第9話 リア充爆発しろ!
ここは、
そのまま歩きスマホを続けていると、のれん街を抜けて近代的なアーケード街『吉北センター街』に出た。秋も深まるこの季節、吉北センター街は紫色やオレンジ色の飾り付けが賑やかだった。
「くそっ、ハロウィーンか……『リア充』の奴らが奇抜な格好して『ウェーイ』ってバカ騒ぎするだけのイベント。あんなもの、なくなればいいのに。ていうかリア充爆発しろ!」
和也は三十路を目前にして、仕事もせず、学校にも通っていない。いわゆるニートだ。服装にしても、地味なグレーのパーカーに、サイズ感のしっくりこないジーンズという、いかにもニートらしい、ぱっとしない印象だった。
そんな彼の『リアルが充実』しているはずもない。そういうわけでリア充のやつらは常に彼の敵なのだ。
「オレだって別になりたくてニートになったわけじゃない。少し運が悪かったのと、あれ以来、気力がくじけてしまっただけなんだ」
雑誌やテレビ番組でもよく取り上げられる、ファッショナブルなこの街は、当然のことながらリア充の宝庫だった。
「さてと今日の標的はどいつだ?」
彼の目がきらりと光り、ターゲットをロックオンした。直後、不運なリア充カップルは、手をつないだまま、彼の妄想のなかで無残にも爆破された。
「ざまあ見ろ」
爆破ミッションに気を良くした彼は、心が落ち着いたせいか、商店街のあちこちに施された、紫やオレンジの派手な飾り付けに気づいた。
「ハロウィーンか……ていうか、いま、ハロウィーンなのか? たしか、ついこの前、クリスマス……あ、あれは去年だったかな? まあ……どっちでもいいや。オレには縁のないことだ」
和也は考え事をしながら、なんとなく吉北センター街を東へ向かって歩き、行きつけの本屋にたどり着いた。行きつけといっても本を買うことはほとんどなく、いつもは立ち読みするだけなのだが。
「はいはい、見るだけで買わないお客様が来ましたよ、っと」
和也は自嘲気味に呟き、あてもなく売り場をぶらぶらした。
「しかし山登りとか、キャンプとかの本が増えたなあ。最近、アウトドアブームなのかあ……そういえば山登りなんて長いこと行ってないよな」
彼はそう言いつつ、買うつもりもない本を次々と棚から取り出しては、パラパラとページをめくり、また本棚へ戻した。そんな中、彼は父親のことを思い出した。
子供の頃、彼は両親と三人で、よく登山やハイキングに行った。病弱だった和也のことを思い、少しでも体が丈夫になるように、との思いだったのだろうか。
「なんか、大事なことを忘れてる気がするんだが」和也は不思議そうに呟いた。
* * *
「ただいま」和也は自宅へ帰った。母親が台所のほうから「おかえり」と声をかけたのが聞こえたが、姿は見えなかった。そして彼は階段を上って自分の部屋へ行った。
部屋のドアを閉めると、なんだかどっと疲れが出た。
「ああ疲れた。なんでだろう……? いつものように妖怪を集めて、商店街をブラブラして、本屋で立ち読みしただけなのに……で、その前は何をしてたっけ?」
彼は疲れの原因を思い出そうとしたが、これといって特になかった。いつものように商店街をブラブラしただけでは、ここまで体力を消耗することもないはずだ。だからいつもと違うことをしているはずなのだが、なぜ覚えていないのだろう?
「眠い……だめだ、とりあえず横になろう」彼はそう呟くと、ベッドに仰向けになり、大きく伸びをした……。
* * *
「……寒っ!」
彼は寒さを感じて目が覚めた。早朝のまだ薄暗い時間だった。
彼は、パジャマに着替えることもなく、帰宅したときの服のまま『寝落ち』してしまったようだった。地味なグレーのパーカーに、サイズ感のしっくりこないジーンズという、いかにもニートらしい、そんな服装だった。
そうそう、だからこの服装を『まじウケんだけど』と笑われたんだ。
たしかに、そう言われた。
で……誰に……?
和也は昨日の夕方からずっと、何か大事なことを忘れているような気がしていた。今だってそうだ。誰かに自分のファッションセンスを笑われた。それははっきりと覚えている。それどころか、そう言われた時の口調まで。
だが、それはいったい誰なんだ?
「なんかリアルな夢でも見たのだろうか? それともオレは一体……いやしかしどうでもいいが、なんて格好で寝てたんだ?」
彼がそう言うのも無理はない。ポケットにはスマートフォンと財布が入ったままだったのだ。そこでスマートフォンを取り出して充電器につなぎ、財布を机に置いた。そしてポケットの中の小銭に気づいたので、それも取り出し、机に置いた。
「待てよ……」
小銭をまとめて机に置いたときの『カチャッ』という音をきっかけに、彼の中で何かのスイッチが入った。
「もしかしたら……」彼は机に置いた小銭を慌てて取り上げ、金額を数えた。
「百円、百十円、百二十円、百三十円……」
百三十円まで数えたところで、彼はあることに気づいた。
『昭和六五年』
三枚目の十円硬貨には、はっきりとそう刻まれていた。その瞬間、それまでの記憶が全てフラッシュバックした。
* * *
「通信サービスはありません」
「ご契約が確認できませんでした」
「二歳の時に死んだのよ」
「このカードは取り扱いできません」
「我々の仕事は夢を売ることなんだ」
「ちょ、まじウケんだけど」
そんなキーワードが次々と頭の中によみがえった。
スマートフォンが圏外になったこと。
母親に「息子は死んだ」と言われたこと。
キャッシュカードも使えず、身分証もなく、路頭に迷いかけたこと。
なんとか仕事にありつけたが、実は詐欺行為に加担していたこと。
ギャル。
アゴヒゲ。
そうそう、ギャル専務。あいつがオレを「まじウケる」とか、バカにしやがったんだ。でもそれ以外は、案外いい人だったな。それとアゴヒゲ! あのオッサン、オレに責任を押し付けて海外にトンズラしやがった……ひどいやつだ。
彼は、パラレルワールド間をジャンプした時のショックで、一時的に記憶を失ってしまっていたのだろうか? いずれにせよ、忘れていた一連の出来事が、一気によみがえった。そう、それはまるで、走馬灯のように次々と……って、縁起でもない、やめろ!
「そうだ、オレは、パラレルワールドにいたんだ……そう、昭和が六五年まで続いた世界に……あれは夢じゃなかったのか!」
和也は、この部屋が父親の書斎だとするならば、ちょうど本棚があるはずのあたりに立ち、向こうで日記を物色したことを思い出していた。そして、こっそりと盗み読みした日記の内容を思い出した。日記の中の彼は二歳で亡くなっていたが、今の彼は生きている。
「そうか、帰ってきた。帰ってこれたんだ……しかも、生きてる!」
ふと、窓の外を見た。窓にかけられたカーテンは、帰宅した時からずっと開けっ放しだったのだ。通りの向こうには、まるで探偵のように張り込みをした、あの公園が見えた。公園には朝日が差し始めていた。
公園の植え込みの向こうにベンチが見えた。あのとき彼は向こう側にいた。両親が外出するのを見計らって、こっそりとこの部屋へ忍び込み、『ガサ入れ』したのだが、彼は今、堂々とこちら側にいる。
「ウソみたいだろ……オレ、生きてるんだぜ……」
彼はそれの意味するところを考えてみた。
「おい和也……お前ニートなんかしてる場合か?」彼は自分自身に問いかけた。というか言い聞かせた。「最初の就職のとき、内定していた会社が倒産した。そして、オレはすっかり自信を失ってしまい、その後何年もニートを続けた……」
彼は昭和六十五年製の十円硬貨を見つめた。
「だが、親父がそうだったように、やろうと思えば、なんとかなるんだ。自分でもそれを証明したじゃないか……『思わせぶりテンプレート』を改良して、売り上げも伸ばした……けどまあ、あの会社はちょっとまずかったよなあ」
彼はふと、あることに気づいた。そこで、充電ケーブルがつながったままのスマートフォンで、『あの会社』の社名を検索してみた。運の良いことに、それらしい検索結果は出てこなかった。
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