第3話「あの好意は弱点」Bパート

「あれ?」

 本島さんが教室にいないと気づいたのは、ボクが帰る準備をしている時だった。声をかけられることもなかった。やっぱり、駄目なのだろうか。女の子同士だし、当然と言えば当然ではあるけど……。慌ててスマホを手に取ったけど、まだLINEも交換していないことを思い出して、少し項垂れる。

 でも、教室にいないということは、先に松野駅まつのえきに向かっただけかもしれない。ボクが一緒に帰ろうと言ったことを忘れてしまっているだけかもしれない。イラってくることはなかった。あの自由気ままな本島さんなら、本当に忘れていてもおかしくないと思ったからだ。そう思うと、不思議と笑みがこみ上げてきた。

 周りから視線。気味の悪い物を見ている視線。多分、一人で笑っているボクが気色悪いのだろう。そりゃそうだ。他人がそうなっていたら、ボクだってそう思うに違いない。ボクはさっさと勉強道具を鞄に入れて、急いで教室を出た。

 廊下に本島さんの姿は無い。見渡しても、どこにもいない。やはり駅にいるのだろう。ボクは駅へ急ごうとした。

「お、沙耶。お疲れ」

 和哉が絡んできた……。和哉が同じ特進クラスの人間だってことを、すっかり忘れていた。ほんっとに間の悪い男。タイミングを間違えてる男。空気の読めない男。

 それでも最低限受け答えはしないと、何があるか分からない。相手は一応先輩だ。絶対敬語では話さないけど。というか話したくもない。腐れ縁と敬語で話すなんて、考えたくもないし、何より気持ち悪い。

「なに? 急いでんだけど」

「……本島さんか?」

「それが?」

 ボクはいつでもダッシュできる体勢に入っている。早く終わってくれ。

「うーん」

「なに唸ってんのさ。用無いならさっさと帰りたいんだけど」

「俺と?」

「何をどう考えたらその結論に至るんだ……」

「いやだって普通そ――」

「毒島ー」

 誰かが和哉を呼んでいる。といっても、声からして生徒ではない。和哉の担任だろう。和哉は舌打ちをしていた。

「さっさと行ったら? 先生に怒られるよ?」

「ったく、言われなくても分かってるっての……」

 ようやく、ようやくこれで松野駅まつのえきに向かうことができる。一応スマホで時間を確認する。確認して正解だった。電車が来るまであと15分だ。松野高校まつのこうこうから松野駅までは、走っても10分はかかる距離だ。何でこんな中途半端に遠いところに高校を建てたんだか。

 とにかくボクは、電車に間に合うよう、全力で駅へ向かった。途中、先生に見つかって何か言われたかもしれないけど、気にしなかった。



                 ■



 松野駅まつのえきに着いた。電光掲示板を見ると、電車が来るまであと5分。ギリギリだった。

 ふぅー、と少しだけ休憩して、二田駅方面のホームへ向かう。跨線橋の開いている窓からは、本島さんが電車を、いや、もしかしたらボクかもしれない、待っていた。少しだけ心が跳ね上がる。待っていてくれた、ということに。ボクの足取りも思わず速くなる。階段をたったかとリズムよく降りて、本島さんがいるホームの前側へ向かう。

「本島さん」

 名前を呼ばれて、ボクの方に振り向く本島さん。いつもの笑顔だと思っていた。でも、一瞬だけ違った。今までに見たことない、無表情。何を考えているか分からない、まるで虚無に脳を支配されたような表情。でも、それは一瞬のことで、すぐに笑顔になった。

「遅いよー沙耶ちゃん」

 それよりもボクは、一瞬だけ見えたその暗い表情の方が気になった。何か嫌なことでもあったのだろうか。

 でも、尋ねる勇気は無かった。だから、普通に接した。見なかったことにした。しようとした。

「ごめん、和哉に絡まれて……」

「毒島先輩に? 仲良いんだね」

「そんなことはない」

 きっぱりと否定する。それはあり得ない。仲は良くない。和哉とボクは所詮、ただの腐れ縁だ。そう、これからも。大体、和哉と何かあるなんて考えたくもない。あいつはただの腐れ縁。それで十分で、それ以上なんて望みたくもない。和哉もそうだろう。

 だからボクは、この気持ちを素直に本島さんに伝えた。

「二人っきりで帰りたかったから」

 その声は小さかった。素直になっても、こういうことは慣れていないので、やっぱり緊張するものだ。どんなに誇らしいと思っても、ちょっとは恥ずかしかった。

「沙耶ちゃん、やっぱり私のこと、好きなんだね」

 それに対して本島さんは、何事もきっぱりと言えた。普段はほんわりふわふわなのに、言いたいことはきっぱりと言える。そんな本島さんが、ボクは羨ましかったし、かっこいいとも思えた。

「いいよ、好きになっても。それは沙耶ちゃんの自由だもん。それに、同性を好きになるのがおかしいことだなんて、それは違うと思う。そう思っている人こそおかしいんだ。だから、沙耶ちゃんは何もおかしくない。普通だよ」



 こうしてボクは、加那に段々と惹かれていった。それは、ボクも普通とは違う女の子だっていうことを表していた。でも、加那の言葉でおかしいと思っていた気持ちが全部吹き飛んだ。加那はボクに勇気をくれた。

 けど、加那は違う。

 もっと、大きく違っていた。

 根本が違っていたのだ。

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