第12話 「持つべきものは友人だ」

 職業支援センターには結構大きな食堂施設もあるのだが、この時間帯は軽食コーナーのみの営業となっており、早朝訓練を受ける人や職員向けの軽い朝食を提供している。安くはないが高くもなく、不味くはないが美味くもない、ズバリ「普通」と言うのが職業支援センター利用者からの評価だが、朝早くから夜遅くまでの営業時間は、時間の決まりがない冒険者には有り難い存在で、なんやかんや言っても繁盛しているようである。僕も訓練前に朝食を取ることにする。

 パンとスープのセットで50ルピア、前にアンナさんの記帳を手伝った時に見た食材の原価が蘇る。・・・人件費だよね、きっと。「普通」の味とは言え、空腹は最高のスパイスという格言のとおり、美味しく頂き満足した。

 軽い朝食を済ませた後、講習を受ける為に中央広場に向かう。中央広場では既に僕以外の受講生は揃っており、ガルトさんが早く来いと手招きしている。

 「遅いぞ新入り」

 「すいません」

 「ミモラちゃんが来るまで少し時間があるからな、俺達でお前を見てやる事にした。明日からはもっと早く来い」

 ミモラちゃんはきっと講師の名前だろう。それにしても、昨日とは打って変わったこの態度、本当に根は良い人なんだな。

 「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 自主練習から講習まで、充実した訓練を受けた僕は周りの皆んなにお礼を言いシャワー室に向かう。なんでも、自主練習は以前から行っており、見所のある僕を早く鍛えてやろうと誘ってくれたらしい。

 シャワーを浴び終わり講習窓口に向かう。

 「すいません、講習の申し込みに来たのですが」

 窓口に職員の人が見当たらなかったので、奥に向かって声を掛ける。この時間帯はまだ出勤している人数も少なく、人手が足りないのかもしれない。

 「魔法講習の申し込みをしたいのですが、誰か居ませんか?」

 もう一度大きな声で、窓口の奥に向かって声をかける。

 「魔法講習か?」

  横から声がしたので声の方を向くと、山?いや、大きな人?黒いローブに身を包んだ2メートルぐらいある巨人。

 「講習の申し込みか?」

 お腹に響く重低音で再度話し掛けてくる。

 「は、はい」

 慌てて頷く僕。巨人さんは僕をひとしきり眺めている。

 「魔力はありそうだが、習得は未だってところだな。短期講習か?」

 「はい。5日間のお得コースを」

 巨人さんは顎をさすりながら僕の顔を覗き込んでいる。

 「習得したい系統はなんだ?火炎系、電撃系、回復系、それとも強化系か?」

 系統?魔法に体系学的に考えがあるのは知っているが、内容は分からない。最終的には直接的な打撃を与えられる攻撃系統の魔法が習得したいが、今は光を発するフラッシュの魔法が先決だ。

 「えーと、僕は冒険者志望なので、相手を幻惑できるフラッシュとかから学べればと」

 「!!」

 「ドスン」背中に強い衝撃。どうやら巨人さんが僕の背中を叩いたらしい。

 「偉い!若いのに補助系統を選ぶとは、お前は見所があるな。いいだろう、私がみっちりと鍛えてやろう」

 ケホケホと咳き込む僕を見て、「すまん。つい嬉しくてな」と謝罪してくる。

 悪い人ではないようだ。改めて顔を見ると、顔立ちはヒューマンっぽくかなり整っており、歳も口調より大分若く見える。

 「私の名前はアレキス、講習は明日の午前8時からだからな、遅れるなよ」

 「あっ、はい。僕の名前はユウです。ユウ・ラズウェルです。明日から宜しくお願いします。」

 巨人さん、もといアレキスさんは満足そうな笑みを浮かべ去って行った。

 (怖かった)

 勢いで申し込んじゃったけど、良かったかな?いや、あの流れでは断れないよ。しょうがない。

 「あのー、お待たせしました」

 今頃職センの職員が窓口に現れた。遅いよと心の中で悪態を付く。

 「あっ、先程アレキス先生と話しをさせて頂いて、明日から講習に来るようにと、5日間のお得コースで申し込みたいのですが」

 職センの職員さんは目を丸くして驚きの表情を浮かべる。

 「アレキス先生の講習ですか?」

 (えっ、やっぱりヤバイ人なの?雰囲気は怖かったけど、悪い人には見えなかったよ)

 「はい、先程アレキスと名乗っていた2メートルぐらいの人ですが」

 「それはアレキス先生ですね、きっと・・・」

 冷静さを取り戻した職員さんは、申し込み書を渡して記載を促す。申し込み書を受け取り記載をしながら、アレキス先生について質問してみる。

 「一言で言うなら変人ですね。・・・稀代の天才とも言われていました。首都の王国魔法院に最年少で登用され、新たに開発した魔法は両手では足りず、将来の院長候補として王国魔法院を背負って立つ存在でした」

 「でしたって?」

 「・・・一年前に突然辞めたんです。全ての地位を捨てて。・・・理由は分かりません。才能も力もありながら、意味もなく地位を捨て野に下る。変人と言われる理由です。それからは此処メルキアに移られて、職業支援センターお抱え講師として補助系統魔法の研究をされています」

 「お詳しいですね」

 「・・・ファンですから。魔法を嗜む者にとっては未だに憧れの存在です。そんな方に教えを請えるとは、貴方が羨ましい」

 驚きの表情の意味を理解した僕は、申し込み書と講習代、ジョブカードを差し出しお礼を言う。

 「アレキス先生の講習は特別です。あの方が認めた人だけが受けられる契約なんです。・・・選ばれた人の責務として、しっかりと期待に応えてあげて下さい。

 ・・・差し出がましいことをすいません」

 ジョブカードの返却と共に激励も受ける。きっと、この人は受けたくても受けれなかったんだろう。僕でいいんだろうか?補助魔法だって成り行きで選んでるんだし。少し申し訳ない気持ちを抱えたまま、職業支援センターを後にする。

 ホームへ向かう途中、街の中心部に位置する職センホールに立ち寄る。建国祭のイベント会場を予約する為だ。

 街の中心部にある中央広場のすぐ側に建つレンガ造りの二階建てホール。演奏会や演劇上演、会議やパーティーなど、幅広く活用されている。その名の通り職業支援センターが運営している施設の一つであり、ジョブカード所持者か登録チームしか借りることは出来ない。イベントが無い日は午前10時からしか開かないのだが、今日は運良く開いている。

 建物内に入り、赤い絨毯を踏みしめ事務室へ向かう。

 「おはようございます」

 「おはようございます。本日の演奏会のスタッフの方ですか?」

 いつもいる事務所の人ではない。

 「いえ。会場の予約について相談したくてお伺いしました。館長のボブさんはいらっしゃいますか?」

 「少々お待ち下さい」

 受付の人が下がり、奥からフサフサの髭を蓄えた逞しいドワーフが現れた。

 「よお。元気にしてたかユウ」

 「おはようございますボブさん。お陰様でなんとかやってます」

 「ふむ、元気そうでなによりだ。」

 あご髭をさすりながら満足そうな笑みを浮かべる。

 「今日の用件は、建国祭の会場の件だな」

 「はい。12月25日の午後をお借りしたくて、午後6時まででお願いできませんか?」

 「ちょっとまっとれ」

 奥に一度戻り予約帳を持って再度現れる。

 「うーむ、午後6時からはパーティーの予約が入っとる。準備も含めて午後3時から大ホールは予約されておるな、大ホールの使用は何時までだ?」

 昨日の打ち合わせ内容を伝える。

 「そうすると、ギリギリだがなんとかなるかもしれないな。午後3時キッカリに大ホールからお客さんにサイン会会場であるエントランスホールに移動してもらい、午後5時には撤収してもらう。大ホールは3時からパーティーの準備に入って貰い、エントランスホールも午後5時半の開場にはギリギリ間に合う。まあ、先約さんが『うん』と言ってくれるかによるが、どうする?」

 いつもボブさんは僕を助けてくれる。初めて会った時から僕を気に入ってくれたようで、何かあるたびに声を掛け、面倒を見てくれる。今も人懐っこい笑みを浮かべ僕の答えを待っている。

 「助かります。是非お願いします」

 「分かった。あと、ファンイベントの時間だが、余裕を持って少し早めに設定しておくといいぞ。いくら言っても大好きなアイドルを前にしたら、少しでも一緒に居たいってなるのが人情だからな。12時半開始にしても悪い影響は少ないだろう。会場は11時からでスタッフ3人、物品のレンタル料込みで40,000ルピアでどうだ?」

 「助かります」

 深々と頭を下げお礼を伝える。

 「なぁに、このイベントが中止になったら、俺がメルキア中の女性に恨まれちまう。しっかりと成功させてくれれば良いよ」

 ボブさんの好意によりなんとか会場の都合は付きそうだ。ボブさんに別れを告げ、ホームへと向かう。途中お昼御飯用にパン屋でサンドイッチを購入する。

 ホームに着くと、ルームメイト達は皆留守のようで静まり帰っていた。

 部屋に入るとナナが待ちくたびれたという表情で待っていた。

 「お待たせナナ」

 買ってきたサンドイッチをひとつ渡す。

 「遅いよ!もう9時過ぎよ。何が早く帰ってくるよ。これなら待ってないで探しに行った方が良かったわ」

 サンドイッチを頬張りながら文句を言う。

 探す方が大変なんじゃないの?と言ってみたが、ユウ君には分からないわよ、とよく分からない答えが返ってくるのみだった。僕は紅茶を入れて食べ終わるのを待つことにした。紅茶には人の心を落ち着ける効果があると聞いたことがあるけど、妖精にも効果はあるのかな?食べ終わったところに小さなミルクピッチャーに注いだ紅茶を出す。差し出された紅茶を受け取り口を付ける。すっかり満足したナナは機嫌を直してくれたようだ。片付けをして、採取クエストの準備をする。採取用のバックパックを背負い、バックラーとナイフを身に付ける。ポーションホルダーもベルトにセットし、ミナイアス平原に向かう準備は万端だ。

 「それじゃあ、行こうナナ」

 ナナが飛んで来てちょこんと肩に乗っかる。

 「ユウ君しゅっぱーつ!」

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