第10話 仄暗い格子の中で

「なあ、京極、これどういうことだ」


「そんなの私が聞きたいって言ってるじゃない」


 暗闇。

 格子の向こうの廊下に灯されている蝋燭の明かりが唯一の光源だ。


 学年成績一位でそこそこ可愛い眼鏡ツインテールと、学年人気一位で文句なく可愛くスタイルの良い黒髪ロングと一緒の空間にいるのだから、男としては本来喜ぶべきところなのだろうが、とてもそんな気になれない。


 ここがゲームの世界であるというのも、もちろんあるが、どちらかというとこの世界に来てからのあまりにもな展開が続くのに、心を打ちのめされてるからだと思う。チートはどこへいったんだよ、チートは?


 そういえば、ナオはここにはいない。あの時暴れたから特別に一人隔離されたのだろうか? ただの幼馴染とは言え、名前で呼び合う間柄ではある。心配だ。





「ちょっと待て、そなたたちはどこへ行く」


 気が付くと俺たちはあの重装備の軍隊に囲まれていた。逃げ場がない。

 それだけならまだしも、NPCから話しかけられたことに俺は驚きを禁じえなかった。馬上の騎士鎧を着たNPC、こいつは特別なやつなんだろうか?


「あなたたちの国、王都サンタマリアに行くところよ」


 京極は躊躇いなく質問に答えていた。

 まあ、嘘をついても同じ質問が繰り返されるだけかもしれんから妥当と言えば妥当か。相手はNPCだもんな。


「ほう、あちらから来たということは、辺境の街イーストプレイスからか」


「そうよ」


 またも即答。イーストプレイスっていうのは俺たちが灰燼に帰したあの街のことなんだろう、多分。


「なるほどな、お前たちがイーストプレイスを崩壊させた犯人か」


 はいはいそうですよ……って、えええええええええええ。


 あのふてぶてしさがウリの京極エナも呆然としている。

 わかるぜ、これには俺もびっくりだ。


「何だってー、ちょいまったオッサン、いやその声はおにーさんか? 何でそんな決めつけるんだよ」


「簡単なことだ。イーストプレイスは何者かの放ったメテオ・フォールにより壊滅したと報告を受けている。お前たちは壊滅した街から来たにしては格好が綺麗すぎる。違うかね?」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「語るに落ちたな。ひっとらえよ」


 騎士の命令に、包囲の輪が狭まった、その時――


 ダン、ダダンッ。

 ダメージ音がして、包囲の一角が崩れる。


「よくわかんないけど、あんたらはアタシらの敵だね」


 ファイティングポーズを取っているナオ。

 迫ってくる鎧の兵士の攻撃を流麗にかわしながら的確にパンチ、キック、回し蹴り。

 その優雅な動きに見とれてしまう俺達だった。


 しかし、多勢に無勢。


「くそっ」


 槍の穂先を並べられ、おまけに俺達を人質にとられては、彼女の抵抗も続けられない。俺も一緒に戦うべきだっただろうか? 一瞬人数を考えて剣をおさめ、日和ってしまった自分が情けなくなる。


 ナオに見とれてる場合じゃなかった。

 だって格好良かったんだぞ仕方ないだろう。

 それに、あいつ健康優良美というか、肉付きの良い体がチャイナドレスのヒラヒラで見え隠れするから、困る。困るんだ。色んな意味で本当許してくれ。


「我が国に伝わる剣を使わぬ護身術か。なかなかサマになっておったぞ。ほめて遣わす、娘よ」


 その場で、武器を捨てさせられ、縄でグルグル巻きに、文字通り俺達はお縄になったというわけだ。



 それから格子付きの乗り物に乗せられて運ばれ、王都サンタマリアについてからどうなるのかと思えば、お城の地下の牢屋に閉じ込められた。


 不思議な事に、途中でナオと別々にされた。

 どう考えても、あの時兵士を何人もなぎ倒す程に暴れたからとしか思えない。

 まさか既に処刑――

 嫌な二文字が頭に浮かび俺は打ち消した。


「早乙女ハル」


「京極? 何だよ急に」


「ナオのこと、心配してるの?」


 何でそんなことを言うんだよと思いはしたが、廊下の炎に照らされたその顔は悪気は無いどころか、俺のことを気遣ってる風に見えて、ひっこめる。


「一応、幼馴染だからな」


「そっか、いいなあ幼馴染か~」


「いいね~幼馴染」


 いつの間にか、姉小路も会話に参加している。これは否定しておかねばと俺は強く思った。


「お前らの想像してそうなことは何もないぞ。家が近いだけ、それだけだ」


「何と、家も近かったのか、そんなことはナオは言っていなかったが」


「えーおうち近いの!? あたしなら忍び込んじゃうけどな」


「こらこら姉小路、忍び込むな、それは犯罪だ。っていうかナオに関してはそういうのは全く無い。俺の体は綺麗なもんだぞ!」


「男がそんなこと言ってどうすんのよ……」


「ハル君不潔……エッチ」


「何でそうなるんだよ。真面目な話、俺はMMOに全力投球してるからアイツと遊んでる暇なんてないんだよ。お前もアン姉さんならわかるだろう、京極」


「私をあなたと一緒にしないで、MMOなんて片手でできるじゃない。残りの手では食事したり、プログラムしたり、ゲームのテストしたり、電話したり何でもできますけど?」


 こいつと俺の違いが分かった気がした。

 人間としての処理能力というやつが段違いなんだ。

 俺と会話しながら、パーティで連携攻撃をキメながら、こいつはこのゲームの開発とかしてたのだろう。どうやって? と考える俺は凡人なんだろうな。


「とにかく、俺とナオとの間には何もねーの。ハイ、この話終わりっ」


「ハル君はそうかもしれないけど、ナオちゃんはハル君のこと話してるとき楽しそうだけどなあ」


 ここにきて意味深なセリフを吐く姉小路。気になる、気になるじゃないかよ。


「そうね、私がペットボトルの話をしてたら、大爆笑してたわ」


「そういうのはいいです……」


「ねーねーエナちゃん。そのペットボトルって何?」


「それはね、おてあら……フゴゴ」


「姉小路、世の中にはお前が知らなくていいことは沢山ある。これはそのうちの一つだ!」


 俺は京極の口をふさぎながら、機先を制することに成功した。


「ハアッハアッ……VRMMOでどこまで制御されてるか確認したかったんだけど、まさか呼吸までやられちゃうとはね、凄いじゃない、アタシ天才」


 ひどい扱いを受けたにも関わらず、めげない、寧ろ新たな喜びを見出している。

 もしや実はマゾなんかこいつは? サドとマゾは表裏一体というからな、そういうことなのかもしれん。まあ、変に恨まれてあのストレートが飛んでこないのは良かった。


 姉小路はさすがにこの様子で聞いてはいけないことを理解してくれたらしい。

 口をつぐんでいる。いい子だ、よしよし。


 ……静かになってしまったな。これは責任もって何かネタを振らんといかんか。

 ナオの話は禁句だ、となると――


「なあ、京極、蒸し返すわけじゃないんだけど、この事態ってお前の把握してるシナリオにはないんだよな?」


「そうなの。この牢屋に閉じ込められるクエストはあるんだけど、それとは全然流れが違うわ」


「そうか……ちなみに、そのクエストだとこの牢屋からどうやって出るんだ? 牢屋を魔法で破壊して、飛んできた衛兵倒して、とかそんな感じか?」


「あのねーこのゲームは自由度高くしてはあるけど別にNPCを虐殺するのを推奨してるわけじゃないのよ……今回はそれもありか」


 最後の小さく口ずさんだ言葉を俺はどう解釈したらいいんだよ。

 俺は言ってみただけ、言ってみただけだからな。

 いかん、このままだと確実にその作戦を遂行させられる。

 俺のほうがこの城の衛兵に申し訳無くなるじゃねえか。


「待て待て待て、それで、その正規のクエストだとどうやって出るんだ?」


「偶然なんだけど、捕まる前に王女様に出会っててね。その王女様が牢屋のカギを開けてくれるのよ。それで王女様について出て行って、この国に渦巻く次期国王の争いに巻き込まれて、解決するために頑張る感じかな」


「燃えるシチュエーションじゃないか、それ。さすがアン姉さん。伊達にあっちのMMOでの経験してないな」


「おほめにあずかり光栄だけど、そもそもあのゲームもウチの会社ので私がつくったのよ」


「マジですか……」


 恐ろしいことを聞いてしまった気がする。俺は、この女の手のひらの上で遊ばされてるに過ぎないのかもしれないと思ってしまう。


「プレイヤーとしてもやってみないと、実際の生の意見は出せないし、聞けないからね、開発者の常識」


 俺が、京極の言葉に感動していた時、牢屋の廊下に人影が見えた。

 見ればわかる、そのシルエットはドレス。

 耳の感じ……エルフか!?

 さっき京極に聞いたシナリオのエルフ王女のことが俺の頭をよぎっていた。



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