第29話 作戦

「それどっち優先させるんだよ、エナ」


 言われた時は、なるほど、と思ったものの、同時並行で進めるのは無理な二つ。

 ならば、考えなければならない、どちらを先にするのかを。

 RPGは、これによって展開が変わることがあるから、時に悩ましい。


「どっち優先させるって言っても……博士とメオは、博士の家に行くのが先だろうし、でも、クリスはこうしてる間にも仲間であるオートマタによって処刑されちゃうかもしれないのよね……」


 いつものように歯切れの良い回答はくれなかった。

 言葉を濁して、悩んでいる。悩んでいる。

 彼女としては想定外のシナリオ。今までと違って情報が少ない分、慎重に進めないわけにいかない。


 博士は最後のセリフで、「急いで我が家に戻り、最後の部品を手に入れなければ」って言ってたから、多分、クリスの方を選んだら、ついてきてはくれない。

 事情的に、メオも一緒に行って、博士の家で強化されるんだろう。

 敵オートマタがウヨウヨいる国の中で、オートマタを一撃で倒せる一人と一体の離脱は痛い。オートマタ一体一体ならともかく群れで来られたら俺達全滅は必至だ。


「クリスを助けにいく、で決まりじゃないの?」


「ケニー君にお願いされちゃったもんね、行こ行こ」


 二人で盛り上がるナオとマミ。

 こいつらは悩むということを知らんのか?

 あー、この二人はシナリオが既にエナ作で無いってのわかってないかもな。

 困った、どう説明すれば納得してくれるだろう。



 しかし、そんな俺の悩みとは裏腹に、二人の会話は彼女の心の何かを掴んだらしかった。


「そうね、迷ったときは心に従う。そうじゃないと冒険じゃない。クリスを助けにいきましょう」


 晴れやかな顔。吹っ切れたという顔で彼女は言った。

 だが、その考えには俺は素直に頷けない。


「正気か、エナ? 俺達四人じゃ、どう考えてもオートマタには対応できないぞ」


「戦うって決まったわけじゃない。クリスを救いに行くだけ。ならいいでしょ。それに、いざとなったら時間を稼げば博士とパワーアップしたメオが戻ってくるウルトラ展開とかあるかもしれないし、それに賭けましょ」


「分が悪すぎないかその賭け? ったく、ゲームは遊びじゃない、ってのに。慎重に慎重を積み重ね、失敗しないように行くもんだろ」


「あら何言ってるの、ゲームは遊びよ、エンターテインメントよ?」


「ちょっと待て、ここまできてお前、このゲームにおける俺の存在意義を覆す気か!?」


「あなたの存在意義なんて知らないわよ。ゲームはプレイヤーが楽しむためにあるもの。悩んだり、苦しんだりするためのものじゃない。そんなゲームつまらないじゃない?」


「それはそうだけど……」


「今ね、楽しそうな二人を見て、初めてMMORPGをしたときのこと思い出してたの。あの時は、魔法使いは一人じゃ弱いって知らなかったから、無謀にも強い敵に挑んじゃったのよね。体力はどんどん減っていくし、泣きそうだった。そしたら、他のプレイヤーが助けてくれて。言葉では表すことができないくらい、嬉しかった。それは予想できないこと、シナリオにもどこにも無いもの、でも、それこそがエンターテインメントだって、そう思うの」


「でも、これはAIが改変したシナリオだぞ? 助けてくれるプレイヤーなんていないだろ」


「信じたいの」


「信じたい?」


「私が開発し育てたAIを。私が彼女に学習させたエンターテインメントスピリッツが生きてるってことを。悲しいだけのストーリーなんて絶対にありえない!」


「エナ……」


 この彼女の叫びには、彼女の心そのものが乗っている、俺はそう感じた。


「考えてみて、ここまでシナリオを改変できるところなんていくらでもあった。でも彼女はそうしなかったの。だから、彼女はけして私達を困らせようとしてるわけじゃない。彼女が魔王になったのには必ず理由がある」


 そうか、俺はこの国のシナリオが改変されていることに意味を見出そうとしていたが、彼女はこれまでの他の国のシナリオが改変されていないことに意味を見出していたのか。


「わかったよ、エナ。クリスを助けに行こうぜ」




 と格好つけて言ったものの、今はちょっと後悔している。

 あの後、最後のパーツを取りに行くという博士とお供のメオと別れた俺達は、親子の情報をもとに、マンデリの街の中央にある広場へと向かった。

 処刑などが行われるときは見せしめとして広場が使われる。

 捕まったクリスが処刑されるのであれば、広場にいる可能性が高いと。


 広場に行く道々、何体かの巡回オートマタに出くわしたが、マミの姿隠しの魔法のおかげで感知されずに済んだ。

 オートマタはそれほどの数見まわってるわけではなく、順路も決まってそうだ。

 このくらいであれば、魔法を使わずとも巡回パターンを読み、建物の影に身を隠しながらで街中を移動することはできるように思える。

 鬼のような難易度でないことに、少し安心していたのだが……それも広場までのことだった。


 広場の真ん中で十字架にかけられている銀髪の女の子型オートマタ。

 あれが、ケニーの言うクリスに違いない。

 どうやら間に合ったようだ。良かった。それは良かったのだが、問題は広場の周りにいるオートマタの数。

 小学校の時につついて遊んだアリの巣を思い出すくらいにうじゃうじゃいる。

 踏み込んだが最後、押し寄せてくるあの群れにひとたまりもなくやられるのは目に見えてる。

 どうやったらあの群れの真ん中にいるクリスを救出することができるだろう。


「エナ、お前の例の究極魔法で、一掃ってわけにはいかないのか?」


「そんなことしたら、クリスまで巻き込んじゃうでしょ。最初の街のこと、思い出して」


 廃墟だったな。ぺんぺん草も残らないってやつ。


「……ここはもう一つしかないわ」


 エナの悪戯っぽい視線。最高に嫌な予感がする。先に抵抗しておこう。


「何考えてる。よくわからないけど、多分それ無理だぞ、できない系だぞ」


「あのね……何も言わないうちから否定しないでよ」


「すみません」


「あなた、街の外での戦闘の時、オートマタの攻撃、結構耐えてたわよね」


「そりゃ盾もあったし、あいつら一撃一撃の攻撃はそれほどでもないから、楯無の防御力とHP自動回復でそれなりに」


「では、つっこんでターゲットをよろしく」


「やっぱり俺囮なのかよ」


「オートマタは実は移動速度はそんなに速くないの。子供のケニーが街の外を私たちのところまで逃げてこられたのがその証拠。だからターゲットを取った後、広場を適当にぐるぐるしてれば、多分あの数でもそれなりにもつはず」


「もつはず、って……」


「マミを回復につけたげる」


「頑張るよー」


 可愛い病さえ発病しなければ、プリーストとしては育ってきてるんだ。信じてる、信じてるぞ、マミ。


「ただ、敵のヘイトリストに載っちゃうから、数回回復した後は逃げ回ることになるとは思うけど。マミ、敵が来たら逃げるのよ」


「了解であります! 隊長!」


 敬礼している。本当にわかってるか不安。

 ターゲットをとって逃げてる俺に回復すると、お前もやつらから敵だと見なされるってことだからな。覚えておくんだぞ。


 だけどまあ仕方ないか、他に方法はないもんな……あれ、他の二人は何するんだ?


「ナオは、俺を追いかけてる敵を抜いて、エナと一緒に一体ずつ処理とかか?」


「この数でそんなことできるわけないでしょ」


「じゃあどうするんだよ?」


「ナオは、クリスの周りのオートマタがいなくなり次第、クリスを解放。十字架を攻撃してみて。HPが見えるから破壊できるはず。成功したら、全員に教えてね」


「了解! 十字架を壊すだけなら、頭使わなくていいから、らくちんだよ」


 ナオ、お前は真の随までもう脳筋になってしまったらしいな。


「皆はナオから合図があったら、私のところにすぐに集まってね。十字架のとこでワープの魔法を詠唱する。詠唱に時間かかるけど、油断しないで急いでね」


 ワープの魔法というのは『タウンポータル』と呼ばれる街の決まったポイントにパーティごと移動する魔法だ。

 さっき、寄り道してまで、『タウンポータル』を登録していた理由がようやくわかった。このためだったんだな、エナ。


「さて、では始めましょうか」

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