第2話 「職業支援センターって何?」

 翌朝、目が覚めて昨夜の事を思い出す。

 ちょっと口の悪い妖精との出会い、勇者への近道切符。疲れが妄想を現実と取り違えさせたのかな?

 「・・・うーん」

 横で寝返りを打つナナ。

 「夢じゃなかった・・・」

 可愛らしい寝顔を少し眺めた後、昨日の夜に二人で取り決めた内容を思い出す。

一、ナナの事は秘密にする。

二、チーム活動は継続する。

三、チーム内で経理担当を続けてもいいが、時間を確保するため手伝いを入れる。(ナナに心当たりがあるらしい)

四、勇者となるための鍛錬を行う。(ナナの指導に従い鍛練する)

五、女神様へのお祈りを毎日欠かさず続ける。

六、週一回チキポンを食事メニューに入れる。(ナナの強い希望)

 以上六項目をお試し期間の決め事としたんだけど、六番以外は妥当と言うか、普通というか、僕の事を真面目に考えてくれているんだと思う。

 残る六番は・・・昨夜の食事風景を思い起こせば、うん、納得かな。とっても美味しそうに食べてたからね。

 「グー」

 僕のお腹の音だ、昨日の夕食を思い出していたらお腹が空いてきた。

 「そういえば昨夜はチキポン一個だけだったな・・・」

 ベッドの脇にある機械クォーツ時計を見る。時計の針は朝6時を指している、少し寝坊してしまった。

 急いでベッドから飛び起き一階のキッチンへと向かう。キッチンは二人並ぶと一杯になる大きさであり、同居人ルームメイト達との取り決めにより先着順で調理して良い約束となっていることから、朝の時間帯は混み合うのだ。

「やった!」

 まだ、誰も来ていないみたいだ。小さくガッツポーズを決めながら、安心してゆっくりとキッチンに向かう。

「!」

 突然ヌッとダイニングの方から大きな人影が現れた。

「やあ、遅かったね。今日は僕が皆の分の朝食を作っておいたから、お腹一杯たべるといいよ」

 爽やかな話し口調で目の前に現れたのはハーフドワーフのドクさんだ。

 同居人ルームメイトの一人で僕とは異なるチームに所属している彼は、ドワーフとのハーフであるがヒューマン寄りな風貌をしており、背も標準的なドワーフよりもふた回り以上大きく、通常のヒューマンよりも高い程である。もっとも、エプロンからはみ出ている腕は十分に太く、体格の良いヒューマンという方が当てはまるかもしれない。顔立ちもドワーフというよりはむしろエルフのような繊細な美形といった感じであり、ブラウンへアにレッドアイの色彩も花を添えている。容姿だけでなく、冒険者としての実力も十分に備えており、面倒見が良く大らかな性格も相まって、同居人ルームメイトから非常に頼りにされている存在である。ただ一つだけ問題があるとすれば、それは彼の作る料理がとても独創的な味付けなことである。今朝のように彼の手料理が振る舞われそうになると、多くの同居人ルームメイトは危険を察知し避難してしまう。

 そして今僕は、脱出困難な難関クエストに挑む羽目に陥っている訳である。

 「何を一人でブツブツ話してるんだい。せっかくの朝食が冷めてしまうよ。ささ、こっちに腰掛けて、今スープを用意するから」

 優しい声色とは裏腹に、僕の右腕を掴む力は正にドワーフの血を感じさせる。強引にダイニングチェアーに腰掛けさせられてしまった。

 (うーん。悪意ゼロなだけに断りづらい)

 ドクさんの気分を害さない打開策を必死に考える僕。

 「ドタ、ドタドタ。ドン」

 その時、何かが勢いよく二階の階段から転げ落ちてくる音が聞こえた。

 「や、やあ。僕は大丈夫だよ」

 転倒から立ち上がった黒い塊の正体は、黒髪の長身ヒューマン、同居人ルームメイトのデニスさんだった。

 彼はいつも顔が隠れるように前髪を下ろしており、視界が悪いせいか、良く転ぶ。また、口数も少なく声も小さいことから暗い人と思われがちだが、僕にとっては気さくな優しいお兄さん的存在であり、勤務先での評判も非常に良いらしい。

 昨夜、閉店間際にお店を開けて僕の応接をしてくれたのは、他ならぬデニスさんである。

 「おはようデニス。もちろん君の分も用意してあるよ。是非食べて行ってくれないか」

 椅子を引きながら朝食を勧めるドクさん。

 「あ、ありがとうドクさん。頂くよ。」

 小声でドクさんに御礼を言うと、僕の横の席に腰掛ける。

 「おはようユウ君。そうそう、彼の料理には大量の薬草類が入っているから、冒険者を目指すユウ君にとってはプラスになると思うよ」

 僕の耳元でこそっと囁いてくる。

 驚いてデニスさんの横顔を見つめていると、一瞬こっちを向いて「ニッ」と笑い、また前を向く。

 デニスさんは時々このように僕にアドバイスをくれるのだが、その時のデニスさんは普段と少し雰囲気が異なるよう感じる。もっとも、何がどうとは上手く言い表せないんだけれど。

 考え事をしているうちに、僕とデニスさんの前に緑色の泡立つスープが運ばれてきた。

 覚悟を決める時が来た。

 「・・・頂きますドクさん」

 僕は冒険者としての過酷な訓練を開始した。


 厳しい訓練を乗り越えた達成感を感じていたその時、僕はナナを部屋に置きざりにしていることを思い出した。

 ドクさんにお礼を伝え、慌てて二階に駆け上がる。

 部屋に入るとナナは既に起きていて、置きざりにされたことに腹を立てているようであった。

 「おはよう、早かったわね。私を置いて一人で朝食なんて、紳士的な冒険者ジェントルマンのする事じゃないわ。まずはマナーから指導すべきかしら」

 嫌味というスパイスが効いた挨拶を受ける。

 「ごめんなさい。本当に忘れていました」

 素直に謝罪し、夕食にチキポンを一個付けることで機嫌を直して貰った。

 ナナの分の朝食を作りそびれた為、買い置きの丸パンを手渡し今日の打ち合わせを開始する。

 今日はチームの活動日ではないので、一日自由フリーだと説明すると「まずは普段のユウ君の行動が知りたいわ」ということになり、チーム活動が無い日の普段の行き先、職業支援センターに向かうことになった。

 身支度を調え二人でホームの外に出る。時刻は既に午前七時を過ぎており、ホーム前の大通りは多くの人で賑わっていた。

 僕達はホームのある南ブロックから、中央ブロックに向かうメインストリートを通り職業支援センターを目指すことにした。

「ねえねえ、ところで職業支援センターで何をするの?」

 歩く僕の周りをクルクルと飛び回るナナ。僕には見えるけど、他の人には見えないよう魔法を使っているらしい。改めてナナは本物の妖精なんだと認識した。

 しかもよく見ると可愛いかも。肩まで伸びているサラサラの金髪、童顔に拍車をかけるクリクリの赤い瞳、それでいて唇は薄紅色。成長したら妖精の中でも断トツの美人になるんじゃないかな、そういえば妖精って成長するの?

 「ひ、と、の、は、な、し、を、聞いてますかー」

 耳元から大きな叫び声。

 「うわっ、ご、ごめんなさい」

 (まったく聞いてなかった)

 慌てて深呼吸を行い乱れた呼吸を落ち着ける。

 「まったく、微妙に鼻の穴が膨れてたけど、イヤラシイこと考えてたんでしょー。昨日の夜、金髪の子に抱きつかれた時と同じ顔をしてたわよ」

 赤くなりながら慌てて否定してみたものの、疑いは晴れずうつむく僕。

 (そんな癖があったなんて気をつけよう)

 気を取り直し、改めてナナの質問に回答する。

 「職業支援センターでは、色々な仕事の依頼クエストや、様々なチームの情報、他には登録者の熟練度レベル情報なんかが入手できるんだ。職業熟練度ジョブレベルを公表可として登録していれば、熟練度の上昇承認レベルアップの際に職業支援センターの掲示板に掲示されるんだ。その他にも、色々な職業の訓練施設があったり、今後の進路相談なんかも受け付けてくれるよ」

 「へー、色んな事が出来るのねー。ところで・・・職業支援センターってそもそも何?」

 クルクル飛び回るのに疲れたのか、僕の肩に腰掛けながら話し掛けてくる。

 ナナの声は姿同様周りには認知されないらしいが、僕の声はそうもいかないことに周囲の視線で気が付いた。服装も普段着の僕は、疲れているちょっと危ない人に見えるているのだろうか?

 横では僕の心の動きに気付き、ナナがクスクスと笑っている。

 ナナにはこうなることが予想できていたのだろう、本当に悪戯好きだ。

 ナナに対する不満を押し殺し、小声で説明を続ける。

 「職業支援センターは、元々この大陸が他の大陸の支配下から脱した際に作られた組織なんだよ。それまで奴隷のような生活をしていた人々が、自分達で考え、働き、稼いで生活する、言わば自立して生活出来るようサポートすることが当初の設立目的だったんだって。それが、人々の要望に応じて、職業ジョブカードの発行や職業熟練度ジョブレベルの認定、チームの管理など段々と色んな機能が追加されて今の形になったらしいよ。それから、設立当時は解放政府が運営していたんだけど、今は大陸にある多くの国が出資し共同運営となっていて、ある種国からは独立した組織になっているんだよ。ちなみに、通称は「職セン」だよ」

 「ふーん。それで、職業ジョブカードって何?職業熟練度ジョブレベルの認定って必要なの?」

 「職センが登録者の技能を可視化する為に取り入れたのが熟練度レベルの認定だよ。熟練度レベルは数字で表現され、1から始まり大きくなればなるほど優れていることを表すんだ。職センの発表によると『レベル1』は新人、『レベル3』で一人前、『レベル5』になれば百人に一人の逸材なんだって。熟練度レベル認定は職業熟練度ジョブレベルの他に、技術熟練度スキルレベルでも行われてるんだ。職業熟練度ジョブレベルは認定を受ける職業ジョブに必要な包括的な技能を判定の対象にしているのに対し、技術熟練度スキルレベル職業ジョブとは関係なく一つの技術スキルのみを判定の対象とするんだ。例えば職業ジョブ『剣士』の認定を受ける場合には、剣や盾の技術の他、体力なんかが判定の際に考慮されるけど、技術スキル『剣技』の認定であれば、剣の技術のみで判定される。ちなみに僕は職業ジョブ『冒険者』で熟練度レベルは『1』だよ」

 「ふぁー、説明が長いわよ。それに、ユウ君の熟練度レベルが『1』なのは言われなくても分かるわ」

 (自分から聞いておいて欠伸あくびって・・・面白い話しじゃないけどさ)

 「ははっ、まあこれらの情報が記載されているカードが職業ジョブカードで、職センに登録すると貰えるんだよ。職業ジョブカードは身分証としての役割もあって、色々な公共施設で個人を証明する為に使用することもできるんだ。年一回の更新が必要で、住所や所属チームなんかも記載されているよ」

 「なるほどね。じゃあ、ほとんどの人が職業ジョブカードを持ってるのかしら?」

 「うーん、正式な発表は無いけど、登録するデメリットがないからね。働いているほとんどの人は職センに登録してるんじゃないかな。もっとも、職センに登録しなくても様々な仕事を請け負うことは出来るし、熟練度レベル認定を受けたからといって実力が変わる訳でもないんだよね。ただ、登録することにより各地にある職センの施設が利用可能となるし、その他にも、色んな恩恵が受けられるようになるメリットもあるんだ。例えば、提携商店での商品購入割引なんかも特典の1つだね。他にも、熟練度レベルは職センから様々な依頼を受ける際の条件になる場合も多いんだよね。それに、熟練度レベルが高ければ他人からの信頼も得やすいから、職業ジョブカードを持っている多くの人々は、年一回の更新の際に合わせて熟練度レベル認定を受けるんだって。あと、個人と同じ様にチームも登録制なんだけど、職業登録と一緒で登録していなくても活動は出来るんだ。ただ、職セン公認チームとなれば色々な恩恵が受けられるようになる。例えば収益に課される税の軽減や仕事クエストの先行受託権、製造系のチームであれば新しい技術の情報提供などがある。ちなみに僕が所属しているチームも公認チームの1つだよ」

 「なんだか国が担うべきインフラを請け負ってるみたいね」

 「まあ、設立の経緯から考えるとほとんど国の施設みたいなものだからね。そうそう、この街の職センは支部なんだけど、街の規模同様支部の中でも大きい方らしいよ。ただ、この国の中央都市には職セン本部があって、敷地は小さな町ぐらいの規模って話しなんだ。どんな施設があるのか興味あるよね」

 未だ見ぬ職業支援センター本部に憧れの想いを馳せる。

 「目、輝きすぎよ。まっ、気持ちは分からなくはないわ」

 歩きながら小声で世間話しを続ける。

 「そう言えば、どうしてこの街は高い外壁に囲まれているの?」

 ナナは街を取り囲む高い外壁を指差し質問する。

 「んー、昔両親が言っていたけど、隣国との国境付近に位置していて、貿易も盛んな交通の要所だかららしいよ。それに、昔は側の森から結構な頻度で怪物モンスター達の襲撃があったから、怪物モンスター達から住人を守る為でもあったんだって」

 記憶の奥底から、街の由来に関するページを呼び起こす。

 「へー、今は怪物モンスターの襲撃なんて聞かないわね。たまにはあった方が討伐クエストが増えてユウ君の出番も増えるんじゃない?」

 「そうだね、でも、怪物モンスターの襲撃は無い方がいいんじゃないかな。その分こっちから討伐に行けばいいよ。もっとも、僕の実力じゃ討伐依頼は来ないかもしれないけどね」

 僕のおどけた回答を、失敗したって表情で聞いているナナに、気にしないでと告げる。

 きっとナナは女神様へのお祈りの内容を聞いていたから、僕の両親の話しも知っていたのだろう。

 少しの沈黙の後、大理石で出来た立派な建物の前に着いた。




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