第5話 転移

「ではいきます、転送開始」


 メグさんのその声と共に体を包むアムリタの色が七色に変化してゆく。そして次第に、意識がなくなってゆく。


 ……


「早乙女ハル、起きなさい」


 耳元であのツインテールの大きな声。


「うっせー、あれ……」


 上半身をガバッと起こして見回す。

 今自分は広場のようなところの芝生の上にいるみたいだ。

 少し向こうに煉瓦造りの建物がいくつか見える。

 うん、ここ、明らかに日本じゃないぞ。


「マギアムンドか」


 ここで、これから俺の冒険が始まるのだと胸が高鳴る。


「それどころじゃないの、大変よ」


「大変って何がだ? 折角お前の作った世界に感動してるんだから水をささないでくれよ」


「あ、ありがとっ、て違う! とにかく、自分の装備見てみてよ」


 自分の装備?

 視線を自分に向ける。

 これは、皮の服っぽいな。地味~なくすんだ色。思ったよりもゴワゴワしてないからよかった……っておいおいおいおい、装備は最初から最強装備って話じゃなかったのかよ?


 ふと仲間に目をやる。

 ナオは俺と同じ皮の服。姉小路と京極は布の服。


 どちらの装備も体のラインが出るからよく分かる。

 小、大、普通……男の性なんだ許してくれ、仲間達よ。

 あまりじっくり眺めたことがなかったから、姉小路の人気の理由がまた一つ分かった気がするぜ。


 あれ、そういや俺、リアル女子の体じっくり見ても全然興奮とかしないんだな。

 そうか、いつもゲームの中でもっとキワドイ格好のエルフさんとか見てるからかもしれん。大事なモノを失ってることに今気付いたわ。

 逆にこうリアルなVRMMOだと全然感じない体になっているのか……ヤバいやつだな、俺は。いや、エルフさん次第だ、その結論はまだ早い。


「何よ、何見てんのよ、ハル」


「いや、何でもない、何でも無いさ、ナオ」


 そうだ、ナオ、俺はお前を応援しているぞ。


 さて、どうやらパーティ全員同じ運命を辿っているらしいな。

 ……ダメだろそれじゃ。


「女神様、これ詐欺だよ、俺騙されたよ」


「何か私に悪口言われた気分……ってだから違う! そうなの、装備もレベルも全部ゲーム開始時のものにされちゃってるのよ」


「誰だよ、そんな酷いことするの」


「考えなくても分かるでしょ、AIよAI、魔王よ魔王。チートを対策されたのよ」


 何てことだ。


「でも逆に考えると、チート対策は勝手にやってくれるわけで、開発側、運営側としては願ったりね、さすが私の作ったAI、優秀」


「そこに喜んでる場合じゃないだろ、誇ってる場合じゃないだろ、どうするんだよ」


「レベル見なさいレベル、それにスキル。ステータスオープンして」


 なるほど、定番だな。それじゃお言葉に甘えて。


「ステータスオープン! お……」


 レベル九十九、ステータスも数字が多いから職業の最高数値にはなっていると思われる。武器スキルも、鍛冶や裁縫等の生産系スキルも全てレベルは最高。


「これなら、いける、いけそうだ」


「ちなみに私とマミは全部魔法覚えてた。武器と装備は手に入れればいいから不幸中の幸いってところかしらね。自分で大変だって言っておいて何だけど、時間をかけなくてはいけないところはチート成功してる。不思議なくらいに……」


「何だよ、何か気になるのか?」


「ううん、武器、防具は奪っておいて、数値がそのままってのが気になっただけ」


「気にしすぎだろ。AIもそこまでチート対策が完璧じゃないってことじゃないのか?」


「そうだといいんだけどね……」


「そこまで心配なら試してみればいいだろ」


「えっ?」


「決まってる、街の外で雑魚狩だ」



 そして、俺たち四人は改めてパーティを組むと、街の外へとやってきた。


「これが初期装備の剣か……イケてないな」


 銅の剣。見ため、いかにも切れ味がわるそうだ。


「西洋の剣は斬るというよりは、叩くことで相手にダメージを与えるものよ。原作に忠実忠実」


「何の原作だよそれ……」


 まあ言わんとすることは分からなくも無いし、リアルに切れてモンスターの体液が噴き出す演出とかあっても困る。


 矛盾するかもしれないが、VRMMOではリアル過ぎるのは禁物なのだ。


 現実で想像してみよう。

 俺は手に切れ味鋭い日本刀を持っている。

 目の前から野良犬が襲ってきた。


 斬る。


 ドバー。


 鉄の臭いって良く表現されるけど、絶対凄い臭いだぞ。

 体の中って……色々あるっていうからな。

 

 あと、斬った生物がピクピクしてたら普通の人間は命を奪った罪悪感にかられるだろう。

 かられないやつはとりあえずネットでモフモフという言葉で画像検索するがいい。そして、出てきたワンコやニャンコをしばらく愛でてから、そいつらにナイフを突き立てる自分を想像するがいい……なんだよ、俺だって癒しが欲しいときだってあるんだ。見逃してくれ。


 ともかく相乗効果で気持ち悪くなって、ゲームを楽しむどころではなくなるはずだ。


 逆に楽しめてしまっても、困る。

 殺人鬼や犯罪者を育成するゲームになりかねん。

 そんなゲームには、倫理に関する色んな団体から運営会社に苦情が殺到するのが目に見えてる。


 だから、武器が当たったら相手の頭の上のライフゲージが減って、ゼロになったらシュッと光の雫になって消える。これでいい。


 丁度良いリアル、それが最高のVRMMOだと俺は思う。

 ……京極はそのあたりは理解していると、信じたい。

 あのアン姉さんだから大丈夫だよな? な?



「アタシは何も武器ないんだね。まあ、この拳があればいっか」


 シュッシュッとパンチを繰り出すナオ。


 このゲームの格闘家は初期装備の武器は何も無い。

 格闘家みたいな系統の職業は、拳で殴る、蹴るを基本とするから、武器を装備していなくてもそこそこ強いというのは他のゲームでもよくある話で納得だ。


 しかも、回避も高くて、攻撃を喰らわない前提で良いから、防具にも他の前衛職ほどお金をかけなくてもいい。ちょっと羨ましい。

 裏を返せば、戦士やナイトのように防御の高い金属鎧を装備できないということだけど、敵のターゲットを取ってくれる他の前衛がいれば問題ないだろう。

 よし、所持金はパーティで共有してもらって、その分俺の武器・防具に回して貰おう。ターゲットとるの、多分俺だからな。



「あたし……離れてるんですか?」


 姉小路が、京極に疑問をぶつけている。


「念のため、念のためよ。今回は、何もしなくていいから。ああ、でも、自分が死んだときに生き返ることができる魔法はかけておいて」


 姉小路マミ、彼女はプリースト、パーティの回復の要だ。


 普通であれば、パーティメンバーと行動を共にし、魔法の届くギリギリの距離で待機、そこからメンバーの状況に応じて、敵からダメージをくらったら体力回復、麻痺状態等になったら異常回復というように、回復魔法でパーティの戦闘を支えるのが役割。


 なぜに距離を取るかは、第一に敵の攻撃のターゲットにならないようにするため、京極によるとこのゲームの敵は同じ距離なら回復魔法を使うものを優先して攻撃するらしいから。

 回復役が最初にダウンしたらパーティの運命は決まったようなもの。わかりやすいだろう。

 第二に、敵の状態異常に巻き込まれないようにするため。

 例えば回復役が麻痺したら回復どころでないからだ。


 しかし、姉小路が経験が無いからといって、戦線から離した上で自己死亡回復魔法までかけさせておくというのは、正直慎重すぎるのではという気もしなくもない。


 今から行うのは最初の街の周りのモンスター相手の試し戦闘。

 装備こそ初期装備だけど、こちらのレベルは最大、ステータスは最高値。

 敵の攻撃が当たるのかも怪しい。

 万が一当たったとしても、蚊に刺されたくらいのものだろう。

 回復なんていらないだろうから、まあ、いいか。


 しかし、この俺の発想は、甘かったのだ。甘過ぎだったのだ。

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