第5話 「イチャイチャするのも程々に」
ヤクトの森。
城塞都市メルキアの西南に位置するその森は、広域に渡り樹木が繁茂し様々な生物が生息している。可愛らしいリスやウサギなどの小動物から恐ろしい
「予定通りの時間ね」
「そうですね、これからが本番です。気を引き締めていきましょう」
自分に言い聞かせるように話す。
「緊張してるの?適度な緊張は良いけど、過度な緊張は動きを阻害するわよ・・・お姉さんが緊張を和らげてあげようか?」
そう言いながら素早く背後に回り込み僕をくすぐる。
会話の最中から危機を察知していたが回避が間に合わなかった。
「あは、あははは、や、やめて、やめてください」
涙目になりながらマリー姉さんの手を振り解く。
悪戯の手を止めたマリー姉さんは優しい笑みを浮かべている。
「もう大丈夫ね。リーダーなんだからしっかりしてよ」
側から見たら仲良い恋人同士が戯れあってるように見えるんだろうか?二人だけだから良いけど、いや恥ずかしいです、本当に。結果として緊張も解れたのか、少し身体が軽くなっている。
「有難うマリー姉さん」
恥ずかしいので小声でお礼を言う。
「バカップル振りにも呆れるけれど、素直じゃないのはもっと頂けないわ。見ているこっちが恥ずかしくなるわよ」
先程まで辺りを飛び回っていたナナがいつのまにか側に戻っていた。
(・・・見ている
気を取り直して捜索を開始する。
コブセ村で確認した目撃地点から、一番近い森への入口から森の中に入る。
太陽の光が高い木々に遮られているためか、昼間なのに薄暗く外よりも冷んやりしている。
落ち葉を踏みしめながら森の中へと入っていく。
「ピッ、ピピピピ」「ピピ、ピピ、ピピピピ」
小鳥達の
「パキッ」
小枝の折れる音。
辺りを見回すと可愛らしいウサギが森の奥へと飛び跳ねていく。
この辺りにゴブリン達は恐らくいない、この予想は99パーセント当たっていると思う。けれど万が一に備えなければいけない、アンナさんから冒険者ノートを支給して貰った時にも言われたことだ。
「冒険に臨む時はどれだけ備えても備え過ぎということはないんですよ。なんたって失敗した時の代償が命なんですからね。このノートは職業支援センターに登録して頂いた方への支給品です。冒険者職用のこのノートは特に人気のある品で、配布待ちの方もいらっしゃるそうです。えっ、これですか?たまたま倉庫に一冊あったので持って来ちゃいました。『冒険者心得』なんてページもあって、色々為になる事が書いてあるそうですから大事にしてくださいね」
そう言って黒縁眼鏡の縁を左手の中指と人差し指でくいっと持ち上げ、少し誇らしげにしていたアンナさんを思い出す。その割に適正
(適度な緊張感をキープ、って難しいな。)
僕達のチームでは普段5人パーティーで行動している。
前衛はリーダーとマリー姉さん、中衛に僕、後衛は魔術士のソフィアさんとヒーラー見習いのユナさんだ。前衛を突破してきたモンスターへの対処と後方からの不意打ちへの対処が僕の主な役目だが、リーダーの圧倒的な危機管理能力と戦闘力により出番はあまり無く、命の危機という程の危険に晒されたことはない。この緊張感の原因は、僕自身の戦闘経験が少ないことが理由の一つだと思う。
手のひらに汗をかいているのが分かる。
「マリー姉さん、この辺りには強い
緊張を悟られるのも嫌だし、足も引っ張りたくない。何より時間の制約があるなか2人で固まって動く理由はないと判断した。
少し心配そうな表情をした後「良いわ。一時間後に逢いましょう」と右手をヒラヒラとさせて森の左手へ進んでいくマリー姉さん。
マリー姉さんには緊張していることがバレていたかもしれない。その上で別々の捜索を了承してくれたのだから期待に応えたい。そんな思いを胸に森を右手に進んで行く。
マリー姉さんとは別れたが完全に一人になったわけではなく、ナナは僕の側を離れていない。僕の適性を判断するためにいるのだから当たり前か。ナナは辺りを飛び回るのと僕の肩で休むのを交互に繰り返している。ナナなりに周囲を警戒してくれているようだ。
「この辺りの
「食べ過ぎたから消化の為に動いているのよ。ユウ君の為じゃないんだからね」
ナナはツンデレ属性?いやいやデレを見てないし。素直じゃないのはお互い様なんだ。
一人納得してそっとしておくことにした。
想定通り1時間の探索ではゴブリン一匹にも遭遇出来ず空振りとなる。
合流ポイントでマリー姉さんと落ち合いそれぞれの情報を共有する。どうやらマリー姉さんが探索した左手側の方に、動物達の気配が少ない地域があったらしい。
僕達はそこに向かい「音玉」を使用することにした。
マリー姉さんの案内で目的地に到着する。時刻は午後2時を過ぎていた。
100メートル程離して2つの「音玉」をセットする。
「音玉」は導火線に点火することにより爆発し大きな音を出す道具で、殺傷能力は
職業支援センター公認グッズでひとつ定価500ルピア。2個で1,000ルピア・・・・・・・・・お金だけが全てではないよね。
二手に分かれて同時に点火する。
点火の際に使用するのは最近発売された「ハッカ」という商品。女性の手のひらにすっぽり収まるサイズで長方形の箱型をしていて、真ん中にあるボタンを押すと先端部分が熱を発する作りになっている。
それぞれの導火線に火が付いた合図を送り合い、耳を塞ぎながら周囲を観察する。
「ドドーン」
「バサバサバサ」「キュー」「キー」
大きな爆裂音の後、驚いた動物達が鳴き声をあげ一斉に避難を開始する。
「!あっち」
鋭い目付きで周囲を警戒していたマリー姉さんが右手で前方を指差す。急ぎマリー姉さんに近づく。
「あっちの方からは動物達の動く気配がしなかったわ」
「今の音でゴブリン達が出てくる可能性があります。慎重に近づきましょう」
二人とも武器を身構えゆっくりとマリー姉さんが指差した場所に近づく。
何も動く気配がない。
時折通り過ぎる風が枯葉を巻き上げる音がするだけ、後は二人の足音だけが聞こえる。
不思議と緊張していない自分がいた。
辺りを見回しても隠れられる場所は見当たらない。ふと一つの考えが思い浮かぶ。
「『煙玉』を使いましょう」
「隠れられそうな場所はないけど、何か考えがあるの?」
当たり前の疑問を投げかけてくる。
「地下ではないでしょうか」
「地下?確かにゴブリン達は洞窟に生息し、場合によっては住み易いよう形状を変えることがあるというけれど、一から洞窟を作るのは聞いたことがないわ」
「元々この辺りの地下に何らかの空洞があり、出入口がこの付近にあるとしたらどうでしょう。僕の頭ではそれぐらいしか思いつきませんでした」
マリー姉さんは左手を顎に当てて少し考えている。
「確かに地下空洞の可能性はあるかもね。森の奥には複数の洞窟もあるし、そのうちの一つがここまで伸びている可能性もあるわ。煙りを起こして地下への風の流れで当たりを付けるつもりね。いいわ、ただし発見できたとしても地下空洞の探索は少しだけ、入口付近に留めること。今日の装備とパーティーではそこまでが限界だわ」
察しの良さもそうだが、僕が躊躇していることも見透す洞察力。余計なお世話かもしれないが、マリー姉さんとお付き合いする人は一途な人であることを願う。
「ありがとうマリー姉さん」
早速「煙玉」の準備をする。
「煙玉」も導火線に点火して使用するが、こちらは導火線が二本ついており、黒色の導火線は密度が濃い煙を短時間噴出し、白色の導火線は密度が薄い煙を長時間噴出するように出来てい。煙はほぼ無害で殺傷能力は
(何かバイトでもするかな)
返済方法を考えているうちに白色導火線に火が着いた。
「煙玉」を中央に挟み離れる僕とマリー。
「シュー」
「煙玉」から灰色の煙が立ち上り周囲を埋めていく。少し離れた場所から煙の動きを観察する僕達。
少しの間観察を続けていると、他と異なる動きをする煙の位置が把握できた。
「マリー姉さん、大体の場所が分かりました」
「・・・ゴブリンの一団はいると思う?」
「正直分かりません。地下となると何処につながっているかも分かりませんし、この辺りにいるならば入口付近でこちらの様子を窺っていることになります。どちらにせよ、当初考えていたよりも簡単ではなくなっていると思います」
「そうね。先ずは最大の注意を払いながら入口を特定しましょう」
二人は再度武器を構え、入口が隠されていると思われる場所に近づく。
「・・・注意しなさい」
「?」
今まで黙っていたナナが小声で話しかけてくる。
「・・・約束通り特別な力は使わない。でもユウ君に死なれても困るわ。ユウ君の推測は当たっている・・・・・・戦いに備えなさい」
いつものナナと違う声色、少し威厳を感じる話し方に緊張が高まる。
「ユウ君、集中よ」
マリー姉さんは僕に声を掛けながら地面にロングソードを打ち込む。
「グサ、グサ」
目星を付けた付近を一突き、二突き。
「グサ、カキン!!」
四突き目で硬いものに当たった音が響く。
途端に地面が盛り上がる。
「ユウ君くるよ」
「ゴアー」「グォー」
瞬く間に地面が跳ね上がり二匹のゴブリンが飛び出してくる。
高鳴る鼓動、落ち着け僕、大丈夫だ準備は出来ている。
(やるぞ!ショートソードの錆にしてくれる)
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