第25話 オアシス

「暑い、アツいよーハル君」


「マミうるさい、ゲームだし暑い寒いなんてないだろ」


「心のむなしさを表現してみました」


 こいつは本当にお腹すいたとか、暑いとか駄々こねるのが好きだな。

 俺に何を求めてるんだ? そんな言われても何もできないぞ。

 魔法使いだったらともかく戦士だからな俺。

 まったく、折角一人前のプリースト認定してやったというのに、プリースト魂はどこにいったんだよ?

 

 もちろんこのゲーム、魔法とかではそれなりに熱い寒いという感覚はあるが、気候的なもので継続的に続く体感温度は無い。

 せいぜいエリアが変わった時に、冷ッとしたりするくらいだ。


 そう、ここがどう見ても日差しの強い、灼熱の砂漠地帯だとしても。


「なあ、エナ、今ってメルキオールへの道のりのどのくらい来てるんだ?」


「歩いた時間から、もう半分以上は絶対過ぎてると思うんだけど……むしろ着いててほしいくらい」


 魔法王国カスパーでも、特に移動手段は与えられなかった。

 だから俺達は今日も徒歩、きっと明日も徒歩だ。

 エナさん、もうちょい乗り物とか早めに与えられんと、これユーザ離れますぜ。


 しかし、砂漠は同じような光景が続くから距離感も無いし、方向感覚も怪しい。

 このまま砂漠に骨を埋めることにはなりたくないのだが……このところどころにあるの、骨だよな……やめてくれ。


「ちょっと休憩にする? ハル」


「休憩って言っても……休憩するとこなんか……」


 見渡す限り砂漠砂漠砂漠なのですが。


「ねーねーハル君」


「何だ、もう暑いは受け付けてないぞ。寒いって言え、寒いって!」


「そんなに意地悪するなら……もういい」


「何がいいんだよ?」


「せっかく、何かがあるの見つけたのになー」


「おーいちょっと待て、そういう情報は皆で共有だ、共有しろ」


 マミをなだめすかして何とか話させることに成功した。

 このゲーム、純粋なゲームの難しさよりも、こいつらの相手をしてるほうが大変な気がしてならない。


 マミの指さす先を見ると、確かに緑っぽい何かが見える。


「あれってオアシスか? まさか蜃気楼ってやつじゃないよな?」


「大丈夫、そこまで凝った作りにはさすがにしてないわ。あれはオアシスよ」


「よし、いっこー」


 ナオの声に全員の心が一つになった。



「オアシス都市コスタへようこそ」


 うやうやしく頭を下げるターバンの男。

 つられて俺達も頭を下げる。


 マミが見つけたそこは、オアシスではあったけれどタダのオアシスではなく、一つの都市だった。

 オアシスを中心に、土壁の建物が並んでいる。

 少し離れたところにはテントがいくつかあり、バザーも行われてるみたいだ。

 都市というには、ちょっと少ないが、まあこういうのは気分気分。

 そもそもこんな砂漠の真ん中で人が住めてることのほうが奇跡だからな。


「砂漠にこんな都市とは、ゲームとはいえ恐れ入ったぞ、お前絶対隠しといて驚かせるつもりだったんだよな、エナ……エナ?」


 エナに話しかけたが反応が無い。

 何やら深く考えてそうな、そんな感じだ。


「エナ~エナ、大丈夫か?」


「そんなに呼びかけなくても大丈夫だから」


「難しそうな顔してるからさ、何か気になることでもあったのかなと思ってな」


「……人が多すぎるのよ」


「へっ?」


「人が多すぎるのっ! 何回も言わせないで」


「確かに多いけど、バルタザールのサンタマリアだって、カスパーのエルダーフラウだってこんなもんじゃなかった?」


「それは首都でしょ。ここは砂漠。へき地よ。最初の街と同じくらいか少なくないとおかしいでしょ」


「なるほど……多いです」


「とりあえず市長の館へ行くわ」


「市長の館?」


「ここはメルキオールの管轄の地。メルキオールは民主制の国なのよ。だから市長がいるってわけ」


 そうか、メルキオールは科学文明が発達してるだけあって、政治体制も近代っぽいんだな。この砂漠の都市も、科学で実現してるのかもしれん。素晴らしいぞ科学。


 そして、例によってバザーへいきたいというマミをなだめすかして、俺達は市長の館へ向かったのだが――


「メルキオールの首都マンデリが陥落したですって!?」


「はい、何とか逃げだし、この地に落ち延びてきたものもおりますが、残ったものは……おそらく」


「どこが攻めてきたのよ? まさか、バルタザール、それともメルキオール」


 バルタザールもメルキオールも俺達を特使に任命し、情報収集を依頼してるわけだから、どちらも考えづらいが、思いつくのはそのくらいだ。


「いいえ、国ではありません」


「国では……ない?」


「オートマタが反乱を起こしたのです」


 し、シンギュラリティ。またもあの文字が俺の脳裏を流れる。

 オートマタって、カスパーのお城のパーティで暴れたあれだよな。

 一体だけでも結構強かった。

 あれが大群で街を……襲ったってことか?


「おい、エナ、お前びっくりした風を装ってるけど、これもシナリオなんだよな? な?」


「いいえ、こんなシナリオ、知らないわ。メルキオールでのオートマタはまだ発展途上でレアな製品の設定のはずだもの。都市を制圧できる数があるわけない……」


 雲行き、怪しすぎる。

 シナリオ全てに基本目を通してるはずのエナだ。彼女が言うのだから間違いないだろう。


「オートマタは最近急速に普及しておりましてな、政府関係だけでなく民間企業、ひいては家庭までに広まっていたのです」


「設定が……変えられてるの?」


「どういうことだ、エナ?」


「決まってるでしょ、AIがシナリオを書き換えたのよ」


「そんなことできるのか?」


「できてるってこと」


 こう言われるとぐうの音も出ない。


「我々政府関係者としても手を尽くしたいところではありますが、大統領の行方もようとして知れず、情報も無く、打つ手が無い状況です」


 ああこれ、来るな、来ちゃいそうだな。


「あなたがた、首都マンデリに潜入し、情報を探ってきてはもらえまいか?」


 やっぱりなー。

 頷くしかない立場の俺達だった。


 それから俺達、バルタザール国特使兼カスパー国特使兼コスタ市長特使は、オアシス郊外の一軒家に向かった。

 市長の話だと、そこにオートマタに詳しい人物が住んでいるというのだ。

 そんなこと言われたら行くしかないだろう、もう。


「こんにちわー」


 返事が無い


「こんにちわー」


 返事が無い


「こんにちわー」


 ……


「なあ、エナ、ここなら他に被害は出ないし、ちょっくら究極魔法をお見舞いするというのはどうだろうか?」


「奇遇ね、私もそろそろかなって考えてたのよ」


「ちょっとちょっと二人とも落ち着いて」


 珍しくナオがツッコミを入れてくれた。

 あれ、誰か足りなくないか?


「マミのやつはどこいった?」


「あれ、さっきまでいたんだけどな? まさかバザーにひとりでいっちゃった?」


「酷い、ナオちゃん。私勝手に行かないよっ」


 あれ……声が上から聞こえる。

 この家の窓のところから手を振ってるの、マミじゃねえのか?


「お前いつのまにそんなとこに!? 忍者にでも転職したのか!」


「この子に連れてきてもらったのーえへへ」


 よく見るとマミは白い丸い何かに抱き着いている。

 あれは……ロボットの頭か? ということはオートマタ?


「裏側の入口あいてるから勝手にはいれるよー」


 そう言って彼女はまた中へ消えていった。


 顔を見合わせる俺達三人。

 家の主の許可はとったのだろうか、とってないだろうな。 


「まあ、あの子に関しては心配しても仕方ないし、これはゲームよ、行きましょう」

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