第1話「この出会いは前兆」Bパート

 ホームルーム終了の挨拶をし、篠原先生が出て行った途端、教室に張り詰めていた緊張が多少解れた。多少。ここは1年9組特別進学コース。つまり、大学へ行こうとしている学生が集まったクラスであって、遊び半分で来ているわけではない。ボクも大学への進学を希望しているけど、ここまで緊張が張り詰められると、流石に嫌になる。やんちゃそうな男子も女子も少なからずいたけど、空気を読んでなのか、それともまだ高校生活に慣れてないのか、静かにしている。それでも今日は先日の入学式に比べて、緊張感というか、ピリピリした感じが解けているような気がした。

 それもそのはず、今日4月8日は土曜日だ。土曜日なのに、高校があった。いや、特進クラスは土曜日もあるってことは知っていたけど、まさか普通科も引っ張り出してくるとは思ってもみなかった。おかげで電車の中では松野高校まつのこうこうの学生の愚痴大会と化していた。あれは中々地獄だった。こっちはこれから3年間ずっと、土曜日は無いようなものだというのに。今日だけで済むんだからありがたいと思え、って思いながら高校までやってきた。

 まぁ、その今日やったことは、各種教科の教科書の配布と重要事項が記されたプリントの配布ぐらいだったけど。正直、平日にやってくれって感じだったけど、学校側としては1日でも早く授業を円滑に進ませたいのだろう。だから今日が土曜日なのにも関わらず、普通科も引っ張り出したのだろう。

 その説明も今、終わった。皆帰る準備をしている。新品の鞄に、大量の教科書を入れながら。かくいうボクもそのうちの一人だ。鞄に教科書を詰め込んで持ち上げようとする。

「重っ……」

 思わず口に出してしまったけど、皆よいしょと頑張って持ち上げるのに必死らしく、誰も聞いていない。まぁ、聞かれていても特に何とも思わないけど。

 さて、本題だ。

 本島加那は……まだいる。今ようやく鞄を持ち上げたところだった。声をかけられるのは教室を出た直後しかない。それしかない。

 本島加那が教室を出る。それと同時にボクも教室を出た。丁度周りにクラスメイトはいない。今だ、今しかない! ボクは一気に本島加那に近づいた。あとは話しかけるだけ。そう、話しかけるだけだ。

「沙耶ー」

 ……何でこう、こいつは空気が読めないのだろう。タイミング読めないのだろう。神様、教えてください。どうしてこの腐れ縁の毒島和哉は、空気もタイミングも読むことが出来ないのでしょうか?

 まぁそんなことをいるはずのない神様に問うても無駄だ。今は本島加那に話しかける。これが一番の目標だ。和哉は無視。これ以上に良い選択肢は無い。

「本島さん!」

 よかった。声も裏返らずに話しかけることが出来た。

 階段を降りていた本島加那は、本島さんはくるっとふわふわのロングヘアを揺らしながら振り返ってくれた。でも、その目は相手が誰か分からないという感じだった。

 それでも誰だったか思い出そうとしてくれているのか、首を傾げたり、回ったり(何で回る?)していた。

 けどやっぱり思い出せないらしく、本島さんは苦笑いをした。

「ごめんね、誰だっけ?」

 しかしそれは本島さんにとっては当然のことだとボクは思った。だから、ゆっくりと、はっきりと名前を言った。

「石動、沙耶」

「石動、さん」

「昨日、マフラーとか貸してくれたよね。……もしかして、覚えてない?」

 本島さんはしばらく考え込んだ。

「ああー、昨日駅で寒がってた人!」

「そうそう、その寒がってた人!」

「そっかー、あなたが石動沙耶さんなんだ。名前は覚えてるよー、同じクラスだから。私は本島加那。よろしくね」

 そう言って本島さんは手を差し伸べてきた。握手だろう。

「よ、よろしく」

 ボクは、声を震わせながら、ぎこちなく握手をするしかできなかった。でも、まだ言いたいことはある。

「本島さん、よかったら一緒に帰らない?」

「石動さん、どっち方面?」

二田駅にたえき

「私も二田駅にたえき方面なの。帰ろう帰ろう」

「う、うん」

 そう言って本島さんは、ボクの手をしっかりと握って引っ張る。どうやら主導権はこちらにではなく、本島さんにあるみたいだ。

 でも、それを不満に思う情けない男もいるみたいだ。ボクの肩に手が置かれる。知っている手の大きさ、温かさ。

「なんで無視すんだよ」

「誰?」

 と本島さんがボクに問う。さて、どう言ってやろうものか。

 などと考えていると、先に和哉が答えた。

「俺は毒島和哉。沙耶のまぁ腐れ縁兼友達みたいなもんだ」

「石動さんのお友達?」

「そうそう、一つ俺が年上だけどな」

「じゃあ先輩さんだ。よろしくお願いします、毒島先輩」

「よろしく、本島さん。あと別に先輩付けしなくていいし、敬語も使わなくていいよ。んじゃ皆で帰ろうぜ」

「なんであんたも一緒なのさ」

 口を尖らせて言うと、和哉はニヤッと気色悪く笑った。女子の前でその笑い方は本当にない。あり得ない。

「お前と本島さんだけじゃ、どうせ間が持たないだろ」

 耳元で和哉が囁く。

 ……確かにそれはそうかもしれない。いや、多分そうなるだろう。気まずくなるだろう。だから和哉が入ってくるというのか。碌な女経験も無い童貞男子のクセに。

「それと、昨日のことも少し気になるし」

 昨日のこと。そう、本島さんが母親に叩かれていたことだ。それは確かにボクも気にはなっていたけど、あれは結局ただ単に怒られていただけだとボクは勝手に結論付けていた。でも和哉はそうじゃないらしい。

 これ以上、ここで言い争っても無意味だとボクは思った。

「……分かった。一緒に行こう」

「よっしゃ」

「面白そうだね」

「そうと決まればモール行こうぜ、モール」

「勝手に決めないでよ」

「モールいいね! モール!」

 何故か本島さんは乗り気だった。まぁ、二田駅にたえきからバス一本でいけるから仮に二田駅にたえきより先に家があっても大丈夫か。

 ボクたちは4階分ある長い階段を降り始めた。和哉はあんまり緊張してないっぽいけど、なんでだろう。もしかして、彼女でももういるのかな。いや、そんなの聞いたこともなければ見たこともないし、まぁ和哉に限ってあり得るわけないか。逆に緊張しているボクが変に感じてきた。女の子同士、和気藹々と話せばいいのに、何故か本島さんとは話すことが出来ない。むしろ、和哉との方がすんなりと話すことができる。どうしてなんだろう……。

 まぁ、今は気にする必要ないか。

 ボクは今を楽しもう。

 そうしよう。



 こうして、ボクと加那と和哉の、三人の関係が組み上がった。こう言えば、ドラマとか映画とか漫画とかでよくありそうな普通の三角関係的な恋愛物語が始まったようにも聞こえる。そうであれば、どれだけよかったことだろうか。

 そう、実態は違う。

 違うのだ。

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