第5話 ちょ、まじウケんだけど。

「では、早速仕事に取り掛かってもらおう」


 アゴヒゲ社長はそう言うと、和也を連れて会議室を出た。


 会議室の外は事務所になっていて、パーティションで区切られたブースがいくつも並んでいた。部屋はキーボードのカタカタいう音や、マウスのカチカチいう音で満たされていたが、話し声はほとんど聞こえなかった。まるでネットカフェのように、全員が互いに無関心に見えた。


 和也は思った。そういえば、この部屋を通って会議室に入って行った時も、みんな無関心だったよなあ……。


「会社といっても小さな会社でね、私と専務の他は社員が一人、あとは全員アルバイトなんだ」


「はあ……そうなんですか……」まともに働いたことのない和也には、それが普通なのか変わっているのか、わからなかった。


崎浜さきはまくん、ちょっと来てくれないか」


 アゴヒゲ社長に呼ばれてやってきたのは専務の崎浜來未さきはまくみ

 予想に反して若い女性だった……年齢は和也と同年代だろうか? その出で立ちたるや、肌は美しい小麦色に日焼けし、金髪の髪は芸術的に高く結い上げられ、目元はデカ目メイクに付けまつげ、指先にはカラフルなネイルと、まさに「ギャル」そのものだった。

 和也は彼女を心の中で「ギャル専務」と呼ぶことにした。


「あ、どうも。専務の崎浜です……あ、君がニートくん? よろしくぅ」彼女は見た目のイメージ通りのハスキーボイスで挨拶した。実に軽いノリだった。


「初めまして。『にいど』です……」和也は控えめに訂正した。


「あははっ! ゴメンゴメン! にいどくんね! ていうかそのパーカー、まんまニートじゃん。ちょ、まじウケんだけど」ギャル専務はケタケタ笑った。


「はあ……たまたま、この服しか、なかったんです」和也は完全に相手のペースに飲み込まれ、タジタジだった。


「じゃあ、崎浜くん、あとは頼んだよ」社長はそう言ってその場を離れた。


「オッケー。まかしといて」


 ということで、職場研修が始まった。


 * * *


 ギャル専務は見た目に反し、というと失礼かも知れないが、じつに的確な説明をしてくれるし、何を質問してもわかりやすく答えてくれるので、和也はすぐに仕事のやり方を覚えることができた。


 和也は自分のことをパソコンが得意だと思っていたが、ギャル専務は更にその上を行っていた。やはり遊びと仕事は違う、彼はそう思った。


「あの長い爪でよくキーボード打てるな……」和也はギャル専務のキーボードさばきを見て関心した。爪がキートップに当たらないよう、器用に指の腹を使い、しかも、かなりのスピードで打ち込む姿は、見事としか言いようがなかった。


 和也が仕事を教わるにあたり、色々と驚いたことがあった。


 まずはプロフィール画像。サクラとして活動するためには、画像があったほうが良い。その場合は当然のようにセクシーな女性の画像を使うのだが、これは……?


「あ、これのこと? 社長がどっかの会社から大量に買ってきたみたい」ギャル専務は説明した。「だってニートくんの冴えない写真貼ったって仕方ねーじゃん」


 確かにその通り。和也は納得したが、当の本人たちの許可は得ているのだろうか? 疑問ではあったが、とりあえず気づかないふりをした。


 また、サクラとして、なりすます女性は一人だけではなかった。十人ほどのアルバイトでサイトを賑わすためには、一人当たり、常時だいたい十人ぐらいのキャラクターを巧みに使い分ける必要があるようだ。

 全員にプロフィール画像を設定するならば、十人分の画像を使う。例の大量に買い付けたデータは、どうやら数百人分の、様々なポーズの写真が含まれているようだった。いずれ使い切ってしまいそうだが……。


「なんか、今度は人工知能で合成してみたいとか、社長が言ってた」


 ギャル専務は彼の疑問に答えてくれた。よくわからないが、たぶん技術的には可能だろう。もしそうなれば、存在しない人物の写真が次々と作られるのだろうか。

 和也は、さらに人工知能がサクラを担うようになった近未来を想像して、背筋が寒くなった。まさに幽霊だ。


 * * *


「さて……大体これで全部かな……あとは自分でできそう?」一通りの説明を終えたギャル専務は言った。


「そうですねぇ……とりあえず、実際にやってみないと、なんとも……」和也は仕事以外に気になっていることがあった。「それよりも、崎浜さん、見た感じオレと同年代なのに専務ってすごいですよねぇ」


「まあ小さい会社だけどね。ていうかベンチャー企業って実力主義だし、こんなもんじゃね?」謙遜ぎみに話すギャル専務だったが、案外まんざらでもなさそうだった。


「ところで、ニートくんは、なんでニートになったの?」ギャル専務は核心を突いた質問をしてきた。


「に……にいど、です」和也は訂正した。


「あはは、ゴメンゴメン」ギャル専務は笑った。


「実は、大学を卒業したとき、就職先は内定してたんですけど……」和也は、ためらいがちに説明をはじめた。「その会社、勤め始める前に倒産してしまったんです」


「大変だったじゃん」ギャル専務は同情した。ビジネス的にではなく真剣に。


「そ、そうなんです……」和也は自分でも少し意外だった。彼は普段なら身の上話などしない。たとえ聞かれても、照れ臭くて適当に誤魔化すことが多かった。だが既に、アゴヒゲ社長にパラレルワールドの話を打ち明けてしまった。恥ずかしいとかそういうことは、どうでもよくなったのかも知れない。


「それで?」ギャル専務はニート誕生のいきさつに興味津々だった。


「それで……もう一度、就職活動しようと思ったんですけど、また潰れたらどうしようとか思って……なんか怖くなってしまったんです」


 和也が、そんな気持ちを誰かに打ち明けたのは、初めてだったかもしれない。両親にさえ、はっきりとは伝えていなかったと思う。

 彼はそんな自分に驚くと同時に、心の中に立ち込めていた濃い霧が徐々に晴れ上がるのを感じていた。


「うんわかるわかる、なんつーか、ヴァイブスが下がったとか、そんな感じ?」ギャル専務は自分なりに納得したようだ。「あと、なんか聞いとくことある?」


「えっと、そうですね……」心に引っかかっていたものを吐き出してすっきりした和也は、気が楽になったのか、それまで温めてきた質問をぶつけてみることにした。


「もしかして崎浜さん、社長と付き合ってたりするんですか?」


 一瞬の沈黙が流れた。直後、和やかなムードは急変した。


「……はぁ?」


 ギャル専務は顔色を変え、豹変した。「てめぇいっぺん泣かすぞコラ!」


 怒鳴り声がフロア中に響き渡ると、先ほどまで無関心を決め込んでいた、アルバイトたちも、さすがにこの時ばかりは、パーティション越しに和也のほうをチラチラと見て、面白がっていた。


「す、すみません……」和也は平謝りだった。「軽い気持ちで、つい……」


 まあともかく、そんな感じでニートくんはニートから卒業したのであった。

 まじウケる。

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