第2話 幼馴染に夢など見ない

「というわけなのよ」


 ツインテールの彼女、京極きょうごくエナの話した内容に俺は開いた口が塞がらなかった。



 あれから校門を出たところに待っていた黒塗りの車に二人で乗った。

 もう、既にこの時点で俺の警戒心はビンビンで、いろいろ後悔していた。

 彼女はいったい何者なのだろう。どこかの財閥のお嬢様とかなのか!?

 訊いてみたくはあったが、逆側での窓外の外を見ている彼女の真剣な横顔が、俺に一歩踏み出すのを躊躇わせた。


 素直に言うと、何て話しかけたらいいのかわからん。

 あの暴君モードだったら何でも言える俺なのだが、このアンニュイな触れたら壊れそうな危うさのある表情のままでいられると、何も言えなくなる。


 助け……るんだよな、俺、この子を。

 いったい何を助けて欲しいのだろう。

 俺が何を助けられるというのだろう。

 

 下駄箱で話していた時の内容から俺のことはよく知っているようだから、勉強を教えてくれとか、俺にとって不可能な内容ではないはずだ。だと思いたい。


 実は俺がやってるオンラインゲームをはじめてみたいとか?

 これは妥当な内容に思えるし、手伝うのは、まあ、余裕だ。

 キャラクターの作成を手伝ってやって、あとはギルドの仲間に面通しして接待プレイしていればそのうち独り立ちできるだろう。


 いや、最初から甘やかすのは良くないか。

 始めに自分の力でやり遂げることを覚えないと、ヘルプしてくれた相手に依存してしまうからからそういうのはやめなさいって、ギルドのエルフ姉さんがいってたな。

 彼女の中身が姉さんかはさておき、言ってることは真実だと思う。

 まったくMMOってのは学校じゃ学べないいろいろを教えてくれるぜ。

 狩り場を教えてそっと見守る感じでいっとこう、うん。

 俺、何ていいやつ。


 しかし、そんな内容だったらアレだな……恋が芽生えてしまいそうなラブコメ展開だ。


 ツインテールが違和感無く似合うだけあって、可愛くはあるんだよな、こいつ。

 クラスにいたら、五本の指には確実に入るレベルではある。

 もしかしてあの眼鏡がなければ……いや、それはもっと親しくなってからってもんだ。お願いしてとってもらったり、無理やり取らせたりするのは男の沽券に関わるもんな。向こうから取らせる、これだよ!



 メインシナリオのボスを二人で倒して、エンディングを見ながらで……


「ハル君ありがとう。ハル君がいなかったら絶対に無理だった」


「そんなこと無いさ。お前も随分上手くなったもんだよ。まさかトドメを持ってかれるとはな」


「どうせ私に華を持たせてくれたんでしょー」


「あ、バレてた?」


「もーバレバレ。隠すとこないくらい」


「な、ならさ、お前も……隠さないでほしい」


「えっ」


「眼鏡……とって……お前の素顔見せてくれ」


「何で私が眼鏡とらなきゃなんないのよ?」


「えっ?」


 気がついたら彼女がこっちを見ていた。

 マズい、まさか今の声に出てたりしたのか? どこからだッ!?


「降りるわよ」


 どうやら俺が妄想している間に目的地に着いていたらしい。

 全く感情を込めない感じで事務的に言われたのは逆に助かる気持ちだった。


 どうか、忘れて、ください、お嬢様。


 外を見回すと、車は、ビルの地下駐車場だと思われるところに停車していた。

 彼女は迷わず進んで行く、慌てて追いかける俺だった。


 警備員さんに会釈して、そのまま奥へ行きエレベータに乗る。

 全く止められることはなかった。

 こいつ何者なんだという疑問がますます大きくなる。


「早く」


 エレベータはすぐに止まり。

 急かされるままにフロアの方へ。

 それから廊下を右へ左へ。

 とある部屋の前で彼女は立ち止まった。


「ここよ」


 彼女が指さす入り口の上には、『第二テストルーム』という札が張られている。

 テスト? 何のテストをしているのだろう。


「入って」


 彼女が扉から首だけ出して、俺に呼びかける。

 可愛いと不覚にも思ってしまったが、まごまごしてるとあの一撃が来ないとも限らない、いそいそと彼女に続き、扉をくぐった。


 中は思ったよりも広い空間だった。

 うちの高校の教室を二つ繋げたくらいの大きさか。

 壁際に丸みのある金属のカプセルみたいなものがいくつかあって、そこから管が上へ下へとたくさん出ている。


 しかし、俺が気をとられたのは、逆側に据え付けられた事務的なテーブルと、そこに設えられた席に座る二人の人影。

 ウチの高校の制服を着た栗色ショートヘアの女子と、黒髪ロングの女子。

 そのどちらにも、見覚えがあった。


「エナおっそい、待ちくたびれたよ。マミはババ抜き弱すぎて、アタシは何のためにやってるのか、自分は何のために生き死んでいくのかって、途中から哲学的に考えちゃったよ」


「ナオちゃん、あたし下手っぴでごめんね……」


「他にもゲームあったと思うんだけど、なぜにババ抜き?」


 確かにテーブルの脇には、据え付け機からポータブル機、ボードゲームと山のように積まれている。


「マミができるのがそれしかなかったのよ」


「エナちゃん、折角用意してもらったのに、ごめんね」


「まあ、いいか、ハルも来たしこれで人数そろったじゃない」


 いつツッコミを入れるか俺はスタンばっていた。

 ようやくその時が来たようだ。


「何でお前がここにいるんだよ、ナオ!」


 普通、苗字で呼ぶ女子を、名前で呼ぶことからわかるだろう、知り合いだ。


 ショートヘアの女子は、西園寺さいおんじナオ。

 俺の幼馴染み。


 期待されても甘酸っぱい思い出や、幸せな記憶は無い。

 保育園から一緒です。ただそれだけだ。


 家が隣だろうが関係ない。普通そんなもんだろう?

 可愛い幼馴染みが毎日部屋に起こしにてくれるとか、登下校が一緒なんて漫画やアニメの世界でだけだ。


 大抵は、中学で完璧なる男女の壁が構築されたらそれで終わりだ。

 部活とかもあるし、住んでる世界が変わるからな。

 それからはもう交わることは無い。

 俺の場合は平日でも一日六時間は別の世界にいるからな、この前こいつと声を交わしたのは……はていつだっただろうか?


 確かに、ナオは、こいつのクラスで五本の指に入る人気はあると聞いている。

 それは間違いない。

 だが俺にとっては、ただの幼馴染みだ。



「何でって、エナの友達だからに決まってるじゃない」


 ハイハイ、友達、友達ね。

 そうですかそうですか。


 ということは話しぶりから考えてこいつもナオの友達なのか?

 俺は黒髪ロングの彼女に視線をうつす。


 姉小路あねこうじマミ。

 恐らく俺の知る限り、学年一位の能力者、違った学年一位の人気を誇る女子。

 おっとりした雰囲気で、ささやくような小さな声で話すのが溜まらないと周りの奴は言う。


 まあわからなくはない。

 胸も大きく、外見にこれといった欠点は無い。

 違うな、全てがハイレベルだ。だからこその学年一位。

 成績の方は、普通らしいし、さっきのゲームの話ではないが、結構不器用ではあるらしい。しかし、そんなものは逆にあばたもえくぼにならないレベル。

 まとめると、正直こいつがナオの友達というのが信じられん。

 脅迫とかされてないよな? 姉小路……



 そして俺と一緒に来た眼鏡ツインテールのことを、二人はエナって呼んでたな。

 あれ、エナ……エナってどこかで見たことあるような。


「お前、ひょっとして、テストで常に学年一位の京極きょうごくエナか!」


「ひょっとしなくても、そうだけど」


 あっさり返された。

 今日のこれまでの言動から、そんなに頭が良くは思えない。

 だが、天才というやつはそんなものなのかもしれん。


 むしろ、ナオとこいつが知り合いというほうが驚きだ。

 頭脳の学年一位と、可愛さ学年一位の両方を制すとは、侮れん。

 何繋がりなんだよ。


 あれ、まてよ、ということは……


「まさか俺がつれてこられたのって」


「アタシが推薦しといた」


 即答するナオ。


「じゃあナオ、俺がゲーム中にペットボトルで用を足してるとかあることないこと吹き込んだのはお前か、お前が犯人か!?」


「人聞きの悪いこと言わないでよ。そんなこと言ってない」


「本当か~?」


「アタシが教えたのは、あんたがやってるゲームとあんたのキャラの名前くらいよフリューリンクさん」


「ば、馬鹿馬鹿馬鹿、それだって個人情報なんだぞ」


 ゲームのキャラ名を現実でバラされるほど恥ずかしいことなんてこの世界にあるだろうか……俺男だけど、泣くときは泣くからな!

 ドイツ語で悪いか、ドイツ語で悪いかよ!

 これでも名前つけるとき一生懸命調べたんだぞ。


「まさか、フリュンがうちの学校にいたとは思わなかったけどね」


「何ッ!」


 満面の笑みを称えているツインテールに俺は狼狽する。

 何でこいつはその呼び方を知っているんだ……

 フリュンと俺を呼ぶのはゲーム仲間でも、ギルドのあのエルフ姉さん、アン姉さんだけだ。


 ……この時、俺の頭の中で全てが繋がった

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