第9話「あの思い出は空音」Bパート
忌々しい日にちのことはしっかりと覚えている。天気も、時刻も覚えている。
そう、5月は24日の水曜日。丁度一人で夕食を食べようとしていた20時12分のことで、雨が降っていた。
私は一人の食事は慣れていた。だけど、やはり高校では石動沙耶と一緒に食べたりしていて、誰かと一緒に食事を取る温かさを知ってしまっていて、この日は何だか寂しかった。一人での食事はつまらなく、体にも、精神にも悪い気がしていた。この日、お母さんは夕食はいらないとLINEで言っていたので、さっさと食べて、勉強していた方がいい。ゆっくり食べていて勉強する気が無いと思われるのは嫌だった。だけど、やっぱり誰かと食べたかった。だから、口に出してしまっていた。自然と。
「お母さん、早く帰って来ないかなぁ」
その瞬間、インターホンが鳴った。壁に取り付けられているモニターを見る。夜なのでよく分からなかったけど、少なくともお母さんではなかった。だからといって、セールスマンでもない。そもそもセールスマンなどがこんな夜遅くにやって来るとも思えなかった。一体誰なのか。とりあえずどちら様かと言う。
「児童相談所の者です。本島加那さん、ですよね? 少し出てきてもらえますか?」
児童相談所? なんでそんなところが? 私は何もしていない。お母さんだってするはずがない。なんで来たのかは全く分からなかったけど、出ない選択を取って警察でも呼ばれたら面倒だと思った。椅子にかけてあったベンチコートを着て、ドアを開けた。そこには、二人のそれなりに大柄の男性と、眼鏡をかけた口うるさそうな女性が立っていた。
「本島加那さんですね? 私は
「私は
「本島です。あの、何かありました?」
すると、大木さんは外にある車を指した。何だろうと思い、見てみると、そこには私のお母さんがいた。
「お母さんが何をしたっていうんですか!」
「あなたのためですよ。さぁ、こちらへ」
大木さんは優しく、しかし気持ちなんて一切こもってない声で私を別の車へ連れて行こうとする。私は叫んだ。誘拐だの拉致だのと、とにかく近所に助けを求めた。だけど、誰も出てくる気配はなかった。
「既に近所にはこうなることを伝えていますので。申し訳ありません」
「どこが私のためなのよ! 離しなさいよ! お母さんも離して!」
「あなた、自分が母親から何をされていたか、分かってないの? まぁそりゃそうよね。長年そうやって生活してきたら、変だとも思わないでしょう」
藤野さんがいきなり訳の分からないことを言ってくる。長年生活、何をされてきたか、変、思わない。一体何がなんだと言うのだろうか。
「とりあえず、警察を呼ばれたくなかったら、黙って着いて来なさい」
そうして、私は大木さんと藤野さんに無理矢理車に詰め込まれた。あの言い方からすると、本当に警察と手を組んでいる。となれば、叫ぶとこちらの方が不利になる。だから、黙っていた。
大木さんはそれでも私が暴れると思っていたのか、私を座らせた状態で抑え込んでいた。藤野さんは運転をしながらどこかに電話をしていた。
しかし、誰が一体。考えるまでもなかった。私とお母さんの関係でこうなったのだから、私とお母さんの関係を知っている人しか、こうすることはできない。そう、私とお母さんのことを知っているのは、石動沙耶、ただ一人だけのはずだ。間違いない。そうに決まっている。あの子は秘密を破った。誰かに告白した。私が馬鹿だった。やはり他人と秘密の共有など、できるはずがない、と。
車が発車した瞬間から、私は石動沙耶への復讐しか考えていなかった。ただ単に殺して復讐するというのも面白くない。もっと面白い、相手も私も終わらせることのできる復讐をひたすら考えていた。そう考えているころにはもう、石動沙耶との思い出なんて、ただのゴミにしか思っていなかった。
■
児童相談所は
もう戻ることはできない。戻れるはずがない。戻ったらどうなるかは分かっている。一生闇の世界で生きることになる。それは私の正義が許さない。許すはずがない。だったら、私自身が、私の意識そのものが光に包まれて、身体の存在を消滅させればいい。そうだ、それが一番なのだ。
……だけど、それはやっぱり怖い。人生で一度しか絶対に経験できないことを、今やろうとしているのだから。でも、できなければ後でどれだけ後悔することだろうか。間違いなく後悔する人生を送ることになる。それは嫌だった。避けたかった。
だからだろう。相手が来た時にはもう私は、それを実行する覚悟は出来ていた。
私は裏切られた。信じていた友達に。私のことが好きだと言ってくれた友達に。
裏切りは悪が行う行為。だから、友達も悪だ。
悪は必ず闇に葬らなければならない。
私の正義のルールに則って。
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