第6話 「3人?での勝利」

 得物のショートソードを両手で正眼に構える。

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 最初の2匹は直ぐに片が付いた。飛び出した瞬間をマリー姉さんは見逃さず、ロングソードを横薙ぎに一閃。

 「グェッ」

 緑色の頭は何が起きたか理解出来ず、今まで乗っていた体と離れ飛ばされていく。返しの一閃で僕と対峙しているゴブリンを斬りつける。致命傷までは達しなかったが充分な深手となり態勢を崩すゴブリン。その隙を逃さずショートソードの突きを見舞う。

 「ゴワッ」

 膝から崩れ落ちるゴブリン。

 「次来てるよ」

 視線を足下で横たわるゴブリンから前方に戻す。

 左手ではマリー姉さんが2匹のゴブリンと切り結んでいる。

 僕の目の前にも2匹のゴブリンが武器を構えている。

 二対一、冒険者ノートに書いてあった戦闘の基本は「複数の相手モンスターと対峙しても一対一の状況を作ること。可能ならばこちら側が複数で一体を相手にする状況を作ること」とあり、今起きていることはそれと逆。「その場合は一度撤退し態勢を立て直すこと」マリー姉さんが戦っている中、僕だけ撤退なんて出来ない。

 「ユウ君下がらないで。これ以上下がるともっと増援が湧いてくるよ」

 (意識せずに下がっていたのか・・・)

 ショートソードを握り直し右手のゴブリンに斬りかかりながら一歩間を詰める。僕の間合いから離れようとしていたゴブリンは斬りつけられた傷を押さえ、位置を変えられずにいる。地下への出入口の大きさから、一度に飛び出してこれるのは2匹が限界のようだ。出入口付近の足場の広さから推測すると、4匹が同時に地上に現れられる限界だろう。けれど僕達が後退して出入口付近のスペースを空けたりしたら一度にもっと多くを相手にしなければいけない。それに、討伐に時間をかければ何かしらの方法で別の足場を獲得するかもしれない。どちらにせよ、一歩も引かずに時間をかけず殲滅しなければならないという厳しい状況を理解する。マリー姉さんは既に状況を理解しており、素早く確実にゴブリンに致命傷を負わせている。

 そう言えばマリー姉さんの剣技は実の剣技だと団長が褒めていたことがあった。手数は少ないが隙を逃さず素早い一撃で致命傷を負わせる。一見効率的に見えるが、相手の隙を伺う間は守りを主体とするため、相手をよく見て耐えるべき時は耐えなければならない。洞察力が優れるマリー姉さんならではの剣技だろうと思う。そんなマリー姉さんが積極的に攻勢に出ていることを考えると、状況は僕が考えているより悪いのかもしれない。

 左手のバックラーで左側のゴブリンの得物ハンドアクスを弾く、態勢を崩したところにショートソードを袈裟懸けに斬りつける。

 「ゴボッ」

 緑色の液体を口から吹き出し後ろに倒れるゴブリンを横目に斬りつけた勢いを利用して右のゴブリンに左回し蹴り!僕に斬りかかろうとショートソードを上段に構えていたゴブリンのガラ空きの土手っ腹にヒット!

 「グェッ」

 くの字に曲がり後方に吹き飛ぶ緑色の憎い奴。

 (よし、これ3三体目)

 倒す度に直ぐに地下から新手が現れる。

 マリー姉さんは既に6体は屠っているだろう。

 2人の目の前には4体のゴブリン。

 地下から怒声のような呻き声が聞こえる。

 (20体以上いるのか?目撃証言だと十数体と言っていたが、そういえば目撃されたリーダーらしき個体も見当たらない)

 見積りが甘かった事を痛感しながら状況への対処方を考える。想定外の出来事が起きた場合には一度撤退し状況を見極めることがビジネスの鉄則と昔父親から教わったけど、撤退も許されない状況に追い込まれている。

 ショートソードを握る手に汗をかきはじめる。プレッシャーを感じ始めた途端、体が重くなり動きが鈍くなる。

 目の前の相手が連携を取れないことが少ない救いの一つだ。

 それでも段々と防御の時間が長くなる。

 良い意味での緊張感がなくなり、改めて二対一という不利な状況を思い知らされる。

 (後何体倒せば良いのだろう)

 「シュッ」

 相手の突きが左頬をかすめる。流れ出る血。

 「ちっ、えいっ」

 伸び切った右手を左手のバックラーで弾き右下から左上に切り上げる。

 「ブバッ」

 (やっと4体目)

 仲間が斬り倒される様を見て一瞬怯むゴブリンの隙に、腰のポーチからポーションを取り出し口に含む。溜まっていた疲労感が回復していく。左手を見るとマリー姉さんが9体目となるゴブリンを斬り倒していた。マリー姉さんにも疲労の色が見えるが、まだ余裕はありそうだ。それよりも僕の方が余裕はないが、落ち着いて対処していけばなんとか数を減らす事が出来ている。慎重に斬り結ぶことにより、無傷とはいかないが、なんとか浅い切り傷程度で済んでいる。

 「えいっ」

 突きで体制を崩してから薙ぎ払いを見舞う。

 「ゴブワァー」

 5体目のゴブリンの断末魔を聴きながらマリー姉さんの方に目を向けると11体目のゴブリンを斬り伏せていた。マリー姉さんの前には最後の1体と思われるゴブリンが逃走の気配を見せている。

 (自分も戦えている)

 「キキァャー」

 こちらも最後の1体と思われるゴブリンが武器の棍棒高く掲げ奇声を上げている。

 このままいけば殲滅できる、そんな気持ちが生まれた瞬間ナナの叫び声が耳に響く。

 「ユウ君後ろー」

 「!!」

 瞬時に後ろを振り向く僕。

 リーダーらしきゴブリンとボウガンを構える二匹のゴブリンが目に飛び込む。

 彼らは別の出入口から出て裏に回り込んだに違いない。

 ボウガンの狙いはどうやら僕のようだ。

 反射的に左手のバックラーで防御の姿勢を取ろうとする。

 「ドガッ」

 「ぐっ」

 背中に鈍痛が走る。まだ残っていた背後のゴブリンから棍棒の一撃。

 一瞬の油断が命に関わる集団戦。

 完全に挟み打ちの状態の中膝をつく僕。

 「ごぼっ」

 口から血が溢れる。

 折れた肋が肺に刺さったのかもしれない。

 「ユウくーん」

 マリー姉さんの悲痛な叫び声が聞こえる。

 「ヒュン、ヒュン」

 2本のボウガンの矢が飛来する風切り音。

 (これは・・・駄目かもしれない・・!!!)

 動かない自分の体に諦めかけた瞬間、背中に冷たい感触。途端に背中の痛みが和らぎ身体の感覚が戻ってくる。目に飛び込むのは金色の髪をなびかせた銀色の閃光。僕を庇うように目の前に立ちはだかりボウガンの矢の進路を塞ぐ。

 「グサッ」

 飛来した2本の矢の内1本が美しい肢体に突き刺さっている。

 「マリー姉さん」

 片膝をついているマリー姉さんは、自分が対峙していたゴブリンを素早く斬り伏せ、僕に第二撃を加えようとしていたゴブリンの攻撃を受けながらも撃破し、加えて僕に即効性の高いハイポーションをかけるという荒業の後、身を呈して僕を守ってくれた。

 その代償に左足と左肩に重傷を負ってしまっている。

 「っ痛。ユウ君、・・・・・・後は任せていい。少し・・・疲れたから」

 「マリー姉さんハイポーションは?」

 「あれは秘蔵の一本だったのよ。早くしないと二射目がくるわ」

 マリー姉さんに自分のポーションを渡し二射目を構えるゴブリン達に向けて走り出す。

 狙いを絞るゴブリン達、腰のベルトからナイフを取り外し左の一体に投擲する。

 「ヒュン・・・・・・グサッ」「ブバッ」

 ビンゴ!ボウガンを構えていたゴブリンの左目に見事命中。ナイフが深く突き刺ささり後ろに倒れるゴブリン。

 その間に右のゴブリンからボウガンの矢が発射される。

 (予想射線は僕の左胸だ!)

 当たりをつけてバックラーで左胸を守る。

 「ビィーン」

 ビンゴ!上手くバックラーで矢を受け止めることに成功する。

 第三の矢を装填される前にゴブリンの所に到達し、勢いに乗ったショートソードで一撃の元に斬り伏せる。

 残るはリーダーらしきゴブリン1体。今までのゴブリンよりも一回り大きく、僕達の裏を取る行動から他のゴブリンより知能も一段上と想定出来る。

 気を引き締め対峙する。

 「ゴブッ」

 奇声とともに得物の槌を振りかぶり強烈な一撃を放ってくる。咄嗟に左腕のバックラーで受けるが衝撃で腕が痺れる。怪力と槌は相性が良くガードしてはいけないことを身を持って思い知る。

 (暫く左腕は使い物にならないな)

 盾が使えなくなった今、突きを主体に攻める。隙を与えないようコンパクトに打ち抜く、少しずつ浅い傷は与えているが相手に怯む様子はない。

 冒険者ノートの巻末付録を思い出す。「ゴブリンの亜種で一回り大きく力や体力は二倍以上とも言われる、ゴブリンの群れにいる場合はリーダーになりやすい。討伐推奨職業熟練度ジョブレベルは戦闘系レベル2、名称は『ホブゴブリン』」今目の前にいるのはきっとホブゴブリンだろう。

 ホブゴブリンは重量感ある槌を軽々と振り回わし僕に襲いかかる。

 (もらったら終わりだ)

 必死の回避行動を続ける。

 「ドガッ」

 さっきまでいた場所の土が抉れている。

 汗が左頬を伝わり落ちる。致命的な槌の一撃は躱しているが、合間に挟んでくる体当たりは躱しきれない。少しずつ削られる体力。対するこちらの攻撃は回避優先の為、どうしても浅く致命傷は与えられない。ショートソードのリーチの短さも災いしている。

 焦燥感が漂う中、30合程打ち合ったところで機会チャンスが訪れる。

 ホブゴブリンが打ち下ろした槌が、地面に埋まっていた太い木の根に引っかかり動きが止まったのだ。

 静止した一瞬の隙に渾身の一撃を見舞う。

 (もらった!!)

 勝利を確信し突撃する。

 「フンッ」「!!」

 激突する寸前で絡まった根っ子ごと槌を地面から引き抜くホブゴブリン。

 「やあ!!」

 構わず必殺の一撃を放つ。

 「ブシュー」

 心臓に突き刺さるはずのショートソードは少しずれて左脇腹に突き刺さっている。深手だか致命傷とはならなかった一撃は、ホブゴブリンの動きを止めることは出来ず、僕はヤツの左腕一本で吹き飛ばされる。

 「ぐわぁっ」

 側の木の幹に激突し地面に倒れ込む。

 僕の武器であるショートソードはホブゴブリンに刺さったままであり、丸腰となった僕はよろよろと立ち上がる。

 「ユウくーん」

 本日二度目のマリー姉さんの絶叫に、朦朧とする意識からか反応出来ない僕。

 ゆっくりと流れる時間の中、僕の目の前のホブゴブリンは両手で高く槌を振りかぶっていた。

 (避けないと!!)

 「っ!!」

 動こうとした瞬間、全身に雷が駆け巡るような痛みを感じた。

 けれで、今動かなければ痛みも感じられなくなるだろう。

 (やるしかない。・・・狙いは刺さったままのショートソードだ!)

 緩やかな時間の流れは、意識がハッキリとするにつれ速度を上げている。

 決着の時、最後の力を振り絞り体を前に進める。

 「これが今の全てだ!」

 「ピカッ」

 瞬間、頭上で眩い光が発せられた。

 一瞬怯むホブゴブリン。

 最大級の機会チャンスを生かし、狙い通り突き刺さったままのショートソードに両手を掛け、力一杯上に向けて斬り上げる。

 「ゴブォーーー!!」

 醜い断末魔を上げ緑色の血飛沫をあげながら後方に倒れるホブゴブリン。

 「ユウくーん」

 足を引きずり抱き着いてくるマリー姉さん。

 「ユウ君凄いよ!!ホブゴブリンを一騎打ちで倒しちゃうなんて、流石私が見込んだだけのことはあるよ。これで依頼達成クエストクリアだね」

 興奮しながら僕のことを絶賛してくれるマリー姉さん。

 「いや、マリー姉さんがいなければ駄目でした。僕は今日だけで2回は死んでいます。僕は・・・・・・・・・マリー姉さんを守れるぐらい強くなります」

 最後は自分への誓いとして思いを呟く。

 残っていたポーションを傷口にかけ応急処置を施す。ハイポーションと違い即効性はないが回復速度は早まる。一休みをして戦利品を探す。総勢22体、ゴブリンは光物を身に付ける習性があり金貨などを所持していることもあるという。

 「思ったよりも少ないね」

 戦利品は旧王国銀貨10枚と水晶の欠片3片。水晶の質にもよるが全部で15,000ルビアになれば良い方である。ハイポーションは1本10,000ルピア、ポーションも6本全部使用しており1本1,000ルピア、チームの倉庫から持ち出した物品が2,000ルピア、それにマリー姉さんの治療代も必要となる。

 「・・・赤字確定か」

 期待はしていなかったが、これだけの数を倒せば少しぐらい利益が出るかと思っていた。

 「いいじゃない、二人とも無事なんだし。今回はボランティアなんでしょう?それにしても、格好良かったよユウ君。ところで、いつの間に魔法を習得していたの?お姉さん驚いちゃったよ」

 一瞬何のことか分からずキョトンとしていたが、直ぐに事態を理解し秘密特訓の成果と告げる。

 「まだ、3回に1回ぐらいしか成功しないんです。恥ずかしいのでチームメンバーには内緒にしてください」

 「そうなんだ。良いわよ2人だけの秘密ってことにしましょう」

 妙に上機嫌なマリー姉さんだが都合が良いのでそっとしておく。それよりも僕からも姿を隠しているナナが心配だ。最後の光はナナの仕業に間違いない。僕を助ける為にホブゴブリンに目眩しをしてくれたのだろう。

 マリー姉さんに聞こえないよう小声で囁く。

 「ナナありがとう。側にいるんだろう?」

 反応がないので続ける。

 「ナナのお陰で生き延びれたよ。ナナが光ることは特別な力を僕に使った訳じゃないし、約束の範囲内で助けてくれたんだね」

 まだ現れない。不安になりながら続ける。

 「今回は赤字だったけど初めてホブゴブリンを倒せたよ。お祝いにチキポンパーティーをしよう」

 「しょうがないわね。私の力が多分にあったとはいえ、ユウ君も頑張ったから私もお祝いしてあげるわ」

 ふと目の前に現れたナナ。

 「良かった。心配したんだよ」

 「その割にはイチャイチャしていたように見えたけど」

 「うんうん、本当にありがとう」

 いつもの口の悪さも今回は気にならず、素直にお礼を伝え人差し指でナナの頭を撫でる。

 ナナも満更でも暫く撫でられていたが、私の方が歳上なんだからと何処かに飛んでいってしまった。

 全員の無事を確認し改めて実感する。

 「やった!クエストクリアだ!!」

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