第2話「その秘密は運命」Aパート
JR
バスから見える光景は、和哉にとってはもう新鮮でも何でもなく、ただの日常らしい。むしろ外なんて見ようともしていなかった。眠たそうに小説を読んでいる。本人曰く、この光景はもう入学3カ月で飽きたらしい。
そんなことを考えていること約20分。
「腹減ったなぁ」
「とりあえずお昼食べよっか」
そんなやり取りをして、ボクたちはモールの3階にあるフードコートへ向かった。ここならそれなりに安くて美味しい物を食べられる。
「あ、私、席取っておくねー」
そう言って本島さんは席を探しにどこかへ行ってしまった。まぁ休日のお昼時で空いてる席もそこまでないだろうから、ありがたいと言えばありがたい。けど、あのふわふわな感じでちゃんと席を取れるだろうか。
なんて心配をしているうちに、並んでいたセルフうどん屋で順番が回ってきた。かけうどんの並を頼んで、安い天ぷらを一つ皿に取る。会計を済まして、本島さんを探す。意外とあっさり見つかった。窓寄りの日当たりのいい席だった。しばらくもしないうちに、和哉が牛丼の大盛りを持って戻ってきた。それぞれが、それぞれのお昼ご飯を食べ始める。
けど、本島さんにだけ違和感を抱いた。どのお店にも行った様子は無く、鞄から取り出した菓子パン一つをゆっくりと、じっくりと味わうように口にしている。
「本島さん」
「んー、なにー?」
「本島さんのご飯って、それだけ?」
「それだけって、菓子パンのこと?」
「そうだけど……。足りるの?」
「ご馳走だよ、これ。ご馳走はゆっくりと、しっかり味わいながら食べないと、勿体無いんだよ?」
これが、菓子パンが、ご馳走……? 普通、ご馳走っていうなら、ここのフードコートにあるステーキ屋とか、そういうのをご馳走だと言うと思う。けど、本島さんは違う。どこのスーパーにでも置いてある菓子パンを、ご馳走だと言っている。それはつまり、普段は菓子パンとかを食べない、ということなのだろうか。それとも、菓子パンすら食べられないということなのだろうか(・)……。ボクは隣の和哉に視線を向けた。あれだけ明るく振舞っていたのだ、話ぐらい聞いているだろうと思っていた。けど、違った。牛丼をモリモリと食べている。勢いが衰えることは無さそうだ。水も飲んでない。よっぽどお腹が空いていたのか、あるいは。
ともかくイラッとした。だから本島さんに見えないよう、和哉を蹴った。
「なにすんだよ」
「あんたさ、話聞いてる?」
思わず不機嫌な声になってしまった。すぐにそのことに後悔したけど、肝心の本島さんはニコニコと笑いながら菓子パンを食べている。ボクは和哉に続けた。今度は少し尖らせて、小声で。
「話ぐらい聞いとけって言ってんの」
「なんで」
駄目だ、まるで分かってない。本島さんとの会話のことも、ボクがヘルプの視線を送ったことも、まるで。何が何だかさっぱりという感じだった。
「もういい」
ボクは再びうどんを啜り始めた。和哉は不満そうに、
「食べてる時に蹴るなっての、昔っからそうなんだからよ……」
……なんで、そうまでしてボクを不利な立場に追いやるんだ、こいつは。昔っからそうだ。中学の時、廊下で喧嘩した時も、和哉はボクを不利な立場に追いやった。喧嘩の勢いで壁ドンみたいな形になって、それで実は付き合ってるんじゃないかって噂されて、ボクは馬鹿にされて、居づらくなった。まぁその時は、和哉もそうなったからまだよかったんだけど。
それでも……。なんでいつも……。
幸い本島さんに聞こえてなかったらしく、ニコニコと菓子パンを食べていた。ボクはさっさとうどんを食べ終わらせて、食器を返しに行った。
それからというもの、モールに入っているアパレルショップを覗いたり、本屋で漫画を見たり、CDショップに行ったりした。
でも、覚えているのはそれだけ。そう、行ったことしか覚えてない。詳しいことなんて、一切覚えてない。思い出になると思ったのに、食事中の和哉の一言がずっと反芻していて、遊びになんて気が回らなかった。もう終わりか、とも感じたし、同時に長かったなぁとも思った。本当はどっちなんだろう。スマホの時計を見れば、確かに時間は経っている。けど、この時間の使い方は下手くそだと、ボクは一人感じていたし、ボクの深部の青いものは納得していなかった。
■
日も暮れて、太陽の残っていた光も少なくなっている。要は寒くなってきた、ということだ。
ボクたちは和哉を見送るため、バス停でバスが来るのを待っていた。
しかし、それにしても遅い。バスは遅延するのが当たり前だとボクは思っているけど、今日はどうにも遅い。いや、遅く感じているだけかもしれない。
(居づらいなぁ……)
それもそのはず、多分居づらいと思っているのはボクだけだ。和哉は相変わらずマイペースに小説を読んでるし(この寒い中)、本島さんは本当に寒いのだろうかと疑いたくなるぐらいニコニコしているし……。
すると突然、和哉がパタンと読んでいた小説を閉じた。明らかに音がするように。紙同士が勢いよくぶつかる、心地良い音だ。それと同時に、緊張もする。
「冬ほどじゃないけど、寒いな、ここは」
「うん」
「
「こんな田舎よりはいい所だよね、上塚」
「そういえばこの間ネット見てたら、
「それ、誰が集計してんの。北の方が普通もっと寒いでしょ」
「知らん。けど、トップだったぜ」
「そんなランキングでトップになりたくないなぁ」
何でもない、他愛ない会話。それができている。ちゃんと、できている。緊張する必要なんてなかったのでは。というか、何で緊張していたのだろうか。相手はあの腐れ縁の毒島和哉なのに。
その事実自体がおかしく思えてしまって、ボクは気づけば笑っていた。
「なんだよ、思い出し笑いか?」
「いや、別に……」
それでも笑いが止まらない。気分が何だか楽しい。ここにボクがいて、本島さんがいて、和哉がいる。それだけで、何だか楽しい気分だった。
「仲良いんだね、二人とも」
「そんなことはない」「腐れ縁だからね」
そう、腐れ縁。だから、そういう対象ではない。その対象に入っているのは、本島さんただ一人だ。
「にしても、バスまだかよ……。寒いんだけど」
「ボクもさっさと帰りたい。寒いの嫌いだし」
「お前なぁ……」
「私は好きだよ、この冷たさ」
思わず本島さんの方を見る。本島さんはニコニコとしている。本当に好きなのかな、この寒さ。冬が好きなのかな。
……でも、何となくだけど、違和感を抱く。どうしてだろうか。本島さんの言うこと言うことに、どこか違和感を、そう、非現実感を抱いてしまう。本島さんは寒さではなく、冷たさと言った。細かすぎる気もしたけど、何となく引っかかった。
しかし、その非現実感も、二田駅行きのバスが来ることで消滅してしまう。和哉がバスに乗り込む。
「じゃ、またな」
「もう学校では話しかけないでよ」
「そんなの、俺の気分次第だ」
「ったく……」
反論する気にもなれず、ボクは適当に和哉を見送った。バスが去っていく。和哉はまだ手を振っていた。ガキかよ。
「帰ろう。本島さんも帰るでしょ?」
「うん、帰るー」
ボクと本島さんは帰路についた。と言いたかったけど、何故か本島さんはボクの後ろ着いてきていた。
「本島さんの家、こっちなの?」
「そうだよー。高校入学と同時に戸上に引っ越したんだ」
なるほど。だからモールに来ることに拒否しなかったのか。
しかし引っ越したてとなると、ここがどこなのかも分からないのではないだろうか。ボクはさっきから自分の家の方に向かって歩いているだけで、本島さんの家の方角には歩いていない。大体、本島さんの家がどこなのかなんて、全く知らない。振り返って、本島さんを見ながら言う。
「本島さん、ここどこか――」
「
「えっ……」
「私の家、この高台の上なんだ。だから、この階段を昇ればすぐなの。それじゃあね、石動さん。今日は楽しかったよ」
バイバイ、と手を振りながら本島さんは階段を昇って行く。ボクは本島さんが見えなくなるまで、ずっと立ち止まっていた。
見えなくなってからというもの、ボクは家路についたが、終始ホワホワした感覚に包まれていた。
「何なんだろう、この感覚……」
でも、嫌なものではなかった。だからボクは、ゆっくりと、この感覚を失わないよう、走らずに帰った。
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