第5話「あの笑顔は何処」Bパート

 4限の面倒くさい古典も終わり、昼休みがやってきた。皆がのびのびとする。けどボクはどうものびのびと出来なかった。それは、昼休みだからだ。つまり、加那と一緒にご飯を食べるということだ。それ自体に問題はない。むしろボクは嬉しいし、密かにドキドキもする。それだけだったら、どれだけ幸せなことだっただろうか。

 加那の女子高生としてもあり得ないぐらい少ない昼食は、ボクのクラスでちょっとした話題になっていたし、ボクにも何故か矛先が微妙に向けられていた。イジメとか、そういうのじゃない。単純に「本島さんとはどういう女子なのか」とか、そういうこと。加那とまともに話したことがあるのは、1年9組の中ではボクだけだ。

 多分、加那におかずをあげようとしたことがないから、そういうことを訊かれるのだろう。大抵は加那から先に渡され、それのお返しとしてあげているだけだから、実際にはただの交換にしか過ぎない。それが、クラスメイトの目に留まることもあれば、話題にもなるのだろう。こちらからあげれば、多少はそれもマシにはなるのだろうけど、どうにもチャンスが訪れない。というか、先に加那に悉く潰されている、ような気がする。

 お弁当を取り出そうと、鞄を机の上に置いて探す。ある。しっかりとそこにある。ランチクロスだけじゃない。長方形の2段弁当箱はしっかりとある。今日は忘れてない。よかった。また忘れた時みたいに戦争状態の購買に突撃するなんて、もうしたくない。二度と。

 しばらく待っていると、いつも通りニコニコとした表情の加那がやってきた。でも、いつも通りなのは表情だけだ。手に持っている物は違う。

 お弁当箱だった。加那が空いている前の席に座って、ドヤ顔でボクを見る。ちょっと可愛いって思ったけど、それ以上にお弁当箱が気になった。いや、普通に考えればこれが普通なのだけど、加那の場合は違う。周りは特に気にしてない様子だったけど、ボクだけは動揺していた。普通に過ごしている中での、少し異常な空間。それが、今のボクと加那だ。

「ど、どうしたのそれ。いっつもパンだったのに」

 ありきたり。というかちょっと失礼か。しかもちょっとキョドってるし……。

 でも加那は全く気にしていないのか、ドヤ顔のまま答えた。

「昨日の晩御飯の余り物なのだよー」

「へぇー。美味しそうだね」

「沙耶ちゃんも食べる?」

「じゃあ、交換かな」

 ボクはなるべく平静を保って受け答えした。

 晩御飯の余り物。確かにそう言われればそうかもしれない。

 だけど、どう見ても冷凍の焼きおにぎりと卵焼きなんて、普通晩御飯に出てくるのだろうか。少なくとも、ボクの家では出てこない。ちゃんと母さんの暖かい手料理が出てくる。加那の家では、冷凍食品を晩御飯で出すのが当たり前なのだろうか。しっかりと加那から貰った冷凍の卵焼きを口にする。やっぱり冷凍は冷凍。慣れきって飽きた母さんの作った卵焼きよりも、冷たく感じる。ここには何も込められてない。ただただ、闇と共存する冷たい、無。冷凍食品が決して悪いわけではないけど、やっぱり……。

 加那がボクの顔をじーっと見ている。

「な、なに?」

「美味しくなかった? 卵焼き」

 不安そうな顔だった。周りから何故か視線が集まっている。妙に勘が鋭いのがイライラする。けど、ここで感情のままになったら今後どうなるかが分からない。

 ボクは笑顔を作った。

「ありがとう。美味しかったよ」

「だよねー! 卵焼き、美味しいよねー!」

「と言いつつ、焼きおにぎりもとても美味しそうに頬張る本島加那さんなのであった」

「うん、美味しい!」

 ボクと加那は小さく笑った。周りの視線はいつの間にか消えていた。

 確かに加那は何かあるのかもしれない。和哉の言う通りなのかもしれない。

 けど、このいつもの菓子パンよりも美味しそうに焼きおにぎりと卵焼きを頬張る加那を見れば、そんなことなんてどうでもいいと思えてしまう。

 誰かが言っていた。過去のことも未来のことも気にしていたら、今の時を楽しむことが出来ない、と。

 だからボクは決めた。

 加那と一緒に、今を楽しもう、と。



 ボクは加那のことが好きだ。それは今も変わらない。だから、この笑顔はよく覚えている。忘れるはずがない。

 こんなにも幸せそうな笑顔をボクに見せてくれたのは、これが最初で最後だった。

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