怪奇! いつの間にか口へ入り込むスイーツ(写ルンです)


 ある日、次の撮影まで長めの休憩が取れた。同じスタジオ内での撮影なので、移動する必要もなく、机を挟んだ対面でソファに腰掛けて二人して携帯をいじるなどしていた。

 ふと、机の上にだらりと上半身を投げ出して携帯を見つめる玲を撮ろうと思った。


 カメラの存在に気付いた写真ばかりだとつまらないので、最近はいかに自然を装って玲に気付かれぬうちに写真を撮るかが課題だった。スマートフォンの画面に意識を向けるふりをして、画角に玲を収める。

 携帯から目を離すことなく、差し入れてあったポッキーを手探りで掴み、ぼんやりと口に咥えた瞬間の玲が撮れた。

 いい写真が撮れたことに、ふ、と笑みを漏らすと、彼女はこちらに目をやって「何?」と訊いてくる。私のカメラは撮影しても音が鳴らないありがたい仕様だ。


「マネージャーからの写真お便りを楽しみにしておれ」


 意を汲んだ玲が身を起こして、ポッキーを咥えたまま目を輝かせて口角をきゅっと上げる。遊び相手を見つけたときの猫みたい。

 ポッキーをもう一本取ってこちらの口元へ運んでくるので大人しく食べさせてもらうと、机を回り込んで隣に座ってくる。


「お揃いの写真を撮りましょう」


 そして身を寄せて、もう何本かポッキーをまとめて自分の口に咥えた。ポッキーを咥えて仲良く映る二人、しかも玲は大量のポッキー、これは確かにかわいらしい写真が撮れた。あざといな玲。しかし自分の体のメンテナンスについては抜け目だらけだ。


「もう君はまたそうやって考えなしに甘いものを大量に……。没収」

「あ」


 玲の口元に大量に刺さっているチョコ菓子を次々と途中で折って、半分をもらう。甘いものがてきめんにおでこに影響する体質なのに、彼女はそこらへんのプロ意識がいまだに少し甘い。



 一時期、おでこやあご、さらには鼻の頭にまでニキビをポツポツこさえたことがあったので問い詰めたところ、コンビニの新商品のスイーツにハマったらしく、あまつさえ最近の主食はそれになっていると抜かしたことがあった。


「次々誕生するニキビちゃんを私のメイク術を結集して隠すにも限度ってものがあるんですよ。そこんとこ、わかってます? あなたモデルさん……でしたよね確か。ただのめちゃくちゃ綺麗なお姉さんなんでしたっけ」


 さすがの私も無表情でぶち切れながら諭すと、肩をちぢこまらせてぼそぼそと彼女は答える。


「一応モデル方面をやらせていただいてます……。お手数とご迷惑をおかけしてることは薄々承知しておりました。すみません。……ですが……ですが!」


 急に声を張り上げ、苦悶の表情を浮かべる。そして、


「あれ、あいつはいけねえ。もうやめよう、今夜限りだ、これ以上逢瀬を重ねるのは危険だ、そう思って、少しの間は我慢ができるんです。でも気付くといつの間にか、私の足はコンビニに向かい、手はあれを掴み、お会計を済ませてるんです。せめて今食べるのはよそう、夜に食べるのは重罪、朝になってから、と思っていたはずなのに……ハッとすると……、口の中に……あれがいるんです!」


 恐怖に顔を歪ませながら、こちらの腕をがっしりと掴んでくる。


「怪談風に言われてもあかんもんはあかん」


 冷静に返すと、彼女も落ち着き払って傍のソファに置いていた鞄へ手を伸ばした。


「実は今ここに……」


 そこからそっと取り出したるは、くだんのスイーツ、ナッツとキャラメルのロールケーキ。


「ぎゃーっ。何持ち歩いてんの」


 これこそ恐怖である。

 私にどん引かれた彼女は泣きべそをかいてみせる。


「買っちゃったけど、さすがにもうだめだと思って堪えてた忍耐の証なんですよう。褒めてよう」

「褒めないよ、まったくもう。こんなもんあたいが退治しちゃる」

「ああっ!」


 玲の手から強引にコンビニ菓子を奪い取り、


「こうして、」


無造作に包装を破いて、


「こうじゃ!」


大口を開けて貪り食う。しかしてそのお味は。


「あ、ほんとだ……美味しい」

「でしょう、そうでしょう……」


 食べたくてたまらなかった菓子を目の前で食される彼女は、切なげな表情。


「……」


 捨てられた子犬のような目。思わず、食べかけをひとかけら、彼女の口元へ運ぶ。


「……いいの?」

「あーん」


 野生動物に餌やりをするのは慎むべきことだが、野良モデルに餌を与えるのなら、ニキビ付きのモデルに変わるくらいで生態系にはなんら影響を与えないので問題ないはずだ。マネージャーとしては失格だ。

 餌付けされた彼女は幸せそうである。

 ほんの一口でにこにこと機嫌のよさそうな彼女を見ていると、ただのコンビニ菓子でこんな美女をハッピーにできることのお得さを思う。


「……他は完璧なのに、ほんの少しニキビがあるだけで、近づきがたい美貌に親しみやすさ、あるいは隙みたいなのを感じさせて逆にセクシー、か……? ありなのか? 美女にニキビ……」

「怒られてたはずなのに私褒められている……?」

「くっ……全否定したいのに、玲の美しさがそれをさせてくれない!」

「逆にどこまでニキビだらけになったら本当に貶されるのか試してみたい気もしてきますね」


 実に興味深い研究テーマを見つけた、とでも言いたげな哲学的な顔をして彼女は恐ろしいことを言う。


「だめだめ。だめだって。……まあ、真面目な話、少し考えてみようか。いろんなモデルがいることは、私いいなと思う。いわゆるモデル体型じゃなかったり、目立つ傷やシミがあったり、そういうありのままの体も自信持っていいんだよってメッセージを込めて、覚悟と誇りをもってモデルをやっている人もいる。そういうのって、格好いいし、勇気付けられるよね。ま、外国のほうがそれができる土壌があると思うけど」


 玲は居住まいを正して、口を結んで聞いている。だからしっかりと目を見て話を続ける。


「でもさ、じゃあ、なんの意志も矜持も持たずに、ただ流されるままに作ったニキビをさらして、それでそのモデルはモデルって言えるんだろうか。それは格好いいことなのか。……それでもかろうじてモデルとして撮ってもらえたとして、もちろん雑誌側は、覚悟もコンセプトも持ってない、ただ意志力が弱いだけの自称モデルさんの顔をそのまま載せても格好よくは写らないから、掲載にあたってはフォトショッパーさんたちの手を煩わせて、紙の上だけでは薄っぺらの綺麗な見た目になって載るの。――どう、それって、格好いいことなのかな」


 静かに訊いてみれば、彼女は目をつむり、深く頭を垂れた。


「……全然格好よくないです。……かっこよくなかった、ごめんなさい。今日できっぱりやめます」

「うむ。……しかし、君が覚悟をもってニキビモデルの道を切り拓くなら、私は全力でその玲も応援しますよ」

「……あの、覚悟が決まらないので、今までの方針で頑張りたいです……」


 しょんぼりと肩を落とした彼女の姿に苦笑が浮かぶ。ややきつい物言いだったか。

 コンビニスイーツよりも玲に甘いマネージャーの私は、彼女の顔を上げさせたくて、すぐに年長ぶった提案をしてしまう。


「お姉さんが滋養のあるものを食べさせるお店に連れってったるさかい、今日からはあのけったいなスイーツのこと、忘れるんやで」

「……姐さん! あたし、ニキビ知らずの綺麗な女になる!」


 彼女も、いつまでも沈んでいるのは申し訳ないとの思いからだろう、多少空元気ながらものってきてくれる。


 それから、玲の顔面の平和は一応保たれている。




===============


 取り上げたポッキーをぽりぽりしつつ、過去のあれこれを思い出していると、この子も最初に比べてずいぶんと心を開いてくれるようになったなあと思う。別に人見知りという性格でもないが、作り物めいた彼女のいっそ冷たいほどの美貌も、打ち解けた今となっては、表情がくるくるとうるさいくらいによく変わる、生身の若い女性というイメージに取って置き換わった。だからと言って、彼女の魅力が減じたかというとそうではない。


 これまでの彼女の軌跡を振り返りたくなり、スマートフォンの画像フォルダを開いてみれば、前回玲に写真を共有してからまた写真も溜まってきたようだ。彼女に送る画像をピックアップしていると、横から声がする。


「そういえば最近、二人で写真撮っても、画像くれませんよねー」

「だってSNSにアップできるもんじゃないし」

「穂高さんが許可してくれたら載せてもいい?」


 目をあげて玲を見ると、期待の二文字を全身から発している。しっぽをぶんぶん振りながらお座りするわんこのよう。

 仕事仲間や俳優と一緒に写っている写真は、ネットにアップできずとも本人も欲しいだろうし今まで通りお写真便りに含めて共有していた。だが、私と二人の写真は、使えないものをわざわざこちらから送るのも今やこそばゆく、共有の範囲外に変えていた。


「許可しないし。しかも玲と、どこの馬の骨とも知れない一般人がこんなに仲睦まじげな様子で写ってたら、嫉妬の嵐にあっちゃう」

「確かに」


 神妙に頷く玲に笑う。


「じゃあSNSには載せないので、写真だけは今まで通り共有してください」


 ごく真剣なトーンで続けるので、気圧されてしまう。最近になっていい加減彼女の美しさには慣れたつもりだが、こうしてたまに真面目な顔をして向かい合うと、やはりその端整さにひるむのだ。


「おう、イエスマム」


 一転して満足げに彼女は笑い、再び携帯に目を落とす。対面に戻る様子もなく、隣でなんだかいい香りをさせているご機嫌な玲に心中で「かわいいねえ」とほのぼの語りかける。



 溜まっていた写真を整理して共有用のサービスにデータをあげた。そのフォルダが更新されたら玲に通知がいくように設定しているので、それに気付いた彼女が「あっ最新号!」と喜色を表す。


「君のネットリテラシーに問題がなさそうなことはわかったので、今回からアップ前の赤ペン先生制度をやめます」

「えー……ひと言コメントわりと楽しみにしてたのに」


 うきうきと携帯を見ていた玲が残念ならないという表情を浮かべてこちらを向く。


 SNSに載せる前に、その内容に問題がなさそうかどうか私が確認することになっていた。

 彼女の選んだ写真と考えた文章と共に一言、「添削願います」と依頼がきて、それに対して私が「素敵」「エレガント」「ぽえじい」「味わい」「幽玄」「寂しみ」「慈しみ」「滋味」「鋭い切れ味」「ワイルド」「濃ゆい」「天使」「女神」「人類の宝」などと添えて「OK, GO!」と返信していた。

 一度も添削をしたことがない、花マル自動生成機の赤ペン先生だった。


「正直もうひと言コメントのネタ尽きた」


 率直に伝えると、彼女はゆっくりと首を振り、ぐっと握り拳を作った。


「あなたが撮ったセンス光る写真と、私の才能に溢れた文章、そして何より美しい私を見たら、尽きる言葉はないはず」


 こちらを励ます調子で言っているが、内容は傲慢そのものだ。


「言うねえ。まあマネージャーとしてじゃなくて、すでにいちフォロワーとして玲のアカウントをウォッチしてるから、ファンともども写真アップを楽しみにしてますよ」

「えっフォローしてくれてるんですか!」

「普通にプライベートの鍵アカウントだから教えないよ」

「当てたる!」


 腕まくりをする素振りをして、猛然とスマートフォンをいじりだした玲に釘をさしておく。


「初期フォロワーを探しても、君のアカウントが流行り始めたあとにフォローしたから難しいと思う」


 当てが外れた彼女は肩を落とす。


「むー……今までコメントしてくれたことは?」

「ない」

「冷たいなあ……」


 しょぼくれた彼女に発破をかける。


「じゃあ今後、めちゃくちゃいい文章と写真の響き合いを目にしたらコメントするね」

「うーん、今まで以上に頑張らないと……。でもコメントされてるかわからないコメントたちを読んで当てるの、難易度高いなあ……」

「ファンたちの声を真剣に読むいい機会だと思いますよ」

「ありがたいことにすでにちょっと追いつけない量のコメントをいただけるようになったので、勢いよく爽やかに『そうですね!』とも言えないです……」


 恨めしげに見てくる玲が可愛らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る