第4話 夢を売る仕事
翌朝、和也は「有限会社プレシャス・ゴー」の会議室で面接を受けていた。
面接を担当したのは、他でもない、社長の
社長は、よく日焼けした、四十代とおぼしき男性で、高級そうな腕時計やスーツを身につけていた。彼は口髭を綺麗に剃り落とし、顎髭だけを伸ばして綺麗に刈り揃えていた。社長というよりも、芸能人とか、そんな風に見えた。
和也は心の中で彼のことを「アゴヒゲ社長」と呼ぶことにした。
「君さあ、パソコン得意だって言ってたよね?」アゴヒゲ社長は、親しげを通り越して、馴れ馴れしく和也に話しかけてきた。だが悪い気はしなかった。さすが起業家だけあって、人を取り込む、独特のオーラというか、つい心を開いてしまうような雰囲気があった。
「そうですね……まあ基本的なことなら、だいたい、できると思います」
「そうかよかった。ほら、最近の若い子ってさ、スマホで育ってるだろ? だからキーボードを使えない子、結構多いんだよね……」アゴヒゲ社長は椅子の肘掛に肘を置き、自慢の顎髭を触りながら言った。
「へえ、そうなんですか」
彼は、卒業論文を全てスマートフォンで書き上げた大学時代の友人を思い出した。
「まあ、一応テストは受けてもらうよ」そう言うとアゴヒゲ社長は、かたわらに置いてあったノートパソコンを開くと、何かキー操作をし、それを和也の前に置いた。
パソコンの画面には、ゲーム感覚で、指定された文字をキーボードで打ち込み、その速さと正確さを採点するソフトーーいわゆるタイピングソフトが表示されていた。
データ入力の仕事なので、どの程度キー操作ができるのかを測定する、ということらしい。
和也は言われた通りにスタートボタンをクリックした。
少しの間、会議室には、キーボードのパチパチ言う音が響いた。筋骨隆々たる主人公が、次々と現れる悪役を自慢の拳法で倒し、テストは無事終了した。オワター!
「おっ、いいねー。すばらしいスキルだ。申し分ない、合格だ」
こうして、アルバイトではあるが、仕事が決まった。
* * *
「で……出会い系サイト……ですか?」アゴヒゲ社長から仕事内容を聞いて和也は耳を疑った。
「そうそう、出会い系だ。これがなあ、実は儲かるんだよ……このビル、タカユキビルっていうんだが、これを建てたのもそのお陰だ」アゴヒゲ社長は自慢げだ。
「へえ……すごいですね……建てたっていうことは、自社ビルなんですか」和也は感心した。というのも、寺吉駅からほど近いこの会社だ。この周辺の地価が高いということは、昨日のホテル探しの結果から十分想像できたからだ。相当儲かってるに違いない。
「そうだ。だから俺の名前を付けた」アゴヒゲ社長は見事なまでのドヤ顔だった。「しかも、会社の売り上げだけでなくテナント料も入る」
「はあ……なるほど……」和也はアゴヒゲ社長の自慢げな表情を冷ややかに見た。
「で、君にはサクラをやってもらいたい」アゴヒゲ社長は、自慢話から突然、本題に戻った。「お客様の大半は男性だから、女性のフリをしてもらう」
「えっ? 私が、ですか?」和也は理解できずにいた。
「ところで出会い系は利用したことあるかい?」アゴヒゲ社長は、ニヤニヤしながら、冷やかすように尋ねた。
「い、いえ……ありません」和也は否定した。
「あはは、そうかそうか」アゴヒゲ社長は笑い、説明を続けた。
「それでサクラの仕事なんだが、男女どちらでもできるように、文章を作成するためのテンプレート、つまりひな形を用意してある。適当なキーワードを入力して、おかしなところを手直しするだけだ。だからマウスやキーボードの操作さえできれば、誰でもできる」
たしかに、データ入力の仕事ではある。嘘ではない。
アゴヒゲ社長の説明によるとこうだ。この出会い系サイトは、登録自体は無料、また日記を書いたり写真をアップしたり、あくまでSNSとして利用するだけなら、いくらでもただで利用できるそうだ。
ところが、実際に女性と出会うために連絡を取り合ったりすると、料金が発生するようになっている。
そして、サイト運営者であるこの会社の従業員は、一般の女性客のふりをしてログイン、『思わせぶりテンプレート』で作成した巧妙なメッセージを男性利用客に次々と送る。メッセージを受け取った男性利用客は、ついついその気になり、有料サービスをどんどん利用する、という仕組みだそうだ。
「それって……もしかして……」
和也の脳裏に「詐欺」の二文字が浮かんだが、アゴヒゲ社長はそれを否定するかのようにこう言い切った。
「我々の仕事は夢を売ることなんだよ。その結果、お客様には、良い気分になっていただく。ただそれだけだ」
* * *
今ひとつ解せないところもあったが、他に行くところもなさそうなので、和也は、ここでアルバイトをすることにした。
だがここで一つ問題が生じた。履歴書は持参しなくてもよかったのだが、その代わり、書類に名前や住所などを書くよう言われたのだ。
「あの……」和也は思い切って切り出した。「実は、家がないんです」
「なに? 家がない……家出してきたのか? しかし『家出』っていう感じの年齢じゃないよな……中学生でもあるまいし」まだピンときてない社長。
「どうやら幼い頃、死んでしまったらしいんです……」和也がうつむく。
「らしい?」社長はきょとんとしていた。「まさか幽霊か?」
「いえいえ、そうではなくて……」ここで意を決したように和也が言った。「信じてもらえないかもしれませんが、どうやら、パラレルワールドに来てしまったようなんです……。というか、こっちの人から見れば、パラレルワールドから来た、というのが正しいですね」
「パ、パラレルワールド?」社長の頭の中はハテナマークで満たされた。
そこで和也は、事の顛末を正直に話した。あとで考えれば、素知らぬ顔をして家の住所を書き、カプセルホテルに泊まり続けても、よかったのかもしれないが、ここで正直に話したことが功を奏した。
「そうか……まあとにかく、困っているようだな。よし、それなら会社に泊まり込んでもいいぞ」理解できたかどうかは別として、社長はそう言ってくれた。
「えっ? 会社に……ですか……?」和也は固くて冷たい床に寝る自分を想像した。
「隣にも会議室があるんだが、使ってなくて、物置になってる。そこを片付ければ寝るスペースぐらい出来るだろう……それとその部屋に、俺の私物だが、キャンプ道具が一式置いてある。寝袋でもなんでも自由に使っていいぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます」和也は心の底から感謝した。
「それから、誰もいないからって、妙な気を起こすなよ」アゴヒゲ社長がニヤニヤしながらそう言った。「パソコンは全てワイヤーで固定してしてあるし、事務所には防犯カメラがいくつもある。まあもっとも、そんなことはしないと信じてるけどな」
「はあ、もちろん、大丈夫です……」
仕事も寝るところも確保し、どうにか首の皮一枚つながった和也であった。
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