ハムスターばいばい 第2話
私は、ハムスターが死んでからすぐに違うハムスターを買いに行った。
外は雨が降っていた。
これではお気に入りのピンクのトレーナーが汚れてしまうではないか。ハムスターがすぐに死んだこともあり、私はイライラしていた。
ペットショップに入ると、またこの間の店員がいた。作り笑顔が張り付いた女だ。
「あら? あなたまた来たの?」
私はこの女が嫌いだ。吐き気がする顔を横目にパーカーについた雨水を乱暴にぬ
ぐった。
「ハムスターください」
「もう一匹飼うの? ハムちゃんが大好きなのね」
「はあ……まあ」
「あのハムちゃんの様子はどう?」
「動かないです」
「雌だから大人しいのね」
「はあ……」
「それなら、今度は元気な雄を飼ってみればどうかしら? きっといつか雌のハムちゃんと仲良くなって、たくさんの赤ちゃんが生まれるかもね」
「まあ……どっちでもいいですけど」
私はハムスターが交尾をしている様子を想像すると、なぜか暗い気持ちになった。結局その日、私は雄の白いハムスターを買って家に帰った。
雄のハムスターは気性が荒く、すぐ逃げたり噛んだりうんこをしたりした。
「なんだよ、こいつ。言うこと聞けよ!」
逃げ回る雄のハムスターを捕まえて握りしめると、パキっと小枝が折れるような乾いた音がした。見ると、手の中でハムスターが死んでいた。
「はああああ?! 弱!! ありえない」
私は頭を掻きむしった。何て弱い動物なんだろう。私は、ハムスターを窓から田んぼに投げ捨てた。
何だかつまらなかった。私は一人だった。今日も一日があっという間に過ぎた。あっという間なのに、重かった。
夕陽から目を背けるように、私はミカンの樹の下に座りこんだ。
「ねえ、聞いて! 私、ハムスター飼ってるの」
私は普段話しかけないクラスメイトに話しかけてみた。飴のようなキラキラの髪留めをつけた女子達が驚いた表情をした。
「え? ハム……?」
「ハムスター! ねずみじゃなくて、ハムスターね!」
私は興奮していた。ふわふわのあの生き物を皆に自慢したかったのだ。
「へ、へえ~、いいなあ」
「へえ……」
女子達は、へえしか言わなかった。私はもっと、ハムスターの良いところを伝えな
ければならないと思った。
「毛がふわふわで真っ白なんだ。お気に入りのおやつはチーズなの」
「ふうん……」
「へえ」
「今度私の家に見に来てもいいからね!」
きっとハムスターを見る度に、皆が今度家に来るに違いない。そう思いたい。それまでに、何とかハムスターを手なづけなければ。
あれから私は、何度ハムスターを買ったのだろう? 最初は高いハムスターを飼っていたけれど、落としてしまったり踏み潰してしまったり、ハムスターはすぐに死んでしまうのだ。
この間は、ハムスターボールという、ハムスターを入れるとコロコロと転がるボールに入れて遊んでいたが、道路に飛び出してトラックに轢かれてしまった。轢かれたハムスターは面倒だったので、回収しなかった。
そろそろクラスメイトが家に遊びに来る頃だ。私は、ハムスターが死んだら、また新しいハムスターをすぐに買って、すぐにでも人に見せる体制は整えている。
「ねえ、ハムスター、見に来ないの? うちに。」
私が話しかけた二人の女子達は、顔を見合わせた。以前、ハムスターの見学に誘った女子達だ。
「私達、夕方委員会あるからさ」
「そ、そうそう! なかなか時間なくって」
「委員会? 何の?」
「え……えっと、生き物委員会」
「じゃあ、ハムスターに興味あるんじゃない? かわいいよ?」
綺麗な髪留めをつけた女子が、もう一人の女子を見ている。
「うちらが育ててんのウサギだからさ。ハムスターよりたいへんなの」
「そう。ウサギって、ハムスターと違って放っておくとすぐ死んじゃうから。マジで」
「……そうなの」
女子達が、なぜか鼻や口元を押さえていた。そんなに可笑しいだろうか。私は、お気に入りのピンク色のトレーナーをぎゅっと握りしめた。よく見ると、お菓子の食べかすや、ハムスターの血がついていた。
私、臭うのかな?
その日、学校から帰っていると、公園でブランコに乗っている奈々を発見した。そこに、奈々の同級生と思われる男子生徒が三人ほど近づいてきた。
「こいつ、学校にハムスター持ってきたぞ」
「ふざけんなブス」
「ブスのくせにハムスター飼うな」
奈々は、必死でハムスターを庇い、給食袋にハムスターを丸めて隠した。
「だめ! やめて!」
「このハムスター埋めてやる」
一人の男子が給食袋をとりあげ、ボールのようにして他の男子二人とお互いにパスしあう。
三対一かあ。男子ってハムスターと同じで弱いんだなあと思いつつも、見つかったら面倒くさそうだと思い、無視して通り過ぎようとしたが
「お姉ちゃん!」
と呼び止められてしまった。私は仕方なく立ち止まり、妹に聞こえないようにため息をつく。
「お姉ちゃん助けて!」
妹とともに男子達が、私を見つめた。私は四人の視線を感じながら、ジャングルジムの横に置いてあった木の棒を拾った。
「おい」
と私が呼びかけると、男子達は、三人ともひるんだ。じゃり、と公園の砂のざらついた音が聞こえた。
私は少しの躊躇もせずに、棒を振り下ろした。
「しね」
(続く)
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