第4話 「作戦準備はデートのお誘い?」
職業支援センターから
息を切らしながら
心を落ち着け目の前の扉をノックする。
「トン、トン」
「マリー姉さん、お願いがあるのですけれど」
僕の事を弟の様に構ってくれているからなのか、マリーさんは僕に「姉さん」と呼ばれると凄く喜ぶ。部屋に居れば必ず反応してくれるはずだ。
暫くの静寂。
「・・・ユウ君はお姉さんの事が恋しくなったのかしら?・・・それで、デートのお誘い?」
機嫌の良さそうな返事が聞こえてきた。心の中で小さくガッツポーズを取ると、扉越しに会話を続ける。
「えーと、一緒に行って欲しい所があるんです。退屈はさせません。良かったらお願い出来ませんか?」
(ふふっ、これでどうだ!)
「嘘ではないのでしょうけど、その言い方はどうかと思うわよ」
耳元の囁きを無視して続ける。
「マリー姉さんが僕には必要なんです。お願いします。」
良心の呵責に耐えながら渾身の一撃を放つ。
部屋の中から忙しなく人が動く気配がしてくる。
期待しながら少しの間待っていると。
「バタンッ」
勢いよく目の前の扉が開く。
可愛らしい白のワンピースに身を包み込み、小麦色のハンドバックを手に持ったマリー姉さんが飛び出してきた。
「本当は忙しいんだけど、可愛いユウ君の頼みだから特別について行ってあげる」
完全に
大きな溜息の後、討伐クエスト用の装備に着替えるから少し待つように告げられる。
「はぁ、まったく・・・ユウ君はいつになったら私の魅力に気づいてくれるのかしら?まっ、でも頼ってくるってことは少しは進歩してるのかしらね」
マリー姉さんは小声で何かを呟きながら部屋に戻っていった。
その間に僕も自分の部屋に戻り身仕度を整える。腰にショートソードを
「早くお金を貯めて良い装備が欲しいな」
リーダーのお古は決して悪い物ではなく、むしろ安物の新品よりは断然品質が良い。ただ、冒険者たるもの自分の装備ぐらいは自分で整えたいと思ってしまう。
「よく言うわね。貴方のやろうとしてることは真逆じゃないの」
空中で僕の身支度を眺めていたナナから、クエストの件を指摘される。
先程の帰宅途中にも、反対された訳ではないが『利益の出ない
「独り言に突っ込みを入れるのは良い趣味じゃないよ」
精一杯の反撃。
「人の好意につけ込むのもどうかと思うけど」
(うーん、痛い所を突く)
ナナはよく喋る上に毒舌だ。
御伽噺を読んで出来上がっていた僕の中の妖精のイメージは、原形を留めない程に変わってきている。
(妖精って愛くるしくお淑やかで、甲斐甲斐しく勇者のお世話をするんじゃないの?)
「そんな妖精何処にもいないわよ。ところで、マリーに協力して貰うのは良いアイディアだけど、具体的にはどうするつもりなのよ?明日はチームの仕事があるのでしょう?」
お腹が空いたのだろうか、部屋にあった丸パンを勝手にかじりながら話しかけてくる。
「もちろん今日中に
職業支援センターで考えたスケジュールを答える。
「ふーん。5時間でケリをつけるっていうけど、コブセ村の人達もその森を捜索したんでしょう?そう簡単にいくかしら」
「うん、探す方法の案はあるんだけどね。恐らく村人達が捜索した時には、ゴブリン達は森の何処かに隠れていたと思うんだ。あの森は相当広いから全域の捜索は出来ていない、というか出来ないと思う。けど、村側近辺一帯は捜索したはずなんだよね。目撃地点から考えると、ゴブリンよりも強い魔物が徘徊する森の奥までゴブリン達が移動したとは考えづらい。そうすると、何かしらの方法で森の中の村側一帯付近に身を隠す術を手に入れたんだと思うけど・・・ゴブリンはそこまで知能が高いとも思えない・・・まあ、探す方法はなんとかなるよ」
そこまで話すと部屋の鍵と
「・・・それよりも、隠れる術を手に入れた方法が今回のリスクかもしれない」
ナナには聞こえなかったようだが一抹の不安が口からこもれ出る。
部屋の外に出ると少し遅れてマリー姉さんの部屋の扉が開く。
マリー姉さんは僕を確認し軽く微笑む。
「お待たせ。それじゃあ子供達が安心して眠れるように、
マリー姉さんの武器は腰に
折角のやる気に水を差すようで言いづらさを感じつつ、おずおずと小さく手を上げる。
「マリー姉さん、コブセ村に向かう前に僕らのチームハウスに寄りたいんですけど」
驚きの表情を浮かべつつ理由を確認される。
「余り時間に余裕は無いと思うけど、何かあるの?」
一通りの探索用具はあるよと告げられる。
「ゴブリン達を捜索する際の小道具を少し用意したくて」
マリー姉さんは僕の顔を覗き込んだ後頷いた。
「いいわ。今日はユウ君がリーダーね」
2人(と妖精)で僕達のチームハウスへ向かう。
途中デニスさんが働いている商店に立ち寄る。残念ながらデニスさんには会えなかったが、昼食用にサンドイッチを3人前購入する。僕の我儘に付き合ってもらう負い目から、マリー姉さんにはご馳走すると伝える。
お礼と共に「私は1人分で十分なんだけど、3人分って」と疑問を投げかけられるが、耳元で空腹を訴えるナナに負けて買ったとは言えず「最近訓練を頑張っていて食欲も増えたんです」と答える。そんな僕の回答に弟の成長を喜ぶように目を細め笑顔を見せるマリー姉さん。騙しているようで胸が痛む。肩からは笑い声が聞こえる。
(本当にナナは・・・)
そうこうするうちに、僕達はチームハウスに到着した。
直ぐに済ませるので入り口で待っていて欲しいとマリー姉さんに伝え、僕は一人中に入り一階奥の物品庫に向かう。物品庫には予備用の武具やストックの回復用薬品類、探索用の消耗品など冒険に必要な物品が保管されている。他にはリーダーのサイン色紙など副業用品もあり、結構な量の物品が部屋一杯に保管されている。
「まっ、管理は僕がしてるんだけどね」
「誰に話してるの?独り言が多いとモテないわよ」
僕に突っ込みを入れながら物品を物色するナナ。昨日から独り言の自由が奪われていたことを思い出す僕。
目当ての物を見つけ、バックパックに入れる。
僕達のチームでは、チームとして引き受けた
マリー姉さんを待たせていることを思い出し建物の外に出る。
「お待たせしましたマリー姉さん。出発しましょう」
街の名前の由来となった高い外壁、その外壁の東西南北に一つずつある街と外を繋ぐ為の門。僕達はそのうちの一つ、南門の前に到着した。門を警備しているのは、街を治める王国に所属する衛兵である。いつも行なっているように、僕達はジョブカードを提示し外出の理由を説明する。衛兵の方にどうぞと丁重に挨拶され外出を許可される。ジョブカードの所持者であれば、基本的に出入自由と聞いたことがある。
門を潜りながらマリー姉さんに話しかける。
「王国所属の衛兵だとジョブレベルはいくつぐらいなんでしょうか?」
「どうだろう、最低でも一人前の「3」はないと格好つかないよね。でも突然どうしたの、ユウ君は王国に仕えたいの?」
「いえ、街を守るためにはどの位のジョブレベルがいるのかなーって考えていただけです。僕は今のチームが好きですから」
「ふふっ、私も今のチームが好きよ。今日は二人だけだけど、また全員で色んな冒険したいね」
僕は大きく頷き早く皆の助けになれるよう、力をつける事を心の中で誓う。
既に太陽は真上に来ており、暖かな陽射しが僕達のクエストを後押ししてくれている様に思える。コブセ村に向かう途中、今回の作戦をマリー姉さんに説明する。
「そうすると、村側一帯の森の中で『
「そうです。あの森は奥に行けば洞窟などもあり、モンスター達とも結構な頻度で遭遇しますが、村側周辺となりますとあまりモンスターもおらず、居ても比較的弱い部類ですから動物達も伸び伸びと暮らしています」
僕が昔家にある本で読んだ知識を元に考えた作戦。こんな所で昔の知識が役立つとは思わなかった。
「もしそこにパワーバランスを崩すゴブリンの一団が居れば、動物達は一時的にでも避難しているはず。つまり『
察しの良いマリー姉さんは説明を聞き直ぐに作戦を理解する。
「でも、地域を特定出来たとしても、それからどうするの?」
「一通り捜索をして、それでも駄目ならこれを使います」
僕はバックパックから「
「なるほどね。特定した地域にある隠れられそうな場所に、煙りを流し込み炙り出すってことね」
頷きながら続ける。
「そうなんですが、問題は目ぼしい場所が見つけられなかった場合と、既に何処かに移動していた場合です。この場合は空振りに終わってしまいます。折角マリー姉さんに付き合ってもらっているのにすいません」
「・・・ユウ君が考えた作戦、良いと思うよ。隠れていればきっと見つけられるし、何処かに移動していると推測できれば、それはそれで安心できるよ。村の子供達も喜ぶよ」
マリー姉さんはいつも前向きな言葉をかけてくれる。自分の作戦に少し自信をつけ、コブセ村へと足を早める。ナナからの「コスパが悪い作戦じゃないか」との文句を無視して。
コブセ村は側に湖と森を擁し、豊かな自然に恵まれた穏やかな雰囲気の村である。僕達も過去のクエストの最中に何度か立ち寄ったことがある。
予定通り11時を半分過ぎた頃にコブセ村に到着した。
今回の作戦の性質を考え、村長に面会を申し込み作戦内容を説明することにした。
村役場で村長と面会し、これからヤクトの森の捜索を開始するが、途中で森の方から大きな音や煙が立ち昇る可能性があることを説明して理解を得る。また、村で行った捜索の範囲を教えてもらった。それから依頼主の兄弟の元を訪れることにした。
村の西にある赤い屋根の小さな木造一軒家の前に辿り着いた。
扉をノックすると母親と二人の兄弟が出迎えてくれた。父親は湖へ漁に出ているらしい。
「本当にわざわざ来てくださり有難うございます。村でも捜索したのですが子供達は納得してくれず。・・・冒険者様が捜索してくださればきっと納得するでしょう」
母親が丁寧に頭を下げる。
「兄ちゃん、この冒険者の兄さんで大丈夫か?あんまり強そうじゃないぞ」
「ココ、折角来てくれたんだぞ。もし聞こえたりしたら、へそを曲げて帰っちゃうかもしれない。それに姉さんの方は強そうだ、きっと大丈夫だ」
母親の後ろでヒソヒソ話しをしているのは今回の依頼主「クク」と「ココ」の兄弟だ。
(帰らないしヘソも曲げないけど・・・拗ねるよ)
よろしくと手を差し出すと、引きつった笑顔で応じる二人。後ろでマリー姉さんが笑いを堪えている。
(そりゃマリー姉さんの方が
自分を慰めているところへ、トドメのナナからの憐れみの目、しかも今回は無言。スカッリ肩を落とし別れを告げる僕に、申し訳なさそうに挨拶をする母親。必要な情報は収集したので、気を取り直しヤクトの森に向かうことにする。
ヤクトの森に向かう途中、時間を節約するため移動しながら昼食をとることにした。
マリー姉さんにサンドイッチを手渡し、僕も食べはじめる。
「美味しいー!ここのサンドイッチ凄く美味しいね。今度デニスにレシピを聞いてみようかな」
美味しそうにサンドイッチを頰張りながら話しかけてくる。
「そ、そうですね。流石デニスさん、良い仕事してますね。」
吃りながら答える僕はまだ一口も食べていない。全てナナが横から食べているからだ。
「それじゃあ今度作ってあげようか。そしたら今度こそピクニックにでもお出掛けしようよ」
そんなに弟分に構っていたら恋人なんて出来ませんよと言おうと思って止めた。マリー姉さんはよく言い寄られているとの話しを思い出したからだ。リーダーの話しでは、つい先日チーム加入後「お断り」百人切りを達成しとのことだった。実際、郵便物の中にはマリー姉さんへのラブレターも結構な頻度で見かける。
「天気の良い日に是非」
喜ぶマリー姉さんを横目に深い溜息をつく。今日は僕のお願いを聞いてもらっているし無下には出来ない。
(・・・・・・デニスさんにレシピを門外不出としてもらおう)
ナナは満腹になったのか僕の肩に腰掛け頭に寄り掛かってくる。結局、僕の分として残ったのは半人前だけ。頭に寄り掛かられると非常に食べづらい。
「お腹一杯なの?食べてあげようか」
心配そうに僕の方を見るマリー姉さんに大丈夫と答えて食事を続ける。やっと食べられる昼食を逃すわけにはいかない。僕は不自然な動きのままサンドイッチを完食する。食べ終わった途端に横で伸びをするナナ。
(わざとか?)
どちらにせよ今日のチキポンはお預けにしようと心に誓う。
食事を取り終えて暫く歩くと森の入口に到着した。
「いよいよクエスト開始ですね」
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