第10話 「イベンターはつらいよ」

 全員揃ったところでリーダーが打ち合わせを開始する。

 「昨日、職業支援センターのクエスト掲示板を見てきたけど、これというクエストは無かったね。代わりに受けても良いかなって思うのは何件かあったけど、皆んなのスケジュールはどうかな?」

 「一つ報告があるんですが」

 おずおずと手を上げる僕を優しい眼差しで見つめるリーダー。

 「珍しいね。いいよ、ユウ」

 「昨日、個人で職業支援センターのクエストを受けまして、マリー姉さんの協力を得てクリアしたのですが、その時にヤクトの森の入口付近に地下への入口を見つけました」

 「へー、その辺りだと、今まで発見されてないやつよね?興味があるわ、皆んなで潜りに行く?」

 新し物好きのユナさんが食い付く。

 「えーと、続きがありまして。コブセ村の村長さんから大変感謝され職業支援センター宛の感謝状を預かりました」

 「!!。それは凄いね。あの村長さんは昔職業支援センターで働いていたこともあって、冒険者としての職業熟練度ジョブレベルも4はあったはずだよ。その村長さんが認めてくれたんだから、誇ってもいいんじゃないかな」

 リーダーが驚きながらも、村長さんの経歴を教えてくれる。マリー姉さんとナナは村長さんの経歴に、ユナさんは全てに驚いているようだ。

 「そうなんですか、それは驚きです。確かに、威厳がある方に見えましたけど・・・」

 もしかして御者のダストンさんも同じチームだったんだろうか?老いたとは言え歴戦の二人が居れば、ゴブリンの一団ぐらい軽く討伐出来たのかもしれない。そう思うと捜索を早期に打ち切ったのも納得がいく。

 「ごめんね話の腰を折っちゃって。それで、感謝状はどうしたの?」

 リーダーが話しの続きを促す。

 「あっ、感謝状は昨日職業支援センターに提出しました。職員の人からは、ヤクトの森入口付近の地下探索依頼書クエストを発行する予定で、僕達のチームに優先受託権を与えてくれる予定だと言われました。・・・あと、僕とマリー姉さんに職業支援センターから感謝状が出るかもとも言っていました」

 「うわぁ!ユウもマリーも凄いね。これはお祝いしないといけないよね、リーダー」

 お祝い事が大好きなユナさんが、チャンスとばかりにリーダーにお祝い会の開催を迫る。

 「そうだね、ナナエさんの歓迎会も合わせてお祝いをしないといけないね。でも、それはチームミーティングの後に話しをしよう。」

 苦笑しながらも、少し待つように促すリーダー。

 ぷーと頬を膨らませるユナさん。

 「まずはこれからの予定なんだけど、折角の優先受託権だし、ユウとマリーの頑張りが評価された結果だから、僕はこれを受けたいと思うけどどうかな?」

 「当然ですよリーダー」

 身を乗り出して賛成の意を表明するユナさん。

 「ありがとうございますリーダー」

 マリー姉さんも賛同する。

 「僕も是非受けたいです」

 「うん、それじゃあ決まりだね」

 チームでの受託が決まったのは嬉しいが、直ぐには依頼書クエストが発行されない話しをしないといけない。

 「あのー、クエストの日程なんですが、地下探索依頼書クエストの発行まで少し時間が掛かると職業支援センターの方が言っていました」

 「なるほど、・・・皆んなの予定は何かあるかい?そうだね、地下探索依頼クエストの事を考えると、この先10日間ぐらいの予定かな」

 「私は特に無いわ」

 「私も特にありません」

 ナナはチームメンバーではないので黙って聞いている。

 「僕も特にありません。職業支援センターの講習を朝夕受ける予定があるぐらいです」

 皆の予定を聞き終えたリーダーは、少し考えた後今後のチームスケジュールを決定した。

 「それじゃあ、5日後の次回の活動日までは各自地下探索依頼クエストの準備を行うことにしよう。いいかな?」

 特に異論は出ない。一呼吸置いてリーダーが続ける。

 「それから、歓迎会は早い方が良いよね。ということで、今日にしようか。ユウの講習は何時までなの?」

 「えっと、6時から2時間ですが、別の日に振替ができると思いますので今日で大丈夫です」

 「分かった。それじゃあ、ユウの言葉に甘えて今日午後6時から、場所はいつもの『幸運への導き亭』にしよう」

 それから午前中一杯はナナのためにメンバーが自己紹介を行い、その後は各自のソロ活動の報告で過ぎていった。午後は解散となり、リーダーと僕とナナで今後のファンクラブの運営方針を検討することになった。

 「来月の建国祭イベントですが、中央広場の側にある職センホールを借りて、トークショーとサイン会という内容で開催してはどうでしょうか?建国祭当日の開催ですので、夕方は皆さん家に帰り家族と過ごすでしょうから、午後1時から5時までの時間帯として、トークショーは3時まで、残り2時間はサイン会とグッズ販売とします」

 建国祭とは、文字通り国が成立した日をお祝いする日である。僕達の住んでいるこの大陸は、その昔別の大陸に支配されており、その支配から独立した日が12月25日とされている。独立当時はこの大陸に一つの国しか存在していなかったが、現在は分裂して複数の国が存在しているため、別の大陸から独立を果たした12月25日の意味はそれぞれの国により異なるようになった。それでも、多くの国々で12月25日はなんらかの記念日として現在も存在しているらしい。ちなみに僕達の属しているフィアニシア王国は、独立を果たした王国の正統継承国として国内はもとより周囲の国々にも喧伝していることから、12月25日は建国記念日となっている。

 建国祭の日には、街は色々な飾りにより彩られ華やかな雰囲気となり、幸せそうな家族の笑顔が街中に溢れかえる。少し前の僕も、いつもは忙しい両親が沢山のプレゼントを抱え、一日中一緒に居てくれる特別な日として楽しみにしていた。

 昔の思い出が蘇る少し辛い日となるけれど、今の僕には優しいチームメンバーも居るし、なりよりナナも居るから一人じゃない。今度は僕が、周りの人達が幸せになれる手伝いをしてもいいだろうと思えるようになった。

 「職センホールの収容人数は何人だっけ?」

 「確か200人だと思います」

 「2時間で200人のサインとなると、1人30秒程度が目安だね」

 「入場券を購入して頂いた方全員とすればそうですね」

 短すぎると感じたのか、ナナが横から意見を言う。

 「グッズ販売の色紙を購入した方に限定してはどうです?」

 「ナナエさんの案もあるよね・・・・・・でも僕は、出来れば来てくれた人全員と触れ合いたいんだ。慌ただしいかもしれないけど、どうかな?」

 「分かりました。ところで、トークショーの時間を調整することもできますし、イベント会場や内容を見直すことも出来ますが?」

 「そうだね、折角だからユウが考えてくれたプランで行こう。サイン会は全員参加でね。それからトークショーの間は軽食を提供してあげて、これは希望者のみのサービスでいいよ。そうそうチケットの価格は、ユウとナナエさんへのイベント運営ボーナス分の利益が出れば充分だから、安目に設定してね」

 「分かりました」

 機械クォーツ仕掛けの壁掛時計が午後2時を知らせる。

 「よし、それじゃあ打ち合わせは終わりにしよう。僕は用事があるので出掛けるけど、また6時にね」

 「はい、お疲れ様です。また後ほど」

 「お疲れ様でしたー」

 リーダーは荷物を肩に掛け、颯爽とホームを後にする。

 「流石に疲れたわ」

 ナナが横でグッタリしている。

 「お疲れ様、見直したよ。6時から歓迎会もあるから少し休みなよ。とは言えアンナさんとの約束もあるから、4時には此処を出るからね。それまで休憩してな」

 「そうさせて貰うわ」

 ナナはヨロヨロと応接セットのソファーで横になる。

 「さてと、残り2時間。溜まっている帳簿を整理しよう」

 僕は一人で書類との格闘を開始する。

 

 「ナナ、ナナ」

 気持ち良さそうに寝息を立てているナナをゆり起こす。

 「・・・うん、もうごはん」

 「残念だけど違うよ。そろそろ職業支援センターに向かわないと。講習の日付変更と、アンナさんとの約束」

 「うーん」

 大きな伸びをするとスッと立ち上がる。

 「そうね、行きましょう」

 戸締りをして表に出る。夕暮れ時のこの時間帯、東ブロックのメインストリートは行き交う人達で溢れている。今日の成果をチームに戻りに報告するのだろう、暗い顔の人もいれば明るい顔の人もいる。

 「商業系のチームってどんな仕事をしているの?」

 ナナと職業支援センターに向かうため、中央ブロックに向かい歩いている。

 「製造系チームは分かる?」

 「ええ、物を作って販売しているわね。例えばポーション類もそうだし、武器や防具もそうよね。食材なんかもそうだし、武具類の元となる加工石や、ポーションの元となる薬草類なんかも製造系チームが請け負っていると思うわ」

 「うん、その通りだと思う。大手のチームだと、材料の調達から製造、販売まで全てを自分のチームで行なったりしているけど、小さなチームではそうはいかない。材料の仕入れや完成品の販売など製造の前後に必要となる事務、これらを請け負っているのが商業系チームだよ。仕入先が少なかったり、販売先を自店舗で行なったりしている場合には、商業系チームの出番はないけどね」

 「なるほどね。仕入と販売の代行って感じか」

 「簡単に言うとね。完成品を仕入れて直接販売しているチームもあれば、仕入れた品を販売店に納品するだけのチームもある。他の街の商品なんかは仕入れ専門のチームが請け負うことが多いみたいだね」

 「搬送途中の危険に対応出来るチームってことかしら」

 「そんなところだと思うよ」

 「ところで、ユウ君のチームは何系なの?」

 「・・・探索系かな?」

 「まあ、そうよねー。でも、リーダーさんのアイドル活動って何に分類されるのかしらね?」

 「うーん。そこは僕も説明がつかないんだよね。一応職業支援センターには、チームの収益として申告もしているんだけどね」

 「・・・・・・・・・やっぱり、ユウ君は真面目だわ」

 「??」

 「何でもない。着いたわよ、私が講習の日付変更をしといてあげるから、早くアンナちゃんとこに行きなさい」

 「ありがとう」

 「私の歓迎会が掛かってるんだから、チャッチャッと済ませてね」

  素直じゃないナナと別れ、一階の相談窓口に向かう。

 (アンナさんはいるかな?)

  相談窓口にいる職業支援センターの職員を確認していく。

 「いないなー」

 「誰かお探しですか?」

 「うわっ」

  後ろを振り返るとアンナさんが笑顔で立っている。

  (絶対わざとだよこの人)

 「アンナさん、今日は6時少し前まで時間がありますから、この前の約束通り記帳を手伝いますよ」

 「流石ユウさん、でも、進路相談が先ですよ。ユウさんの進路相談を受けるのも、帳簿を記帳するのも私の仕事です。それならユウさんの役に立つ方を先にしましょう。帳簿は時間が余ったらでいいですよ」

 相変わらず優しいアンナさん。

 「それじゃあお願いします」

 「はい」

 2人でエントランスホールの横にある面接ブースに移動する。面接ブースは四方が壁に囲まれており、中での会話は外に漏れない構造となっている。もっとも、大声を出したりすれば聞こえちゃうんだけどね。真ん中に長机が配置されており、対面となるように椅子が置いてある。僕は椅子に腰掛け近況の説明を始める。

 「それじゃあ、今は職業支援センターの講習を受けているんですか?」

 「はい。早朝に剣技、夕方に基礎体力の講習を受けています。まあ、基礎体力は明日からなんですけど。期間も10日間と短いのですが、少しでも強くなるためにと思って。それに、レベルの高い講習を受ければ、自分一人での訓練の仕方が分かるかなってのもありまして」

 真剣な表情で頷くアンナさん。

 「とっても良い考えだと思いますよ。職業支援センターの講師は、ほとんどの方がそれぞれの職業熟練度ジョブレベル4以上ですし、短い期間でも上級者の技に触れるのは良い経験になりますよ。・・・それにしても、今まではあまり強さを求めていないようでしたが、何かありましたか?」

 やはり疑問に思うだろう。僕自身もアンナさんの言う通り、今まではあまり強さを求めてはいなかったと思う。勿論強くなりたいとは思っていたけど、それは漠然としていて、子供がただ勇者になりたいと願うだけのもの。単純な強さへの憧れであり、自分自身の努力は伴わない、何となくいつかなれれば良い、そんな夢のような願望だった。じゃあ変わったキッカケは?ナナとの出会い?それもひとつだと思う。昨日のクエスト掲示板での適正職業熟練度ジョブレベルに対する自分のレベル不足も理由かもしれない。けれど一番の理由は、自分の力不足が原因で目の前の人が傷つく現実に直面した事だ。今までは自分を含めチームメンバーが重症を負った事は無い。運が良かっただけかもしれないけど、もしかしたら僕が参加するクエストは安全なものを選んでくれていたかもしれない。どちらにせよ、今までは自分の無力さを感じずに済んでいた。けれど昨日のクエストは違った。自分一人の力では命を落としていたであろうし、力不足によりパーティーメンバーを危険に晒して重症を負わせてしまっている。僕にもっと力があったら、経験があったら、知識があったら、そう思わずにはいられない程の強烈な無力感。初めて本当の意味で強くなりたいと思った瞬間だった。

 「・・・・・・ユウ、さん?」

 「あっ、ごめんなさい。昨日のクエストで、自分の力不足を認識したから、ですかね」

 「大変だったんですか?」

 (「いやー、なんとかなりましたけど、少し死にかけちゃいまして」なんて言ったらアンナさんは凄く驚くだろうし、次のクエストからどれほど心配されるか分からない)

 「いや、まあ大変だったというか、もっとスマートにクエストをクリア出来るようになりたいなって。昨日のクエストで鎧とか装備品が結構傷ついちゃいまして、依頼主の子供達に疑われちゃったんですよ。僕のボロボロの姿を見て、本当にクエストをクリアしたの?って。だから、次からは格好良くクリア出来るようになりたいなぁって」

 じっと僕の瞳を見つめているアンナさん。目を逸らしたら下手な嘘がバレてしまうけど、これ以上見つめられたらそれはそれで見破られそうだ。冷汗が背中を伝わる。

 「・・・・・・らしくない理由ですね。言いたくない何かがあるように感じられますけど、今日はお疲れのようですから・・・話したくなったら言ってくださいね。私はいつでも待ってますよ」

 うーん、アンナさんって本当、人の心をくすぐるのが上手いよなー。でも、今回は格好悪いし心配かけるから、もっと僕が強くなったら本当の事を言うことにしよう。

 とりあえず別の話題を切り出す。

 「そう言えば、今度魔法の講習を受けようと思うんですけど、どう思いますか?」

 「そうですね、剣技などの得意武芸を極めるのも一つの道だと思いますが、魔法剣士なんかは色々な状況に対応出来ると言いますし、何より格好良いですよね。ユウさんには合ってると思いますよ」

 「・・・なるほど、格好良いですか・・・」

 「ウフフ、ちょっと意地悪でしたか。でも、ユウさんに合ってると思うのは本当ですよ。ユウさんは、これから色々なクエストに挑戦されると思います。その時に、絶対的な一つの力よりも、色々な事象に対応出来る力の方がユウさんの助けになると思うんです。私の感ですから、外れても怒らないでくださいね」

 「ありがとうございます。外れたとしても、アンナさんに怒れる人なんていませんよ。ところで、今後の予定ですが」

 「ヤクトの森の地下探索依頼を受けるんですよね?」

 「ええ、そのつもりです」

 「それでは、依頼書クエスト発行までの間はどうするのですか?」

 「朝夕は職業支援センターの講習を受けますが、日中は特に予定が無いので一人で訓練でもしようかと」

 「それなら簡単な採取依頼クエストを受けてはどうですか?場所はヤクトの森の側のミナイアス平原ですし、あの辺りならモンスターも小型の昆虫系か動物系しか出てこないでしょうから、訓練がてら周辺調査ってことで。失敗のペナルティも無いですしね」

 ミナイアス平原はメルキアの南方一帯に広がる平原を指す。ヤクトの森側ということは、南西の方角になるのだが、何を採取するのだろう?

 「そうですね、都合は良さそうですが採取物は何ですか?」

 「あの辺りに生えているアナミスという薬草です。最近アナミスの加工技術が向上したようで、需要が高まっているそうなんですよ。メルキア近辺は既に採取され尽くされているようですので、少し足を伸ばしていただければと思います」

 「分かりました。お受けします」

 「ありがとうございます。それではクエストの受注登録をしておきます。こちらが依頼書になりますね」

 正式な依頼書を受け取る。その後、約束通りアンナさんの記帳の手伝いをして、6時前に職業支援センターを後にした。

 「ナナは何処に行ったんだろう?」

 職業支援センターで別れてから一度も顔を見せていない。

 (直接お店に行くのかな?でも、場所が分からないと思うんだけど)

 「居るわよ此処に」

 左肩から声がする。

 「あれっ、今まで何処に行ってたの?」

 「講習の振替手続きが済んだあと、ユウ君のリュックの中で寝てたわ」

 「今起きたの?」

 「少し前だけど、リュックから出たのは今よ」

 「そうなんだ。でも、何処でナナエに変身するの?」

 「・・・・・・職業支援センターに戻るから、少し待ってて」

 慌てて飛んでいくナナ。戻ったら走らないと間に合わないかも・・・

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