第4話 授けられるチート

「本当は良くないんだけど、とりあえずチートできるだけチートしておくわ」


 京極エナがコンピュータに向かってカタカタやっている。

 とても忙しそうだ。


 『チート』っていうのは異世界転移転生モノの小説なんかで、主人公の持つ特別な能力を表す言葉に今はなっているが、元々は英語でズルをするって意味に端を発したゲーム用語だ。


 ゲームっていうのは所詮コンピュータ上のプログラムで、ゲームデータというのは、そのデータに過ぎない。

 それを書き換えてアイテムを手に入れたり、増やしたり、ステータスを大幅アップさせたりするのがチートだ。本当は、ゲームの世界の中で努力して獲得する成果をタダで手に入れるのだから、ズルいというのには納得できるだろう。


 ただ、今回の場合は、AI魔王が反乱を起こしているわけで、対抗するにはチートをふんだんに盛ってもらう必要がある。

 ゲーマーとしてはつまらないことになるが、無敵、ステータス最大、スキル全て取得でスキルレベル最大、魔法全て取得でそのレベルも最高、装備は最高装備くらいはもらわないと、安心して戦えない気がする。


 何より人命が掛かっているのだから。


 戻ってこない二人のカプセルは内側からロックされているらしい。

 その状態だと外から開けることはかなわず、破壊しようにもそれなりの強度があるため、破壊できるほどの力をかけたら二人の安全は保証されない。

 電源を無理矢理切る場合、肉体および精神に与える影響は無視できない。


 AIの魔王を倒し、ロックを解除する以外には方法はないのだ。


 このゲームのAIは元々は、人手を介すること無く、二十四時間ワールドワイドに円滑にサービスを展開するために、作られた世界制御用の人工知能だ。

 ゲームのプログラムに介入する力を持つわけであるから、もはやこの世界そのものだと言っても良いだろう。

 それがなぜ文字通りの魔王になってしまったのかはわからない。

 もしかすると、その謎を解く必要も出てくるかもしれない。


 とにかく、相手はゲームの支配者、いったん世界に入ったら最後、あちらのルールに従わされることになる。

 そうならないようにするための第一がこのチート。

 データについては保護されているから、数値を変更しておけば、AI側から減らしたりはできないはずだ、とのこと。


「エナ様、私の担当の二名分は終わりましたが、如何いたしましょう」


「こちらももうすぐおわるから、監視・連絡・操作に使う回線の動作、もう一度確認しておいて」


「かしこまりました」


 そして第二がこの鷹司メグさん。研究者っぽい白衣を着ている彼女は、このVRMMOゲームプロジェクトのサブリーダなのだという。

 二十代……後半くらいなのかな、大人の女の人の年は難しい。


 京極がゲーム世界へプレイヤーとして入るため、非常時に備え、また、AIのプログラム改変等に対応するために、外部に誰かがいなくてはならない。そのため、彼女が招集された。

 優秀なプログラマなのだという。あの、京極をしてそこまで言わせるのだから『非常に』がつくレベルで優秀なのは間違いない。


 つまり彼女は外の世界での保険だ。世界から通信もできるみたいだから、安心感が違う。



「わくわくするねーマミ、アタシは格闘家か。ストレス解消しまくるぞー」


 緊張感無く物騒なことを言っているのは、ナオ。


 『格闘家』とは、手で殴ったり、脚で蹴りを入れたりといったように、自分の体を武器として戦う職業だ。


 職業が偏らないようにしようと、皆で相談したとき、彼女は提示されたものから迷いなく『格闘家』を選んでいた。


 殴るの気持ちよさそうという理由だけで。

 殴りたいのかお前? そんなにストレス溜まってるのか?

 彼女の選択に、一瞬心の闇を感じてしまった俺だったが、この様子だと彼女にとってはスポーツ的なものなのかもしれない。



「あたしプリーストか……大丈夫かな、皆の生殺与奪を握ってるんだよね」


 しとしとと、静かな声で怖いことを言う姉小路マミ。

 やめてくれ、こっちも不安になる。


 プリーストとは、神官様。武器で戦うこともできなくはないが、基本は回復役だ。

 回復役に必要なのは、何よりもスピード。

 HPだけでなく、毒、麻痺、呪いといった状態異常も判断しつつ的確に処理しなければならないのだ。遅れれば遅れるほど、プレイヤーの死は近づくのだから。

 おっとりした彼女は、その点ちょっと心配ではあるが、彼女が前衛という方が不安が大きかったので、他の三人の意見の一致をみてこの職業となった。



「いざとなったら私の魔法で瞬殺だから問題ない……フフフフフ」


 カタカタキーボードを叩いている京極の職業は、ウィザード。

 魔法使いだ。

 ロールプレイングゲームの花形。炎水雷土風氷といった属性魔法で敵に魔法ダメージを与えるのが仕事。敵にどのような魔法が効くのかを全て把握しているであろう京極にはうってつけの職業といえる。

 若干、最後の含み笑いが気になるくらいだ。

 まあ、お互いMMO経験者、信じているぞ、京極。



 そしてこの俺、早乙女ハルの職業は戦士。

 面白みが無いというやつもいるかもしれないが、戦士は前衛の基本職にして、全ての武器・防具を装備することが出来る。その気になれば盾だってこなせる。

 というわけで、状況により武器・防具を柔軟に使い柔軟に立ち回る想定だ。


 四人にしてはバランスがとれているといえよう。

 本当は遠隔攻撃ができるハンター、盾専門職のナイトあたりがいると良いのだが、贅沢は敵だ。前者はエナの魔法、後者は俺の盾でとりあえずカバーする。

 こういったゲームは未経験者の二人が、それぞれ格闘攻撃のみ、回復のみ、と行動に悩まない職業というのはいいかもしれない。できることが絞られていればすぐに慣れるだろう。


 中にいる二人が合流できたらその後調整する感じでいこう。

 この時俺はかなり楽観的に考えていた。

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