Challenge 4

「こ、これは!?」


 扉近く、額に絵を収めたところ、土偶は驚きの声を上げた。


「ど、どう?」


 僕はドキドキしながら土偶に聞いた。期待は少しだけ持っていた。しかしながら、その期待は反転して僕にのしかかることになった。


「これは酷い」

「ええ……?」


 少し予想はしていたが実際にそう言われると落ち込む。言われた通りに手を加えたのだから少しは大目に見てくれてもよさそうなのに。


「なんですか、これ?」

「なんですかって、手を加えた絵だよ」

「手を加えると言っても……こう……もうちょっとやり方というものがあるでしょうに」

「だって、解らなかったから」

「解らないなら解らないなりに、人に聞くとか調べるとか教えを乞うとか色々と方法が……えーと、ちょっと待って」


 そう言うと、土偶から発せられている光が少し変化した。色というのか雰囲気というのか、その光の変化は何かが動いているような感覚を僕に伝える。


「色鉛筆と……マーカー……絵の具」

「す、すごい。よくわかるね!?」

「盛り過ぎ」

「え?」

「印刷の上から色鉛筆で塗ってみた。しかし、上手く色が乗らない。だからマーカーも使ってみた。上手く行かない。水彩絵の具を少し塗ってみた。紙がふやけ、滲み、一部は破れる」

「うっ」

「乾かしたものを見て『まあ、いいか』と思いつつここへ持ち込んだ」

「そ、その通りです」

「やり直しですっ!」

「で、でも、僕にはどうすればいいか―――」

「やり直しですーっ!!」


 耳たぶが振動しているかのような衝撃を受け、僕は洞穴の壁にもたれ掛かってしまった。見れば土偶からは光が消えている。


(今日はここまで、ということか)


 そう思って額から絵を外し、カバンの中に仕舞い込む。そのまま出口へと歩を進めた。


「解らないなりに、か……」


 そう呟いていた。


 確かに、投げやりに過ぎたかも知れない。もうちょっと真剣になってもいいだろう。プリントした絵にも悪い事をしてしまった。もう一度やってみよう。そんなことを思いながら、すっかりと日が高くなった夕方の家路を走ってみた。10秒ほどで歩きに戻る。程よく息が切れて気分が良かった。


 部屋に戻り、椅子に座り、窓から夜風を浴びている。ぼんやりと土偶からの言葉を考えていた。人に聞く、教えを乞う、調べる。僕には苦手なことばかりだ。特に聞くとか、教えてもらう、とかは無理だ。こういうことを相談できるような知り合いはいない。知ってそうな人に聞きに行くなんて更に無理だ。僕には出来ない。最後の一つ、調べる。それしかない。また、図書館のお世話になる他ない。


 僕は机の引き出しを開けて、クリアファイルに納められた『竹屋の渡し』のコピーを眺めた。多少投げやりではあったが、自分なりに保険は用意していた。手を加える前にコンビニでカラーコピーを何枚か取っておいたのだ。ちょっと値は張ったが、今の状態を想えばその価値はあった。


(さて、今度はどうするか)


 一枚の絵が僕の両手に納められながら、風に静かに揺れている。そのユラユラと手に伝わる紙の揺れを感じながら僕はやり方を模索していた。そして、その絵を部屋の壁に貼り付け、僕は何度目かの部屋の捜索を始める。普段やらないことをすると、どうしても騒音が発生してしまうようだ。僕に向かって来る家族の声に応えながら、僕は目当てのあれこれを用意して、手を動かしていく。


「鉛筆画ではないですか!」

「うん。そう」

「ほほう。これは中々……」


 僕は仕上がった絵を持って洞穴の奥に来ていた。土偶の反応は今までで一番好い、と思う。しかし、しばらくしてから、


「やり直しです!」

「ええ!?」


 実際のところ激しく落胆していた。この驚きも真実だ。


「白黒で味があります。ですが、不適格とします。やり直してください」

「で、でも……」

「もう一度元の絵を見て、それからあなたの鉛筆模写を見て、少しだけ考えてみてください。それでは」


 そう言って土偶からは光が消えた。僕はそんな洞穴の奥で落ち込みながら外に向かって歩き出す。夕焼けに照らされた二枚の絵を眺めつつ、梅雨が明けたかもしれないと考えていた。考えるべきはそんなことでは無いだろうに。そして、その思索は家でも続き、手を動かしながらも続き、学校でも授業中でも続いていた。


「それって、浮世絵?」


 不意に、教室で声をかけられた。僕は肩がビクッとなったことだろう。声のした方、斜め後ろへ視線を向けるとそこにはクラスメイトの女子が居た。


「も、森川さん……」

吾妻あずまくんって、絵に興味があるんだっけ?」

「えーと、これは……」


 ただでさえ、ドギマギしている中での不測の事態により、僕の反応はギクシャクした不明瞭な何かとなって行く。森川さんの表情は怪訝なものから微笑みへと変わり、言葉を幾つか繋いでくれた。


「マンガとかアニメのキャラを描くならまだしも、そういう絵は珍しいよね。美術の授業でも西洋系からじゃない」

「その……そう、だったから、日本の方に興味が湧いちゃって。どんなものだったのかなぁ、と」

「ああ、ゴッホとか?」

「そ、そう。その辺りから」

「でも、まだそこまで行ってなかったと思うけど」

「あの、その、教科書をパラパラと先の方まで」

「へえ! 熱心なんだね!」

「あ、そう。そうなんだ」

「その割に、模写が下手だね!」

「うっ、そうなんです……」


 ギクシャクしながらも森川さんとの会話は弾んでしまい、放課後にじっくりと練習することになってしまった。彼女は美術部員だった。

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