第9話 「スタイルって罪になるのね」

 「・・・ユウ君、起きなさいユウ君」

 ナナに揺り起こされる。

 「おはよう、ナナ」

 「もう午前4時を半分過ぎてるわよ。早く行かないと初日から遅刻よ」

 まだ重い瞼をやっとの思いで半分開けて、機械クォーツ仕掛けの壁掛け時計を見る。

 ナナの言う通り午前4時を半分過ぎようとしていた。日の昇り始めらしくまだ外は薄暗い。ベットから飛び降り慌てて身支度を整えていると、ナナがベットの下から何かを引きずり出している。見るとそれはロングソードだった。

 「講義内容が剣技じゃない、やっぱり勇者にはロングソードだと思うのよね。勿論ショートソードだって悪くないけどね。これは昨日私が見つけた掘り出し物なのよ。4,000ルピアだったけど、お値段以上の品質だわ。折角だからこれを身に付けて訓練したらどお?」

 ナナなりに心配してくれているんだろう。昨日のホブゴブリン戦の苦戦を思い出す。ショートソードよりも刀身が1.5倍以上あるロングソード、使いこなせれば間合いが広がり戦闘の幅が広がるだろう。

 「ありがとう。使わせてもらうよ」

 ロングソードを腰にき、ショートソードにはお休みしてもらうことにする。

 「そろそろ行かないと」

 丸パンをかじっているナナを促す。

 「えっ?私も」

 「僕の訓練を見ていてくれないのかい?ナナに見守ってもらえると、早く強くなれそうな気がするんだ」

 「・・・」

 驚きの表情の後、少し頬を赤らめながら答える。

 「仕方ないわねー。まっ、まあ、お目付け役が必要よね」

 二人で急ぎ準備を終え、職業支援センターに向かう。

 早朝のメインストリート。吐く息は白く肌を突き刺す寒さがある。時間帯のせいか行き交う人々はまだ少ない。僕達と同じように職業支援センターの早朝特訓を受けそうな人が何人か、他には街の外に向かう荷馬車の一団、まだ街の人々は本格的に活動していない時間帯だ。

 「夜の喧騒が嘘みたいね」

 「・・・?」

 ナナとは夜にこの辺りには来ていないはず?・・・そういえば、昨日ナナは職業支援センターに訓練の申し込みに来ていたんだっけ。だから夜の雰囲気を知っているのか。

 「そうだね。夜騒いでいる分朝は静かなのかな。でも、そのおかげでナナと会話し易いね」

 「・・・ユウ君らしくないわね」

 「・・・?」

 「受け答えがスムーズ過ぎるわ。貴方何者?」

 突然僕の頬を引っ張り出す。

 「えっ、なにっ、どうしちゃったの?いっ、痛いよ、本当に、僕は僕だよ」

 それもそうか、ユウ君に変装するメリットがないもんねって、酷い扱いだよ。

 まだ少し赤く腫れている頬を労わりながら職業支援センターの中に入る。

 講習受付窓口に行きジョブカードを提示する。

 「ユウ・ラズウェルさんですね。剣技早朝2時間コースとなっておりますので、準備が終わりましたら一階中央広場に集合してください」

 窓口の職員から案内を受け一階中央広場に向かう。

 アンナさんはいるだろうか?辺りを見回しながら建物内を歩く。

 この時間帯だと、当番などでもない限りまだ出勤していないのかもしれない。

 中央広場入口で出席の手続きを行い広場に入る。

 職業支援センターの建物は楕円形をしており、中央は大きな広場となっている。楕円の外周部分に建物が建っている形状である。

 広場の中央に剣を装備している一団を見つける。きっとあの一団が今回の講習を受ける人達だ。急ぎ近づき挨拶をする。

 「おはようございます」

 人付き合いの基本は挨拶からって、昔両親に習ったっけ。

 「・・・」

 (あれっ?無視されている?身に覚えがないけど・・・聞こえなかったのかな?よし、もう一度少し大きめの声でいこう)

 「おはようございます」

 一番強面のヒューマンのお兄さんがこちらをひと睨み。

 「・・・聞こえてるよ」

 (えっ、返事がそれだけって?)

 「・・・どうしてですか?」

 先程のお兄さんが呆れるように答える。

 「おい新入り、俺達は冒険者だ。少しでも強くなりたくてこの講習を受けている。お前みたいに女に世話されて来るようなやつと話してると、軟弱病が感染っちまうよ」

 (軟弱病って・・・。それよりも、昨日ナナが申し込みをしている姿を見ていた人がいたからってことか・・・)

 「昨日の人は僕の従姉妹です。弱い僕を心配してくれたのは間違いないですが、全て僕が働いて稼いだお金です。勘違いさせてしまったようですが、僕も皆さんと同じ冒険者です。よろしくおねがいします」

 「ケッ」

 強面のお兄さんには言い訳に聞こえているようだ。

 (うーん、これは先が思いやられる)

 今後に不安を覚えていたその時。

 「皆さんおはようございまーす」

 後ろから教官とおぼしき女性の大きな声が聞こえた。

 「おはようございまーす」「おはようございます」

 (えっ?)

 さっきまでの態度が嘘のような反応。8人が横一列に並び、教官の方を向いて敬礼している。慌てて僕も列の端に並び敬礼ポーズ。横の男の人が小声で教えてくれる。

 「美人だろ?みんなあの教官が好きなんだよ。さっきの話しだけど、兄ちゃんの為に申し込みに来た姉ちゃんも教官と似た雰囲気があったんだろな。兄ちゃんみたいな歳上キラーが来たら、あの教官を奪われちまうんじゃないかって噂が立ってよ。ガルトも本当は良いヤツなんだよ、みんな悪いヤツじゃないからよろしくな」

 は、はーん。なるほど、僕が歳上キラーに誤解されたんだ。それでさっきの一番厳ついガルトさんが冷たい対応をしてきたって訳か。それにしても、改めて教官を見るとまず目につくのがあの胸だ。ヒューマンの女性としては背も高く、体付きもがっしりしているけど、明らかにバランスを崩しているのがあの巨大な胸だ。歩くたびにブルンブルンと揺れている。顔立ちも十分に整っているとは思うけど、あの揺れは凶悪だ。視線が自然と吸い寄せられちゃう。

 「皆さんお待たせー。今日から新しく短期講習の方が来ています。名前はユウさんです、優しくしてあげてね」

 「はーい」

 全員が子供のような良い返事。大丈夫なんだろうかこの講習で・・・。

 実際に講習が始まると、そんな不安は杞憂だったことが分かった。鼻の下を伸ばしていた兄さん達も訓練は真剣そのもの。型から入り、寸止めの打ち込み、木刀による実践訓練。僕以外の人達は皆職業熟練度ジョブレベル2以上はありそうな太刀筋だった。そして教官の指導も適切で、僕の動きに対するアドバイスも多数受けることができた。これは良い経験を積める。

 「ポヨンッ」

 (???)

 「こらっ、寸止めって言ったでしょ」

 「へへっ、すいません」

 隣で教官の胸に峰打ちを決めるガルトさん。絶対わざとだ・・・

 2時間があっという間に過ぎる。初めはぎこちなかった周りとの関係も、鼻を膨らませながら教官への感想を話すうちにすっかりと打ち解けた。

 「はーい、今日はここまでです。明日も忘れずに来てくださいね」

 「ありがとうございましたー」「あざっしたー」

 講習仲間に別れを告げ、シャワーを浴びて一度ホームに戻る事にする。二階に上がりシャワー室に向かう。

 「随分と楽しそうな訓練で良かったわね」

 (あっ、すっかりナナのことを忘れていた)

 「ユウ君の鼻、膨らみっぱなしだったわよ」

 ・・・ずっと見てたんだ。

 「本当に集中してた?違うことに集中してたんじゃないの?」

 (あれはしょうがない)

 「どうして男って胸が好きなのかしら。女神様でも胸がある方が人気あるみたいだし。私だって・・・」

 小さな両手で自分の胸を寄せている。大きいのか、小さいのか、小さすぎてさっぱりわからない。

 僕の視線に気付き、飛び蹴り一閃。

 「いてっ」

 「デリカシーなさすぎ」

 ナナはプリプリ怒りながら何処かに飛んでいってしまった。

 シャワーを浴びる前に二階の講習窓口に寄り、ギルド職員から魔法の講習案内のチラシを貰う。

 「丁度良いタイミングでいらっしゃいましたね。魔法の講習は通常高額なのですが、今は新規講習開設キャンペーンを行っておりますので、かなりお手頃なお値段で提供させて頂いております。是非ご検討ください」

 (うーん、営業トークにしか聞こえない。人の好意を素直に受け取れないなんで、僕はナナに毒されてしまったのだろうか?でも全5回4,000ルピアは安いかも)

 シャワーを浴びながら、先程のチラシの内容を検討する。

 (・・・ホームに帰ってからナナに相談することにしよう)

 シャワーを浴び終わり一階に降りる。午前7時を過ぎて職業支援センターも大分混雑してきている。

 「あー、ユウさん」

 (この声は!)

 ゆっくりと声の方を向く。視線の先には見覚えのある顔があった。銀色の髪は心なしか逆立っているように感じられ、全身から怒りのオーラが漂っている。

 (そりゃ怒ってるよね、約束すっぽかしたんだから)

 「アンナさん大変失礼しました」

 両手を合わせ頭を下げる。

 「・・・」

 不味い、返事がない・・・

 「本当にすみません」

 「・・・もうっ、ずっと待ってたんですよ」

 怖くて顔を上げられない。

 「・・・いいです」

 「えっ」

 「・・・クエスト、クリアしてくれたんですね」

 ゆっくりと顔を上げる。あれっ、笑顔になってる?

 「ふふっ、本当はお礼を伝えたくて探していたんですよ。でも、後ろ姿を見たらなんだか待たされたことを思い出しちゃいまして・・・少し意地悪しちゃいました」

 「えっ」

 「ありがとうごさいました、私の我儘に付き合ってくださいまして」

 アンナさんがペコリと頭を下げる。

 「いえっ、クエストの件は、アンナさんの為とかではなくて、自分が受けたくなっちゃっただけで・・・。それに、進路相談の約束も守らず、記帳の相談もすっぽかしちゃいましたし・・・」

 一歩近づいて来てにこやかに笑いかけてくる。

 「私の為じゃなかったのは寂しいですけど・・・、クエストの内容を聞いて受けた優しい貴方の方が、私は好きですよ。・・・忘れっぽいのは頂けないですけどね」

 そう言って僕の鼻を一押し。

 「・・・今日は、待っていていいですか?」

 顔を赤くしながら頷く僕。

 「今度こそ約束ですよ」

 そう言って走り去って行く。良かった、許してもらえそうだ。

 安心した僕は壁にかけてある機械クォーツ仕掛けの時計を見る。時計の針は7時を半分過ぎた所を指していた。

 (不味い、早くホームに戻ろう)

 自宅ホームに戻り朝食を済ませる。買い置きの丸パンが無くなってしまったので、補充を考えながら身支度を整える。ナナは準備があるので先に行くと言って窓から出て行った。

 (準備ってなんだろう?)

 気にしていても仕方がないので出発することにする。チームハウスの鍵は僕が預かっているので、少し早目に行って鍵を開けておかなければ皆を待たせることになる。僕は足早にチームハウスへと向かう。

 「ん?」

 チームハウスの前に人影が。

 (もう誰か来ているのかな?九時までにはまだ大分あるけど)

 人影はこちらを向いて手を振っている。

 「・・・ナナ?」

 何処で見たことがある赤髪。急ぎ近づいてみる。

 「ユウ君遅い」

 やはりナナみたいだ。顔立ちはナナを大人っぽくした感じで、赤い瞳と薄紅色の唇は変わっていないが、輪郭がシャープになり可愛いいから美しいに変身を遂げている。風貌は女性のヒューマンだか、異常にスタイルがいい、特に胸がかなりの大きさになっている。

 「・・・気にしてたんだ」

 「何が?」

 「いやっ、なんでもないよ。ナナが大人になった姿を想像していただけだよ」

 「・・・鼻膨らんでたけど」

 「・・・」

 「・・・ナナエ」

 「へっ?」

 「私の名前はナナエ。貴方の従姉妹になります」

 (あー、なるほど設定の話か。僕の従姉妹でナナエさんってことにするんだ)

 「それじゃ、ナナエさんって呼ぶね。歳上の設定なんでしょ?」

 「そうよ。それから敬語でね」

 「・・・わかりました、ナナエさん」

 「まっ、後は私が上手く説明するから、とりあえず紹介してね」

 「それはいいけど、準備って何をしてたの?」

 「・・・変身するのに、色々な人を見て参考にしてたの。・・・悪い」

 どうやらナナは、街の女性を参考とする為に、先にホームを出発していたようだ。

 「いやいや、悪いなんてことなくて、むしろスタイルなんて良すぎるぐらいで、少しやり過ぎなぐらいだけど、大人っぽくて綺麗だよ」

 少し顔を赤らめモジモジしている。

 「そんな綺麗だなんて・・・・・・・・・・・・やり過ぎって何?」

 動きが止まり笑顔が消えている。

 「えっ、あっ、いや」

 (しまった!!)

 「ボスッ」

 ナナもといナナエさんの正拳突きが鳩尾に入る。

 「うっ」

 サイズが大きくなった分威力が倍増している。

 「・・・反省なさい」

 「は、い・・・」

 動けるようになった僕とナナはチームハウスの中に入った。先ずは、チームハウスにある設備の説明をすることにした。一階は事務机が置いてある事務スペースと、応接セットが置いてある応接スペース、そして物品庫となっている。二階にはリーダー室、作戦会議室、そして調理室がある。この規模のチームで調理室があるのは珍しいらしく、普通は仮眠室やシャワー室なんかを優先するらしいんだけど、リーダーが「クエストで手に入れた変わった食材を、皆で楽しく食べたいね」って言い始めて、「楽しそうだから」と他のチームメイトも同意したらしい。僕も何回かご馳走に預かっており、一つの楽しみになっている。レア食材入手のクエストの時は、クリア後の食事会が楽しみで仕方ない。ちなみに、料理はリーダー自ら包丁を振るうのだが、もう一人、神の舌を持つといわれるヒーラー見習いの存在を忘れてはいけない。彼女の名はユナ、ホビットとヒューマンのハーフでハーフホビット。歳は二十代後半らしく、元々は冒険者として活躍していたが、僕とマリー姉さんがチームに合流したのを機にヒーラーに転職コンバートすることにしたらしい。そんな彼女に掛かれば、どんな食材も一瞬で一級品に早変わり。数々のスパイスを駆使し食材の良さを最大限に引き出す。ユナさんは食から身体を改良することを目標に、ヒーラーを目指しているらしい。僕達のチームにリーダーとユナさんの二人がいたから調理室が作られたのだろう。

 「ユウ君、今のうちに仕事内容を教えてよ」

 設備の説明を聞き終えたナナは、早速僕の仕事内容の説明を求める。

 「了解しました。僕の仕事は大きく分けて、金銭経理、物品管理、雑用の三つに分かれます。最初に覚えて欲しいのは物品管理と雑用です。物品管理は言葉の通り物品を管理するんですけど、在庫を見て補充したり、新しい品物の導入を検討したり、僕みたいに個人受託のクエストで物品を使用した人の精算を行なったりします。雑用は、実際にはリーダーのファンクラブ関連のお仕事で、会報の作成やサイン会の企画、会員証の作成にグッズの企画販売なんかを行います」

 「・・・そりゃ帰れないわ」

 「えっ、あーまあ、慣れればなんとかなるかと思ってたんだけどね、なかなか上手く行かなくて」

 ナナは呆れ顔で僕を見ている。

 「それは一人分の仕事じゃないわよ。慣れればとかそんな問題じゃないわ。チームメイトは何て言ってるのよ」

 「リーダーは手を抜いていいって。他のチームメイトは手伝うよって」

 「・・・要は、ユウ君が一人で頑張りたいってこと?」

 「うーん、言われてみれば今まではそうだったかも。やっぱりリーダーに拾って貰った恩もあるし、チームメイトにもお世話になりっぱなしだしね。でも、今は自分の時間が欲しいと思ってるよ」

 「・・・良かったMではないようね」

 「??」

 「何でもないわ、勇者にも向き不向きがあるのかなって思ったのよ。とりあえず、私も手伝うけどチームメイトにも協力して貰いましょうよ」

 「そうだね、頼んでみるよ」

 「まずは今の5日に2、3日の勤務体制を、他のメンバーと同じ5日に1日となるようにしましょう。そうすれば訓練する時間も確保できるしね。まっ、給料は減るけど2人で6日分、月5,000ルピアも貰えればなんとかなるでしょ」

 「まあ、家賃でほとんどなくなっちゃうけどね」

 「・・・家賃思ったより高いわね」

 「大都市だからね。まあ、収入の為にも強くなる為にも、クエスト頑張るよ」

 「そうね、チキポンの為にもお願いね」

 「ガチャ」

 入口の扉が開く音がする。

 「おはようユウ君、お客様かい?」

 リーダーが入り口から入ってきた。ナナの存在を気配で察したらしい。

 「おはようございますリーダー。今日は経理を手伝ってくれる方を連れてきました」

 横でナナがお辞儀をしている。

 「あっ、こちらの方ですね。初めまして、チーム輝く星シャイニースターのリーダーをしております、私スティルと申します。どうぞよろしくお願いします」

 リーダーがお辞儀をする。

 「初めまして、私はユウの従姉妹でナナエと申します。いつもユウ君から貴方のお話しを伺っております。大変お世話になっているようでありがとうございます。なんでも、経理担当の人手が足りないと聞いたものですから、よろしければお手伝いさせて頂けませんか?」

 (丁寧な挨拶、妖精を馬鹿にするなって言ってたけど、見直しました)

 「こんな綺麗な従姉妹さんがいたなんて、ユウ君も隅におけませんね。申し出ありがとうございます。貧乏なチームなもので、大した謝礼はできませんがお願いできますでしょうか?」

 「その話しも聞いております。2人で1日1,000ルピアで如何でしょうか?代わりに勤務体制をチーム活動日限定にして頂きたいのですが、勿論、ファンとの交流日などは別で」

 (あれ、微妙に値上げしている)

 「ユウ君には訓練する時間を確保してあげたかったので、大変有り難い申し出です。喜んでお願いさせて頂きます。財政に余裕ができましたら給料は値上げさせて頂きます」

 (凄いな、あっという間に決まっていく)

 リーダーに促され応接に座るナナ。思わずお茶を用意して出す僕。応接セットで談笑している二人を残し、僕は昨日の物品精算の手続きを始める。

 「小さい頃からユウ君は寝言が酷いんですよ。」

 (おいおい、寝言はナナでしょ)

 「いやー、この間のクエストでは大活躍でして・・・」

 (いや、身に覚えがありませんし、本当気が散りますよ。噂の当人は側にいますよ)

 僕が側に居ることを気にしない2人に気を取られながら、目の前の書類に集中するよう努力する。

 「ガチャ」

 (助けだ!)

 「おはよー、みんないるー?」

 この声はユナさんだ。ハーフホビットのユナさんの身長140センチとヒューマンとしては小さく、小人族のホビットとしては大きく、正にハーフって感じだ。顔立ちはホビットらしく童顔に少し尖った耳をしている。大きなブラウンの瞳に、赤味を帯びたブラウンヘアー、愛らしい顔立ちをしており、よくヒューマンの子供に間違えられている。

 「おはようユナ」

 「おはようございますユナさん」

 「おはようございます。」

 3人目の挨拶に驚くユナさん。

 「えーと、初めましてですよね」

 驚きながらもナナをじっと見つめたあと、自分と見比べ少し悲しそうな顔をしている。

 ユナさんは自分のスタイルにコンプレックスを持っているらしい。別段スタイルが悪い訳でもなく、むしろホビットとしては良い方だと思うんだけど。まあ、マリー姉さんやナナエが特別なんだよね。

 (・・・・・・だからやり過ぎだって、ナナは)

 「初めましてユナさん。ユウ君の従姉妹のナナエと申します」

 お辞儀をするナナ、揺れる胸を見て更に顔が曇るユナさん・・・・・・

 「ユナ、ナナエさんには今日から経理を手伝って貰う事になったんだ」

 横からフォローするリーダーをチラッと一瞥。

 「・・・・・・そうなんだ」

 (不味い、大分不機嫌になっている)

 普段は明るいユナさんだけど、スタイルに関しては妬みの感情が非常に強く、ある一定レベルを超えると普段の明るく快活な性格から一変、ブラックなキャラになってしまう。ナナも雰囲気で気まずさを感じているようだ。

 「えーと、今日はソフィアが帰省中だから、あとはマリーだけだね」

 危険な雰囲気を察して話題を変えようとユナさんに話しかけるリーダー。

 「・・・・・・そうね」

 (反応が鈍い。心なしかユナさんの後ろから黒いオーラが・・・)

 「・・・」

 (ど、どうする)

 「ガチャ」

 「おはようございます」

 素晴らしいタイミングでマリー姉さんが入ってきた。

 「おはようマリー、丁度良かったよ」

 何がですか?と首をかしげながリーダーの方を向くマリーにユナさんが泣きながら抱きつく。

 「マリー」

 「ど、どうしたんですかユナさん」

 「ユウ君(の従姉妹)が酷いんだよー」

 (ぼ、僕ですか?)

 きっと眉尾をあげて僕を睨むマリー姉さん。

 「ユ、ウ、君ー」

 「えー!!!」

 その後、僕はマリー姉さんに折檻されそうなところリーダーに助けられた。

 マリー姉さんにはリーダーの口から事情が説明され、数分後に僕の無実がやっと証明された。

 一連の騒動が終了した後に、ナナとマリー姉さんはお互いに自己紹介を行った。

 (それにしても、不機嫌な時のユナさんは僕に当たることが多い気がする)

 一通りの挨拶が終了し、全員が応接セットのソファに腰掛ける。

 「それじゃあ、皆が揃ったからミーティングを始めよう」

 「はーい」

 すっかり機嫌を直したユナさん。その様子を見た他のメンバーは安堵の表情を浮かべている。

 (・・・僕という尊い犠牲があったことを忘れないで欲しい)

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