このゲームは魔王に支配されました
英知ケイ
第1話 女神が召喚にやってきた?
「早乙女ハル、あなたが欲しい」
下駄箱で靴を取り出しながら、今日は帰ってから待ちあわせ時間まで何のゲームをしようかと胸を膨らませている俺の耳に、女子の声が響いた。
空耳だな。
この高校で、ウチのクラスどころかおよそ学校全体で考えても最底辺である俺に女子が話しかけるわけがない。
俺は気にせず靴を床に置くと、いそいそと上履きをロッカーに整えて入れる。
「早乙女ハル、きいてるのよね?」
あれ、まだ聞こえるぞ。
ゲームのやり過ぎで耳がおかしくなっているのか?
休日はともかく、平日は毎日六時間くらいしかやってないのに?
睡眠時間を補うべく学校では授業中よく寝てるぞ?
それとも……まさか頭のほうだろうか、ゲーム脳というやつか?
いよいよ精神科に行かなければならなくなったかと、ちょっと不安になる。
でも、こういうのは早めに行っておいた方がいいのではないだろうか。風邪もひきはじめが肝心だ。ガンも初期なら治療で何パーセントかは無事治るとこの前ニュースで聴いた記憶がある。
「無視すんじゃないわよ!」
パシッと頭に音が響く。
コロリと目の前に上履きが転がる。
ぬう、何者の攻撃だ。
痛くもかゆくもないが、上履きが頭にストライクは心が傷つくんだぞ。
……なんと、敵はクラスで全く存在感の無い俺の姿が見えると言うのか!?
負け惜しみでは無い。
くだらぬ学校生活というやつに巻き込まれないように、おはようからさよならまで心がけているだけだ。
他のヤツに挨拶なんてしないけどな。
好きなやつらは、好き同士で満喫すればいい。
俺はお前達がそうしている間に、ゲームに勤しむだけだ。
言っておくが学校の勉強や部活とかよりもMMOやってたほうが社会勉強になるんだからな。
これは一緒にゲームしてる社会人の先輩方がおっしゃっておられるから間違いない。MMOには社会人生活に重要な要素が全てあると。
MMOっていうのはネットワークで繋がれた同じゲーム世界を共有し、複数のプレイヤーで楽しむゲームのことだ。
俺がやっているのは剣と魔法の世界なMMORPG。
現実では会ったこともない人と一緒に毎日冒険してる。
そこには別の人生、別の生活があるんだ。
ネットの信頼関係は相手の本当の姿が見えない分現実よりもシビアだ。
時間厳守は当たり前、連絡無しに待ち合わせに遅れるようなルールも守れない奴は、次から冒険に呼ばれなくなる。
真面目にやってるやつは、自然と時間を守るようになる。
遅れる場合は、メッセージでどれほど遅れる見込みか、リアルの現状がどのような状況かを含め連絡するようになる。完璧な報連相。
でないと
ゲームは遊びじゃ無い。
そして現実よりも相手のステータスが見える分、付き合い方も輪をかけてシビアだ。現実だったら、あれか、身長・体重・年収・職業あたりの全ての個人情報が見えちゃってるようなもんだ、多分。
だから、常に腕を磨き、攻略情報を収拾しつつ、集団の中での一プレイヤーとして役立つ人材になっておかなければならない。
職業だって一つにこだわることなく、時々入る職業能力の下方修正に備えると共に、次なるシナリオでの活躍に期待して、メインの職業以外にも他の職業を鍛えておくのも大事だ。先輩方は『副業』って呼んでる。
いつのまにかハマってそっちがメインになる人もいるが、それは先輩方に『転職』て呼ばれてる……まんまじゃねえかよ。
でも先輩方によると、現実もそんなもんらしい。
つくづく思う。
ゲームは遊びじゃ無い。
「ちょっと、早乙女ハル? どっかヤバいとこにぶつかった?」
おいおい、肩に手をかけてゆさゆさ揺られているぞ俺。
しつこい幻聴だな。
なんか、目の前に、髪の毛を左右それぞれで結んだ女子の姿が見えるぞ。
これってツインテールっていうやつ。
この髪型は俺のやってるMMOでも人気のある髪型だ。
現実では痛いというのがもっぱらの評判だが、小柄でまる顔で凹凸の無い体型だと意外にいけるもんだな。
だが目の前にいるこいつは残念なことに眼鏡をしている。
俺に眼鏡萌えの属性は無い。
目鼻立ち整った可愛い系の顔なだけに残念だ、とても残念。
「不合格」
次の瞬間、頬に衝撃を感じる。体が浮く。
俺はそのまま、後ろに倒れ込む。
「何が不合格なのよ、失礼ね」
俺を見下ろす、ツインテールの彼女。
今の一撃は、こいつが放ったらしい。み、見えなかったぞ。
とにかく反撃しなければ殺られる。
「そっちの方が失礼じゃねーか、いきなり殴りやがって何様のつもりだよ。損害賠償モノだぞ、損害賠償モノ」
「いきなりじゃないわよ、もう四五回あなたの名前を呼んだわ。それに反応しないあなたが悪いのよ。大体人の顔見て酷いこといったのはあなたの方よ。これでおあいこよ」
口では勝てそうに無い。腕っ節は……考えてはいかん。
勝てそうに無い相手と戦うのは無意味だ。
俺は、立ち上がり、体の埃を払うと、さっきの衝撃で転がっていた鞄を手に取り歩き出す。
これは逃げではなく、戦略的撤退だ、情けなくは無い。
そうだ、アレだ、女子に手をあげるわけにいかない。
格好良いな、俺。
ああ。頬が痛い、腫れてるかもしれない。
いずれにせよ病院行きだったか。
「ちょっと、待ちなさいよ、どこいくの」
後ろで騒いでるやつを気にしてはいけない。
ハッ……
気がつくと、後ろから腰に手を回されていた。
背中に暖かくて柔らかいものを感じる。
これさっきのやつだよな、意外に……ある……。
人は見かけによらないんだな。
女子ってのは全く男子にとっては未知の生き物だぜ。
いや、それどころでない、結構きつく締められてる、この後ジャーマンスープレックスとか決められてしまうかもしれぬ。
そう考えて、俺は身構えたのだが……
「待って……私を、助けて……」
背中から聞こえるか細い声に、俺はそれ以上前に進めなくなった。
べ、べつに柔らかいものが気になったからじゃ無い。
俺はゲームの世界で、助けを請われて助けなかったことは無い。
それを誇りにしている。
たまたま、それが現実で起きただけ、それだけだ。
「わかった、わかったから離れろって」
「もう逃げない? 無視しない?」
「逃げない逃げない。無視もしないから」
ようやく彼女の手から逃れる。
ふり向くと彼女はニコリと俺に微笑んだ。
……可愛いじゃねえかよ。
「で、何を助けて欲しいんだよ」
「あなたは一日六時間くらいゲームしてる廃人、人間のクズだってきいてるわ」
容赦ない。
というか、さっきまでのしおらしさはどこにいったんだ-?
「えーっと……」
「ゲーム中はトイレも行かずにペットボトルで十分っていうヘンタイだともきいてる」
確かに人にそういうことを言ったことはある。
だけどあくまで言ってみただけで、実際はやってない。
当たり前だ。考えても見ろ、そんなペットボトルが部屋にあったら嫌だろうが。
ゲームに集中できないぞ。
これは噂の出どころを確認せねばと俺は思った。
「ちょっと待て、どこで誰に聞いたんだそれ」
「それを知りたくば私についてきなさい」
「いや、あの、答えになってないてゆーか。何か態度変わってないすか?」
我ながら変な口調。
でも、また機嫌損ねてあの一撃を喰らわされるのは嫌なんだよコンチクショウ。
怯える俺に、ツインテールの彼女は満足そうに言うのだった。
「最初に言ったでしょ。早乙女ハル、そんなあなたが欲しいって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます