第3話 「僕は断れない?」
街の中心部にある職業支援センターメルキア支部。
僕は何日かに一度来ているけれど、未だに雰囲気には慣れない。
中に入るとエントランスホールが広がっており、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ホビットなど色んな種族の様々な職業の人達で溢れている。朝のこの場所は活気で満ちているのだ。
「ユウさーん」
遠くから誰かが僕の方に手を振りながら近づいてくる。
「トットットットッ、ベタっ」
(あっ、転んだ)
ダメージは少ないようで、起き上がると素早く膝頭を払い、恥ずかしさを隠したいのか何事もなかったかのようにそのまま走ってくる。顔の大きさに合わない大きな丸い黒縁眼鏡に銀色の髪、可愛らしい桜色の唇、鈍重な動きとは釣り合いが取れない抜群のスタイル。
僕の目の前でピタリと立ち止まったのは、職業支援センター職員、ヒューマンのアンナさんだ。
「大丈夫でしたか?アンナさん」
転んだせいか少し息を切らせ肩で息をするアンナさん。その度に青の制服で包まれた豊満な胸が上下に揺れる。
(うーん、見ちゃだめだ)
少し顔を赤くして斜め横を見ながら話しかける僕。
「私、ユウさんに会いたかったんです」
(ドキッ、アンナさんって年上だと思うんだけど、仕草、声、スタイル、瞳は黒縁眼鏡の分厚いレンズで分からないけれど、可愛いと思っちゃうんだよね)
「・・・鼻膨らんでる」
耳元で
慌てて両手で鼻を押さえる僕。
そんな僕の仕草をアンナさんは不思議そうな顔で見ている。
「あのー・・・何か匂いますか?」
またも慌てて両手を目の前で大きく左右に振り否定。
「は、鼻が痒かったんです」
アンナさんは自分が原因かもと思ったらしく、良かったと安堵の表情を浮かべ用件を伝えてくる。
「帳簿を付けていて上手く仕分けが出来ない所があるんです。後で見てもらえませんか?」
アンナさんは一番最初に進路相談を担当してくれた職業支援センターの職員さんであり、以後僕の進路相談の担当者になってくれている人だ。まだ職業支援センターに入ったばかりの新人職員らしく、新人かつ黒縁眼鏡同士一緒に頑張ろうと言ってくれた。その縁から、アンナさんが不慣れな経理業務を時々手伝うようにもなった。
(それにしても、背は僕と
「分かりました。僕も丁度進路相談に乗って欲しかったので、後で相談窓口に寄りますね」
笑顔で快諾する僕は、アンナさんの頼みを断れるんだろうかと自問してしまう。
「ありがとうございます。待ってますね」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべた後、ペコリと頭を下げ走り去っていく。
「・・・随分と優しいこと。ユウ君のプレイボーイ振りには驚きを隠せないわ。まあ、ある意味これも日常を見せてくれているってわけね」
またも耳元で囁き声が。それも何故だかちょっと不機嫌そう。
(少し放っておきすぎたのかな?)
職センの建物内を巡りながら各施設を一通りナナに説明していく。
丁度クエスト掲示板の前に来た時に、一枚の依頼書が僕の目に入ってきた。
「コブセ村付近にゴブリンの集団確認。求む討伐者」
依頼日付は一週間前。難易度は☆一つ。適正
ゴブリン単体であれば僕(熟練度1)でも討伐は出来るけど、集団なので
「報酬なんじゃない。幾ら難易度が☆一つでも、100ルピアってのはちょっとね。私でも安すぎると思うわよ」
確かに、通常適正
100ルピアだとちょっとしたバイト代ぐらいにしかならない。チキポン一個20ルピア、我らがリーダーのサイン色紙が一枚50ルピアである。仮にも命を賭ける依頼内容から考えれば割りに合わないし、怪我をした際の治療代の事を考えれば赤字を覚悟しないといけない。
(そもそもどうして職業支援センターはこんなクエストの掲示を許可したのだろうか)
「気になりますか?」
(ドキッ)
背後から聞き慣れた声が聞こえる。
声の主は素早く前に回り込んできた。
「ア、アンナさん?」
お得意の少し下から見上げる形で話しを続ける。
「それ、私が担当なんです。一週間前小さな子供が二人この建物に来て『村の側でゴブリンの集団を見た。いつ村が襲われるか分からないから退治して欲しい』って。その後御両親でしょうか、迎えの大人の方が来られて『子供達は夢を見たと思う』忘れて下さいって。村でも周囲を捜索したそうなのですが、ゴブリン一匹見つからなかったそうなんです。でも、私は二人から一生懸命貯めた報酬用のお小遣いを預かってしまっていて。それで支部長にお願いして掲示させて貰っているんです。・・・一週間の期限付きで」
一通り話を聞いた後質問する。
「じゃあ、今日が最終日なんですか?」
アンナさんは小さく頷き話しを続ける。
「そうなんです。ユウさんが引き受けてくれればー、なんて思いましたけど、適正
そう言い残しアンナさんはペコッと頭を下げ去っていった。
(いいのだろうか放っておいて。今の僕には
動かない僕を心配してかナナが話しかけてくる。
「
小さく頷く僕。けれどモヤモヤは晴れない。
確かに
・・・僕はきっとこの
「・・・なぁーんだ」
話を聞いた時からきっと答えは出てたんじゃないか。
意を決したようにナナに話しかける。
「僕はこのクエストを受けるよ」
「へっ?」
驚くナナを他所に素早く作戦を考え始める僕。
・・・・・・・・・・・クエスト攻略への答えは案外早くに導き出せた。
後はどれだけ思う通りの準備が出来るかだ。
掲示板から依頼書を引き剥がし建物の外へと向かう。
「ど、どうするつもりよ」
慌てて追いかけてくるナナに左目で不器用なウィンクをする。
「大丈夫、きっと上手くいくよ」
そう言って僕は建物の外へ走り出した。
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