経理担当が勇者を目指してもいいじゃない。

@BlackPsan

第1話 「出会いは突然に」

 「ふー、疲れたな」

 目の前の山積みの書類から目を背け、腰掛けている椅子の背もたれに寄り掛かりながら大きな伸びを一つする。

 「今日も残業だな」

 ボソリと呟きながら椅子に座り直す。

 髪を乱暴にひと掻きした後、少しズレていた黒縁眼鏡を直し、目の前の山積み書類との格闘を再開させる。

 僕は城塞都市メルキアにあるチーム「輝く星シャイニースター」の経理担当者兼冒険者であるユウ・ラズウェル、種族はヒューマンである。

 チームとは「同じ目的を持つ人達が集まり目的達成の為に協力する団体」と定義されるのだけれど、僕の場合はちょっと事情が異なる。

 商家の子として比較的裕福な家庭に生まれ育った僕は、16歳の時に突然両親を失った。

 商取引の為に他国に赴いていた両親が怪物モンスターの襲撃に会い命を落としたのだ。

 また、その際の取引失敗による損失により、僕は自宅を始め全ての財産を失ってしまった。家と財産を失い働く術も分からない、頼れる身寄りも誰一人いない、そんな八方塞がりな状態の僕を拾ってくれたのが、現チームのリーダーであるスティルさんである。

 なんでも、生前の父と取引があり「その時にお世話になった恩を返しているだけ」との話であったが・・・・・・何も無かった僕には天からの救いと思えた。

 それから約一年、冒険者見習いとして怪物モンスターの討伐や迷宮探索などの仕事クエストに同行する傍ら、チームの経理担当として「生きる」という目的の為に働かせて貰っている状況である。

 「はあー。僕の目的ってなんだっけ?」

 僕達のチームの目的は「チームメンバーが都市の人々の希望となる」というやや漠然としたものなんだけど、簡単に言うと「都市の人々の役に立つ」事である。

 自分の生活で精一杯の僕が人の役に立つ事を目的にするってのもどうかと思うけど、何かを選択する余地なんてなく、生活の糧を得るためにチームに入れてもらった僕としては贅沢は言えない。それに、けっして悪い目的ではないしね。

 まあ、こんな僕にも夢はある。

 折角冒険者となったのだから、人々が称えてくれるような偉業を成し遂げたい。

 例えば過去の勇者達が挑んでも攻略出来なかった凶悪な怪物モンスターの討伐、例えば高名なトレジャーハンターでも為し得なかった人々に富を与える伝説の秘宝の発見、などなど。

 そして、偉業達成により僕は次世代の勇者として人々から尊敬と感謝の念を集める。

 そんな僕の噂を聞きつけた絶世の美女である異国の王女様に見染められ、二人は立ち塞がる数々の障害を乗り越えるドラマチックなラブストーリーの末に逆玉達成、なんてことを夢見ている。

 まっ、厳しい現実からの逃避に近いものがあるかもしれないけど、人々に喜ばれる偉業を成し遂げたいってのは本当に思っている。

 もっとも、今の僕の実力では実現出来る可能性は欠片カケラもないけど・・・

 「・・・うん、ゴホン」

 後ろからわざとらしい咳音が聞こえてくる。

 「??」

 慌てて後ろを振り返ると、僕を拾ってくれたリーダーのスティルさんが生暖かい目でこちらを見つめていた。

 金髪に青い瞳、引き締まった体躯は190㎝の長身を誇り、その上8頭身。

 街行く女性が皆振り返る程の眉目秀麗なリーダーは、冒険者としての実力も十分に兼ね備えており、無敵のイケメンとして街中に認知されている。

 「今日も遅くまですまないね。本業の方に力を注がないといけないんだけど、ファンの人達との交流を無下には出来なくてね。いつもユウには負担を掛けてすまないね。冒険者としての訓練もしたいだろうに、無理しなくて良いから、切り良い所で上がってね」

 二階のリーダー室から帰り支度を済ませて降りてきたのだろう。お気に入りのリュックを左肩にかけ、右手にコーヒーカップと建物チームハウスの鍵を持っていた。

 「ありがとうございます。もう少し頑張ったら帰ります」

 申し訳なさそうに謝るリーダーに丁寧に御礼を述べる。

 「よろしくね。素敵な夢に近づけるよう冒険者活動頑張ろうね」

 リーダーは、手に持っていたコーヒーカップと建物チームハウスの鍵を置いて出て行った。

 類い稀なるルックスを持つリーダーは、此処ここメルキアでアイドル活動も行なっている。

 なんでも、気付いた時には自然とファンクラブが出来上がっていたそうで、私設ファンクラブの人達からサイン会の開催などファンと交流できる機会を作って欲しいと熱望されたらしい。

 今は僕達のチームが公式ファンクラブを運営しており、年何回かファンの人達との交流イベントを開催している。

 僕が今格闘している書類は、正にファンクラブの運営に関するものである。

 「何処から聞かれていたのだろう。声に出ていたのかな」

 恥ずかしさを誤魔化す為に気持ちを声に出す。

 「神様って不公平だな」

 リーダーの後ろ姿をボンヤリと眺めながら思わず愚痴る。

 ブラウンヘアーにブラックアイ。顔立ちは整っている方がだと思うんだけど、まだまだ幼さは残っている。身長も今は平均程度だし・・・。

 黒縁眼鏡も手伝ってか僕に派手さは一切無い。そんな僕がリーダーと比較する方が間違っている。そもそも今の僕があるのはリーダーのおかげだ。

 「いやいや、捨てる神あれば拾うリーダー有りだ」

 貰ったコーヒーに口を付ける。

 「あと一時間は頑張ろう」


 「タタターン・タタターン・・・」

 正面の壁に掛かっている機械クォーツ仕掛けの時計から、午後八時を知らせる人形が音楽を奏で始めた。

 なんとか書類の整理に区切りを付けた僕は、帰り支度を始める。

 外に出ると辺りは暗くなっており、街灯が所々で薄明りを灯している。

 僕達の拠点チームハウスは街の東側にある商業地区にある。日中は様々な種族の人達が行き交い人通りも多く賑やかなのだか、大半のお店や事務所が閉まる午後六時以降は人通りが少なく閑散となり、昼間の喧騒が嘘のように静かになる。

 僕は街の南側にある居住区の借家に住んでいる。

 一人暮らしと言えば聞こえは良いのかもしれないが、実際は一つの建物を何部屋にも分けて貸し出ししている内の一部屋を借りている。風呂、トイレ、キッチン、リビング、ダイニングは共用で、僕の他にヒューマン3人、ハーフドワーフ1人、エルフ1人の5名が一緒に住んでおり、全員で6名が一つの建物で共同生活を送っている。とはいえ、何か共通の目的を持って集まったわけではなく、周りに迷惑を掛けなければそれぞれが自由に生活して良いことになっている。

 僕は足早に自宅ホームへと向かう。

 途中閉まりかけのお店にお願いをして、今流行っているチキポン(濃い下味を付けた鶏肉をフライしたもの)を2個、夕食代わりに購入した。

 「寒くなってきたな」

 冷たい北風が僕の頬を撫でる。

 一人になって二度目の冬を迎えようとしている。

 去年は一人で生きることに精一杯だったが、今は生活に少し余裕が出てきている。つまり、色々な事を考える余裕が出来てきた、ということになるが同時に思い出したくないことも考えることが出来てしまう。

 幸せだった年末の建国祭、不安も何もなくただ両親の愛情に包まれていた日々。

 ・・・失ってから気付くものがあると言うけど、自ら手放した訳ではない僕にはどうしようもない。

 気が付くと自宅ホーム側の教会にある女神像の前に来ていた。

 「神様って不公平だな・・・」

 いつもの様にポケットから1ルピアコインを取り出し、女神像の前に置かれている瓶の彫像に投げ入れる。

 「チャリン」

 信心深い訳ではない。なんとなく何かが起こる事を期待して、毎晩欠かさずお祈りをしている。お金も、貢物って訳でもないけど、見返りも無くお願いするのは気が引けて毎日入れるようにしている。それに、愚痴を聞いて貰ってもいるのでお礼を兼ねているつもりでもある。

 「こんな僕でもなんとか冒険者としてやっています。今はまだ・・・見習い冒険者ですが、いつか勇者と呼ばれるよう頑張りますので、どうかお見守りください」

 いつもの決まり文句を言って頭を下げる。

  (夜も遅い、急いで帰ろう)

 振り返り自宅を目指そうと頭を上げようとすると。

 「ボフッ」

 「?」

 何かが頭に落っこちてきた。いや、乗っかってきた?

 「辛気臭いわねー」

 頭上から声がする。いよいよ疲労の蓄積が限界に達したかと考え始めた矢先。

 「はぁー、何が起きたか理解しようとしないなんて、見込みないんじゃないの?本当にこの子を助ける価値はあるのかしら?」

 いきなりの事態に要領を得ない僕。思わず反射的に右手で頭上を払ってみたが空振りに終わる。代わりに頭が軽くなったので姿勢を正し前方を見る。

 思わず目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 「あははっ、予想通りの反応ね。素直過ぎて面白いわ」

 目の前には人の頭ぐらいの大きさの光の玉がフワフワと浮いていて、その中で小人族より小さな女の子がお腹を抱えて笑っている。

 (妖精なの?)

 昔本で読んだことがある神々に愛されし種族。

 勇者を導く役なんかで出番多数だったような?

 「でも、口の悪いこの子が?」

 「聞こえてるわよ、心の声。それにこの子って、私、君より年上よ」

 光の玉はフラフラと空中を漂いながら、ゆっくりと僕の顔の前に近づいてくる。

 「ナナ」

 「へっ」

 「・・・私の名前なんだけど」

 「よ、よろしくお願いします、ナナさん。」

 気圧されがら右手を差し出す。

「よろしくって初対面でしょ。まずは初めましてじゃない?それに自分は名乗らないのってどうなのよ」

 最後は諦めに似た溜息交じりの文句を浴びせかけてくる。

 僕は的確な指摘によるダメージによろけつつも、可愛らしい両手で僕の人差し指を掴み握手をしてくる妖精を受け入れようとしていた。むしろこれから起こることに少し期待をしてしまっている。

 「ナナでいいわよ。よろしくねユウ君」

 人差し指を離して僕の目線に高さを合わせるナナ。

 「早速、察しの悪い君の為に私が現れた理由を説明したいんだけど、ここじゃ寒いわね。よし、君の家で話そう。先に行くね」

 言うなり勝手に僕の自宅ホームの方に飛んで行く。

 冷たい北風が再度僕の頬を撫でる。

 (随分と強引な妖精もいたもんだ・・・・僕の自宅ホームってあの子が同居人ルームメイトに見つかると面倒なんじゃないか)

 慌てて後を追う為駆け出す僕。

「待ってよ、一人で行かないでー」


「はぁ、はぁ」

 息を切らせながら自宅ホームの玄関先に辿り着く。

 辺りを見回してもナナらしき光の玉は見当たらない。

 (まさかもう家に入ったのか?)

 「バタンッ」

 勢い良く玄関の扉を開けて中に入る。

 物音に気付いたリビングにいた人影がこちらを向いて話しかけてくる。

 「また残業なの?それにしては慌てて帰ってきたけど、まさか酔っ払ってるの?」

 同居人ルームメイトの一人、ヒューマンのマリーさんだ。

 僕と同時期に同じチームに入団し、一緒に働いている。もっとも、彼女は僕と異なり冒険者専門であり、才能もあるようで既にチームで活躍している。

 彼女はお風呂上がりなのか、可愛らしいピンクの寝巻き姿に、肩にはタオルを掛け、上気気味の顔で笑顔を作りながらこちらに近づいてくる。

 「残業でしたけど真っ直ぐ帰って来ましたよ。お酒なんか飲んでませんよ」

 彼女を直視せず、ぶっきら棒に答える僕。

 マリーさんは、他の人から見たら美人と言われる顔立ちだと思う。

 華やかなショートカットの金髪はフワリとしていてツヤもある。ブラウンの瞳は少し大き目だが、全体のバランスは整っており、むしろ豪華な容貌に愛嬌を上手く足している。スタイルも良く、引き締まった腰、小振りだが張りのあるお尻、胸も大き過ぎず、けれどしっかりとした重量感を感じさせる。正に外見に関しては非の打ち所がない。

 (そんな美人のお姉さんのお風呂上がりって、若い僕にとって直視するのは目の毒だよ)

 ただ、そんな彼女のことを僕は苦手としている。

 「あら、こっちを見ないで。なになに、お姉さんの魅力に負けそうなの?」

 からかい半分で僕に抱きついてくる。

 「そーいうのいいですから。そんなに歳も離れてませんし」

 柔らかい何かが左腕に当たる感触に顔を赤らめながら、マリーさんを振りほどき自室のある二階へと走り去る。

 いつもこうだ。僕をからかって楽しんでいる。チームの入団式の時から絡まれ続け・・・・・・そして助けられている。僕より2、3歳上らしいのだが、そのせいか僕の事を弟のように構い世話を焼きたがる。仕事クエストでもいつも僕を気にかけて、ピンチの際には助けてもくれる。迷惑なんて事はなく、むしろ周りからは羨ましがられても良い環境かもしれない。それでも僕は理不尽にも思ってしまう「彼女と僕の役割逆だろ!」って。

 (結局は情けない自分を自覚させられのが辛いんだよね)

 自分でも分かっているが、そんな自分を受け入れられないままでいる。

 やっと自分の部屋に辿り着き、辺りを伺いながら鍵を開ける。素早く中に入り内側から鍵をかけ部屋の中を見渡す。

 ナナらしき光は見当たらない。

 部屋にあるのはいつもの見慣れた机とベッド、それに中央に座る綺麗な赤髪のお姉さんだけって。

 「お姉さん!!」

 驚きの声を上げる僕。

 「ボンッ」

 音と共に赤髪のお姉さんの周りから煙りが立ち上り、中からお腹を抱えて笑い転げているナナが現れる。

 「あは、あはは、ユウ君はお約束を守りすぎよ」

 ズレ落ちた眼鏡を直しながら、顔を赤くし抗議の声を上げる。

 未だ笑いすぎて涙目のナナだが、軽く謝罪しながら言葉を繋げる。

 「初めは驚かすつもりはなかったのよ。本当なんだから。ただ、待ちくたびれちゃって、ちょっとね」

 (何がちょっとだよ)

 涙を指で拭いながら姿勢を正すナナ。

 「じゃあ、本題に入るね」

 椅子に腰掛け話しを待つ僕。

 「ユウ・ラズウェル、貴方は女神様に選ばれた勇者候補です。」

 僕の目の前で腕を腰に当て、大きく胸を張る小さな妖精。

 「・・・・・・」

 「また現実から逃避してるー」

 僕の反応の悪さから思考を読み取り文句を浴びせてくる。

 「ご、ごめんなさいナナ。えーと、色々分かりません」

 素直な感想を述べる。

 何かあるとは思っていたけど、いきなり勇者候補?

 目の前の妖精は大きな溜息をつくとともに概要を簡単に説明してくれた。

 一、 毎日欠かさずお祈りに来てくれる僕に女神様が興味を持った。

 二、 使いの者ナナを通じて僕の事調べ、勇者に憧れる善良な冒険者(見習い)であることを確認した。

 三、 勇者になるための手助けしてみることにし、使いの者ナナを派遣した。

 ということらしい。

 途中ナナは何度か「女神様の気まぐれには困ったものね」との呟きを漏らしていたが。

 「・・・事情は分かりました。お気持ちは嬉しいですがお断りします」

 頭を下げ丁重にお断りする僕。

 「よし、それじゃ頑張ろうって、えー!なんで断るのよ。君はそこまで意気地なしなの?一生に一度のチャンスなのよ!」

 当然に喜ぶと思っていたナナは動揺を隠せず、空中を右往左往して漂っている。

 「どうして!」

 僕の顔の目の前にきて、小さな人差し指で僕の事を指差し問い質してくる。

 「君は勇者になりたいんじゃないの?」

(もちろんなりたいけど、これは違うと思う。何にも実績の無い僕が女神様の助力を受け、抜け道を通るような事をしていいのか?僕の目指す勇者は自力でなるべき存在なんじゃないのか?そもそも現実はチームの経理担当をしている僕がいきなり勇者なんておこがましいのではないか?それから・・・)

 途中から心の声は言葉として漏れ出し、頭に思いついた立ち止まる理由を延々と並べ立てていた。

 黙って聞いていたナナはウンザリとした表情を浮かべ両手でストップの仕草を見せる。

 「分かったわ。それじゃお試しで一ヶ月間、お互いを見極める時間を作りましょう。本当に貴方が勇者に相応しいか?私も、貴方も、それぞれが見極める。その間は特別な力は使わないわ。これなら抜け道でもないでしょう」

 本当に面倒くさいと言わんばかりに体を揺すり、僕の目の前に近づいてくる。

 迫力に圧倒され頷く僕。何故か小さくガッツポーズを決めるナナ。それから二人で一ヶ月間の約束事を決め、夕食としてチキポンを一個づつ食べ就寝した。

 今日の出来事をベッドの上で整理するが、自分の中で結論が導き出せない。

 「勇者への近道」、一度は断わったが横で小さな寝息を立てているナナの提案で様子を見ることになった。単に結論の先延ばしのようにも思えるが、自分の中での資格審査としても考えられるかもしれない。

 (望んでいた機会チャンス躊躇ためらう僕は勇気がないのだろうか)

 興奮と困惑、今の僕は両方の感情が混ざり合わずに交互に押し寄せ不安定なものとなっている。

 「・・・うーん、背中を押してもらえないと進めないなんて面倒くさいわね・・・」

 「・・・経理担当者が勇者を目指してもいいじゃない。まったく、近頃の・・・」

 隣からナナの寝言が聞こえる。

 「もう寝よう、僕は考え過ぎだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る