第6話 初戦闘

「よっし、俺があのウサギの群につっこんで釣ってくる」


 街の外に出たばかりのところ、そんなに距離の離れていないところに丁度良く野ウサギの群がいた。


 一見モフモフで可愛い。

 野草をハミハミしているそぶりが溜まらない。

 小学校の飼育小屋を思い出す。

 レタスを食べさせすぎて良く先生に怒られたものだ。

 あの頃の俺は、ピュアだった。ゲームやってなかったからかな……いやいやそんなことを考えてはいかーん。


 姉小路がさっき走り出しそうになって慌てて京極に首根っこを抑えられてたから、女子から見ても、このゲームのウサギは満足の仕上がりなのだろう。


 だが、ウサギといってもモンスターだ。あなどれない。


 そうは言っても、おそらく、最初の街の周りだから、レベル一が一対一で戦うのを想定した強さではあると思うけれど。


 これまた京極エナのゲームバランス設定を信じるしかないが。

 さっきから慎重すぎる彼女が俺は気になっていた。


「数が多すぎる。あれじゃリンクするじゃない。もう少し離れるのを待って、一匹ずつ行きましょう」


「おいおい、初めての街なんだぞ、ここ。慎重すぎないか?」


「ナオやマミはこういうゲーム初めてなんだから、定石通りにやりましょ。最初が肝心だからね」


 そういうことか。

 京極のこの言葉に、アン姉さんの顔が浮かんだ。


 同一人物なのはわかっていても、ここまであまりに言動が違いすぎたんだ。

 でも、これで納得したよ。お前はアン姉さんだ。


 MMOでのモンスターとの戦闘は、おおまかに、経験値稼ぎを目的とする狩と、アイテムやシナリオクリアを目的とするボス戦に分けられる。


 初心者は、最初に、自分一人で狩を行うことで、自分の職業ができること、その限界を学ぶ。

 そして、次にパーティでの狩で、集団での自分の職業の役割、動きを知る。

 これを基本として、さらにボス戦の経験を積むことで、戦いには戦略があるということを理解し、ようやく一人前だ。


 だから言ってるだろう、ゲームは遊びじゃ無い。


 今回は、いきなりのパーティでの狩だけど、瞬殺で終わるかもしれないにしても、お作法は二人に覚えて貰うべきだろうというのが彼女の意見なのだ。


 正しい、正しすぎる。

 今後のためにもそれがいいと俺も思った。



「そろそろいいか?」


「待って」


「何だよ。まだ、何かあるのか?」


「石投げで釣ってね」 


 そうだった。


 狩は普通、離れたところから、弓や銃、ブーメランなどで敵に遠隔攻撃することで行う。これが釣り、だ。

 現実だと得物が逃げそうなところだが、ゲームの敵はモンスターだから怒りに任せて全力で釣った奴を襲ってくる。追いかけてくる。


 遠隔攻撃なのは、仲間のところまで敵が来るまでに、釣ったメンバーがダメージを受けなくて済むからだ。


 面倒だが、仕方あるまい。

 ナオも姉小路も見てるしな。


 しかし、一つだけ問題があるぞ。


「このスキルレベルにステータスだと、確実に石の一撃で倒しちゃうと思うんだけど」


「それはそれで良し、さっさと投げて」


「はい……」


 京極に拳を突き上げられては逆らえるわけがない。

 向こうはウィザードだから、ダメージは通らないだろうけど、現実でのあの痛みを体が覚えているのだから。


 さて、俺は近くにあった石を拾いあげる。

 採集スキルの判定が行われ、『石+10』とかおかしな武器がステータスに表示された。

 なんというスキルの無駄遣い……いや、もう気にせずいこう。


 振りかぶってピッチャー第一球……投げた~。


 あれ……回避された。何でだよ。

 俺の投げた石は確かにウサギの後頭部辺りに当たったはずなのだ。

 なのに、行動結果には、無情にもMISSの表示。


 あ、ウサギ、怒ってる?

 ちょ、脚早くない?


 みるみるうちに、ウサギはこちらに近づいてきた。

 そして俺に一撃くらわす。

 痛い、痛いが……


「そんな攻撃屁でも無いぜ!」


 俺の威勢の良いのはここまでだった。

 あれ、俺地面に倒れ……た?


「あれ、ちょっと、何で一発で倒れるのよ?」


「うわっ、ウサギこっち来た、うっ……」


「な、何よ、ウサギのこの体力の多さ、ふご……」


「皆、大丈夫~えっ、ウサちゃん……」


 動けないから状況は窺えないが、どうやらあのウサギが大暴れしたらしいな。


 そして、静かになった。

 これが意味することはただ一つ。


「全滅かよっ! あれ、俺普通に話せてる?」


 さっきまで地面をなめてたはずなのだが、いつの間にか立っていた。


「ゲームなんだから当然でしょ」


「京極お前体薄いぞって、ええええ」


 よくよく見ると、立っている彼女の足下に、うつ伏せで倒れている彼女。その肌はあまりに白く、生命を感じさせない。


「幽霊よ、幽霊になってるのよ、私たち」


 こんな時も冷静すぎる声の京極。


「おーこれ幽霊か、空飛べる感じ?」


 飛ぼうと手をパタパタさせて頑張ってるナオ。

 お前は、自分の置かれてる状況わかってないな。

 そもそも幽霊そんな風には飛ばないだろ。


「マジかよ。どーすんだよ全員幽霊になっちまって。さっきの感じだと、姉小路もやられちまったんだろ」


「ハル君ごめんなさい……皆が次々倒れちゃうから、見てられなくて前に来ちゃった」


 この薄さ、見事なまでに幽霊。どう見ても姉小路も幽霊。


「我慢しないとダメよ、マミ。ちゃんと指示には従ってね、次からは」


「はい……エナちゃん隊長」


 まるで、先生と生徒のようだ。

 次からは、って言い方がいいよな。さすがアン姉さんの中身なだけはある。

 誰しも間違いはあるからな、一度くらいはしかたない。

 大事なのは次も同じ間違いをしないことだ。

 あれ、ということは――


「全滅したのに次があるのか!? 京極」


「保険かけといて良かった感じね」


「保険だと?」


「もう忘れたの? マミには、自分が死んだときに生き返ることができる、自己蘇生魔法をかけさせといたでしょ。今は周囲にモンスターいないみたいだから、生き返って良いわ」


「はい、隊長」


 頷くとともに、マミの体が七色の光に包まれる。

 倒れている体に幽霊が吸い込まれてゆき、光が収まってしばらくたつと、血色が良くなり、彼女は起き上がった。


「あたし……生き返ったー。わーい」


「喜んでるとこ、急かしてごめんね。私たちにも生き返り、お願い」


「はーい」


 マミは教わったとおりに一人ずつ生き返りの魔法をかけていく。

 それを見ながら俺はふと思った。


「ちなみに京極、全員が全員幽霊になるとどうなるんだ?」


「知りたい? 聞きたい?」


 冷たい声、まあ言わんとすることは何となくわかったからいい。


「い、いえ、いいっす。何でもありません」


 こうして、俺たちは全滅状態から、復活することができた。

 だが、それで一件落着という訳では無い。


「どういうことなんだ、京極。最高レベル、最高スキルの俺たちが一撃でやられるって、おかしくないか?」


「私に聞かれてもわからないわ。こんなの想定外よ。ただ……」


「ただ、何だ?」


「あのウサギのステータス、おかしかったの。こんな最初の街の近辺にいるモンスターだとはとても思えなかった」


「皮の服とはいえ、一撃だもんな。ラスボスの攻撃力かよ、って感じだぞ、まったく」


「そうなのかもね。ステータスが、モンスターの最高レベルに設定されてるのかも」


「何!? ということは……」


「チートを使ったのはこっちだけじゃないってこと」


 俺は頭を抱えるしかなかった。

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