場に行くんだ……」

「ごめんってば!」


 必死に手を合わせる私を見て、彼女は大きくため息をついてからうなだれる。そして、ゆるゆると顔を上げて、


「……今夜はいっぱい好きって伝えてくれないと、やだ」


言いにくそうに、泣きそうに、上目遣いで伝えてきた。


 吸い寄せられるようにして彼女を抱きしめる。そして、彼女の後頭部をゆっくりと撫でながら、その耳へ口を近づけて囁いた。


「好きだよ」


 彼女もきつく腕を回してきた。


「………言葉だけじゃ、や」


 低く、不機嫌で、消え入りそうな声に、「わかってる」と返答をして、彼女の額、まぶた、鼻の頭、頬へと丁寧にキスを落とす。鼻の先を擦り付けながら玲の目を伺うと、依然として不満に満ちていて、早く違う色を灯してあげなきゃ、と思う。そうっと彼女の体を床へ押し倒す。




==============


 翌日の夕方、仕事も無事に終えて私たちは自宅にいた。

 西陽が射す部屋のなか、玲はソファにあぐらをかいて座り、クッションを抱いてぶうたれている。


 忙しなく再び外出する準備中の私を見つめながら、彼女がぶっきらぼうに声をかけてきた。


「なんでそんなお洒落してんの」

「お洒落……いやだってほら、そういう場はそれなりに綺麗にしておかないと、和を乱しちゃうので」

「寝巻きで行け、寝巻きで。あのくったくたのTシャツ、ちょうお洒落じゃん。おすすめ。今季いち。マストバイ」

「あの首元にある醤油染みがイケてるよね」

「今日も着てってお洒落な染みを増やしてこようよ」

「いっそ赤ワインの絞り染めとかね」


 ふふ、と声を漏らしながら応じるが、彼女はくすりともしない。

 鏡の前でフープピアスをつけていると、


「そのおっきいピアスも、耳なんかじゃなく鼻に付けておこうか、牛の鼻輪みたいにして。まじキュート。最近そのスタイリング流行ってるらしいよ?」

「いや鼻にホール空いてないんで」

「じゃあ今空けよう、今すぐ空けよう、空けたげよう」


 そう言って爛々と目を光らせて迫ってくる。


「やだやだ怖い、痛いのやだ」


 鼻の真ん中をつまんでくる玲の腕の中で笑いながら抵抗するが、ふと彼女は静かになって、ぎゅうと抱きついてきた。


「……」

「……遅くならずに帰るから」


 彼女の頬を撫で、軽くキスをする。返事がないので、念押しをする。


「ちゃんと帰るから」

「当たり前です!」


 意図したツッコミがきちんと返ってきて嬉しい。ああ、延々とだらだらこうやって玲と話していたい。出かけたくない。




==============


 指定された店は、仄暗い照明とガラス張りの内装、趣味のよいシンプルなインテリアと、写真映えする繊細な盛り付けの料理など、どこを取っても"しゃらくせえ"という他ないものだった。


 男女四人ずつ、艶やかな飴色のテーブルを挟み、向かい合って座っている。女性のなかに知り合いがいるわけでもなく、面倒くささが早くもどんよりと胸中を支配していく。

 プロデューサー氏の仕切りで自己紹介を行う。最小限の脳のメモリを使い、この数時間を乗り切るためだけに、各々の職業や趣味を無造作に頭へ書き込んだ。

 自分の番は無愛想なくらいに簡潔に。


「瀬戸です。ヘアメイクとか、アシスタント的なことやってまーす。よろしくお願いしまーす」


 どうぞ次の方、とジェスチャーをするも、簡潔な説明すぎたため、


「アシスタント的なことって何?」


とメガネスーツ男子が突っ込んでくる。


「えっと、車を回したり、スケジュールの管理したり、水買ってきたり、みたいな感じですかね」


 芸能マネージャーということは明言したくないので曖昧に終わらせようとしたが、プロデューサー氏が得意げに乗り出した。


「彼女ねー、芸能人のマネージャーさんなの」

「えーっ誰の?」


 うわ、だる。


「モデルの玲ちゃん」

「えーうそーっ」


 どっと色めき立った集団にため息をつきたくなったが、ぐっと堪えた。


「え、玲ちゃんって実際どんな性格? やっぱ、モデルって性格キツいの?」


 よく日に焼けた男が好奇心も露わに訊いてくる。その勝手な印象は払拭せねばなるまい。


「いえいえ、めーっちゃくちゃいい子ですよ。気遣いもできて、努力家で」

「なんかプライベートの写真とかないの?」

「見たい見たーい」


 今度こそため息が出かけたが、スマートフォンを取り出して営業トークと牽制。


「えーと、はい、このアカウント、いろんな玲ちゃんが見られます。激アツ、げろかわ、応援よろしく。あ、玲のマネージャーと飲んだ、とかネットに書かないでくださいね、面倒くさいので」

「玲ちゃんのマネージャーさんがこんな綺麗な人だなんて思わなかったなー」


 目の前のシュッとした男が抜け目なくお世辞をのたまうので、「究極の美の権化たる玲を目にして、そのマネージャーがどう、とか想像するわけねーだろ」という言葉は飲み込んで、感じが悪くない程度に微笑みの顔面筋肉運動を実施した。


 ……あーつまらんつまらん。つくづく家で玲とゆっくりしていたかった。



 払った犠牲分は取り戻さねばと、コミュニケーションそっちのけでお酒をどちゃくそ飲んだ。



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