第11話 美しき姫君

「ハルどうかな、これ……」


「ナオ、綺麗だ……普段のお前は自分の魅力を隠してたんだな」


 これはお世辞ではない。

 薄いピンクのドレスに身を包んだナオの姿はどこかの国の姫かと見まごうほどに、高貴で洗練された魅力を放っていた。

 ……あのドレスの効果、じゃないよなこれ? いやそれはちょっと失礼か。


「えへへ、ありがと」


「……」


「……」


「って、お前今まで何をどうしてたんだよ。俺ら心配してたんだぞ」


 そう、格子の向こうに現れたのは彼女だった。

 お姫様風の格好で最初はわからず、ゆえに何と言っていいかわからず互いに無言だったが、ナオの方から「アタシなんだけど」と言ってくれてようやくわかった次第。


「まあまあ、早乙女ハル。ナオが無事だったんだからいいじゃない」


「ナオちゃん、そのドレス可愛い~」


「えへへ、ありがと」


 京極にたしなめられたのもあるが、予想通りの姉小路の反応と慣れない褒められのせいかワンパターンの返しなナオに完全に毒気を抜かれた俺。


「まあ、確かに無事で良かったよ。それで、今までどうしてて、何が間違ってそうなったんだ?」


「うーん、話すと長くなるんだけどね」


「手短にお願いします……」


 ナオの語った話はこうだった。


 牢屋に送り込まれる俺達と引き離されたナオはとある部屋に入れられた。

 そこには、ナオそっくりのお姫様がいた。

 

 彼女の目の前の椅子に座らされ、どこから来たのか、年は何歳なのか、これまでの冒険の話を聞かせてくれ、というように、話を振られ、ナオは素直に答えたという。もちろん自分が高校二年でプレイヤーだというところは、ぼかして。


 姫は戦いの話や、メテオ・フォールの業火に焼かれる街の話に大層喜んでいたそうだ……大丈夫かそのお姫様の頭? いやNPCだから気にしてはいかんのだろうが。

 その後は、衣装を交換させられて、お姫様の方は「街へ行ってみる」と言っていなくなったという。

 ナオは、この城の中なら自由にして良いと言われたので、城の中をめぐり、NPCに俺たちが閉じ込められている牢屋の場所を確認して、ここにそのまま来たのだ。


「お姫様と同じって……ここエルフの国だよな」


「ああ、なんかアタシそのエルフっぽいよ。兵隊も彼女も言ってたから間違いないと思う」


 何だと、ナオ、お前が俺のMMOにおけるあこがれの象徴、エルフさんだというのか……確かに耳がそれっぽいな。どうして気が付かなかったんだ。

 待てよ、いつもやってる方のMMOだと種族エルフの人のおっぱいはいずれも破壊力抜群だった。そのせいか。

 俺はおっぱいでエルフを識別していたのか、なんてことだ!


「なあ、京極。このゲームのエルフってどうしておっぱい大きくないんだ」


「しっつれいよ、早乙女ハル。それってナオに言ってるようなものじゃない」


「えっ、なんでだよ。これゲームだろ」


「今回のテストでは……その、サイズ変更までは実装していないから、外見は現実のをスキャンしてそのままなのよ……」


 ナオを見ると、ふてくされた顔をしてこっちを見てくれない。

 これはマズい。フォローせねば!


「ごめん……ナオ。気にしてると思ってなかったから。人生いろいろ、おっぱいも色々だ、大きいだけがおっぱいじゃないぞ」


「サイテー……」


「あたし、身の危険を感じたほうがいいのかな……」


 フォロー失敗……女性陣の冷たい視線が痛すぎる。

 姉小路、胸のあたりを両手でカバーするんじゃない。却って見ちまうじゃないかよ。トラップしかけんな!


 よし、ここは、頑張るしかないな。


「だから俺はエロ魔人ではない。生身の女には感情は湧かん。ゲームのエルフ姉さんにしか興味は無いから安心しろ、お前ら」


「……もういい」


「ナオちゃん、よしよし」


 なぜかナオが涙ぐみ、姉小路が慰めに回っている。

 どうしてだよ、ぬれぎぬは晴れたんじゃないのかよ。

 

 チクショウ、全部中途半端な仕様でテストを開始したこいつのせいだ。

 俺の矛は無言でじろりと俺を睨みつけている京極に向かう。


「京極」


「何よ?」


「何でお前、今回アン姉さんみたいなエルフじゃないんだ。どうみてもその外見ヒューマンだろ?」


「べつにいいでしょ、このテストじゃどの種族だって補正変わらないんだし。いつもの外見にできるなら別だけど」


 この言葉に俺はぴんときた。


「ははーん、お前おっぱいコンプレックスだったのか、だからあんなにゲームの中じゃ盛って……」


 突如視界が暗転する。

 二、三、四、五……一体何発食らったのだろう。俺は。


「あの……俺体薄いんですけど……」


「言って良いことと悪いことの区別がつくまでその状態でしばらく反省してなさいな。マミ、復活させたげちゃダメよ」


「もっちろん」


 ナオも腕を組んでこちらを睨んでいる。

 お前、格子の向こうから攻撃したな。


 俺は女子三名を完全に敵に回してしまったらしい。

 すんませんした。反省するんで、機嫌なおったら、お願いします……



「でも、ここからどうしたらいいのかな? アタシたち」


「牢屋から出て、この城の内情を探る感じかしらね。そのうちにフラグが立つでしょ」


「そんなことできるの? エナちゃん」


「多分これは特殊な条件で発生するクエストだと思うの」


「特殊な……クエスト」


「おそらくね。パーティにエルフの女の子がいる場合にだけ起きるんじゃないかしら」


 なるほど、ナオがその条件をクリアしていたということか、でかしたぞ、ナオ。


「ナオは、今多分、その服の効果でこの城のお姫様ダージリンとしてNPCには認識されてるだろうから、城の中はフリーパスなはず。私たちのことは従者とか適当に判断されると思う」


「お、お姫様、アタシがっ!?」


「ここまで来るときも衛兵が普通に通してくれたでしょ」


「そういえばそうかも」


「綺麗だもんねー、いいな~いいなぁ」


 羨ましそうな声をあげる姉小路。


 確かにRPGでは男の俺でも装備の着せ替えは楽しい。

 高レベルになってようやくプレートメイルを装備できた時には画面のショットを何度も撮ったほどだ。

 こうしてVRMMOになると、自分が着ているというのもあって演劇してるような不思議な感じがプラスされてさらに盛り上がる。

 リアル自分の服が適当の俺でもこうなのだから、服に気を遣う女子達はもっと楽しいだろう。『綺麗な服あったら私着てみたい(字余り)』という感じに違いない。


「だよねー、この王女様の服本当可愛いから。アタシこれ着れてテンションあがってる」


「違うよー」


「えっ?」


「綺麗なのは、ナオちゃんだよ」


「ええええ!?」


 何を言い出すんだこの子は、という表情。

 俺も驚いているぞ、ナオ。まあ、とにかく聞いてみようじゃないか。

 俺もこの体じゃツッコミできないしな……。


「ナオちゃん、ショートだし、ボーイッシュな格好が多いけど、本当はこういう女の子っぽいのも似合うって私思ってたんだー、だから今日は嬉しい」


「あ、ありがと」


 天使かよお前は……。

 俺は姉小路が伊達に学年人気一位の女子ではないことを激しく認識していた。

 こんなん、男に言ったらそいつのハート確実に撃ちぬくぞ。

 そいつは絶対ストーカーになる。気をつけろよ。まったく。

 

「ハル君もそう思うよね。ねー?」


「お、おう……」


 照れ臭かったが首肯するしかない。

 いや、最初に思ってた通りで、俺も、目の前のナオは姫様にしか見えないんだ。

 綺麗って、そういうことだよな。


「も、もう、仕方ない。許してあげる」

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