Challenge 3
僕は声の主の正体を探し始めた。周りに人影は無い。僕はお尻の痛みをこらえながら立ち上がる。そして、
「だ、誰かいる、のっ!?」
と声を発した。僕の声が洞穴に響くのを感じた後に、
「絵はこれで間違いありませんがね。これでは不合格……いえ、少々……不適格と言ったところでしょうか。やり直しを要求します」
再び、僕以外の声が響く。今回、僕はその声の発生源を特定することが出来た。扉の左側にある、あの土偶だ。よく見ると、土偶自体が淡い光を発していた。
僕はゴクリと唾をのみ込み、その光る土偶に視線を向け、足に力を入れて声を出そうと試みた。しかし、上手く言葉が紡ぎだせない。喉が、舌が渇いてしまい、嫌な感覚が走ってしまう。僕はこんな風に言ってしまった。と思う。
「ふてきかくって、なんなのっ……!」
その後、土偶の目が僕を捉え険しい視線で睨みつけた。ような気がした。実際には全く動いていなかったと思う。
「あなたが今回の挑戦者ですか?」
土偶が僕に話しかけて来た。一体どういうことなのか全くわからない。僕が挑戦者? 何を言っているのだろう?
「おや? この場についてあまり良くご存じで無い? もしかして、偶然ここにたどり着いてしまいましたか?」
「え、ええ……?」
僕は口をパクパクさせながら土偶の問いに応えようとした。しかし、タダでさえよく解らない所に、更に意味不明な言葉が浴びせられ、僕の頭は混乱の極みにあった。僅かに発することのできた言葉は呻きにも似た何かだった。
「ふむ。それでは、説明いたしましょう。この場所は『にせもと関門』という名で呼ばれていました」
「にせもと……かんもん?」
「はい。ここは偽物から本物になるための関門です。その変化、成長を求める者がここにたどり着きます。『偽物』の『にせ』と『本物』の『本』を『もと』と読み、関門と合わせて『にせもと関門』です。この扉はその最初の試練を表しているのです」
「しれん?」
「そうです。この辺りにその概要を記した本があったと思うのですが、ありませんでしたか?」
「あ、あ……り、ませんでした」
「ふむ。長らくの休眠の為に紛失してしまいましたかな……? ふぅむ。しかしながら、その状態でよくその絵を見つけ出しましたね。大したものです」
「あ、は、はい。あり、がとうござい、ます」
どぎまぎしながらお礼を言った。ようやく口の辺りがほぐれて来た。さっきも何故か『無かった』という嘘をついてしまったが、本当は正直に話そうと思っていたんだ。でも、僕の頭の中に幾つかの状況が重なって押し寄せてしまった。
・ボロボロの薄い本らしきものを見つけた。
・ほとんど読めなかったけど、絵だけは解った。
・この前、どうにかその絵の情報を探り当てた。
・探り当てたものの、どうすればいいのか解らなかった。
・とりあえずプリントアウトしてみた。
・今日、ここに持ってきたらサイズがピッタリだった。
・納めてみたら摩訶不思議な事態が起こった。
そんなものだった。どういったらいいか解らないままさっきの答えになってしまった。
「とにかくですね。この扉を潜るためには、この『竹屋の渡し』という絵の模写が必要となります。プリントアウトも……まあ、完全にダメとは言いませんが、これはちょっとお粗末と言うものでしょう。もう少々の努力が必要と判断します」
「あ、あの、それはどういうこと?」
「これを印刷したものは、4色のインクを使うインクジェット・プリンターでしょう?」
「え、えーと……」
「スキャナーとコピー機の機能が付いた複合機。お値段は……そう、5000円ちょっとという所でしょう。インクは1色1000円ほど。これでは、この扉を通すわけにはいきません」
「あ、あの、それじゃどうすれば?」
「もう少し、精巧さが欲しい。ちょっとビクッとした感じを持ってしまっているので……そう、もう少し……落ち着いた環境で……うーむ……とにかく、手を加えて貰いましょうか。じゃあ、また次回にお会いしましょう」
そう言うと土偶から発せられていた淡い光が消えた。僕はポカンとしながらその様子を眺め、恐る恐る歩み寄り、触ってみたり叩いてみたりしたが、まったく反応が無かった。一体何の事なのか解らず、土偶の割に色々と現代のデジタル機器に詳しそうなことを今更ながらに不思議がってしまったが、どうにもならなかったため、額に納めた例の絵を手に取り、僕は外へと歩いて行った。
(手を加えるってどういうことだろう?)
外から見える光へと向かいながら、僕はそんなことを考えていた。
(今持っているこの絵に色鉛筆とか絵の具で塗り足してみればいいのだろうか?)
家路を歩きながらもその考えは収まらず、家に帰っても、布団の中でも収まらなかった。僕はそう言った画材を持っていたような記憶があったが、部屋のどこを探しても見つからず、近くの文房具店に買いに走った。7月のはじめ、僕は色々と手を加えた例の絵を持ち、洞穴の中を歩いていた。
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