第26-4話 ひなたがんばる(4)

「さて、ここからが面倒よ。要領よくやらないとお兄さんが帰ってくるまでに間に合わないわ」

 一致団結したところで、壊れた備品も泡だらけになった洗面所も何一つとして変わっていないのだ。むしろ、ここからが本当の修羅場だった。

「部屋の片付けは私がやろう。この量は骨が折れるが、なんとかしてみせよう」

 ひなたが申し訳なさそうにしているのを察して、彼方は微笑んだ。

「心配はいらん。私は部長だぞ、大船に乗ったつもりで任せておけばいい。……ところで、くるくるガールよ。先ほど私は片付けると言ったのだがな」

 ぽんとひなたの肩を叩き、

「――別に、直してしまっても構わんのだろう?」

 懐から怪しげな光線銃を取り出し、不敵な笑みを浮かべた。

「料理は愛結様がやりますですの。わたくし、実は料理は大得意ですのよ」

「じゃあ洗面所の後片付けをお願いね」

「本当ですのよ!? 黒洞院財閥では花嫁修業をしっかりさせられましたの! なんですか、そのハエの集った生ゴミを見るような信用の欠片もない眼は!? わたくしでしたら芽吹さんに教えながら作ることもできますわよ!」

 千瀬はしばし愛結を見ていたが、はあ、とため息をついた。

「おーけー。料理は愛結さんに任せるわ。あたしが洗濯ものをなんとかしてくる。とはいえ食材が切れてるから人手は必要よね。紺乃、愛結さんの手伝いよろしく」

「わかったんだよ!」

「あの、千瀬ちゃん。わたしも一緒に手伝います」

 洗面所に向かおうとしていた千瀬は振り返った。

「片付けくらいあたし一人で十分よ。お兄さんに手作りの料理食べさせてあげたいんでしょ。あんたが作らないでどうするのよ?」

 千瀬はウインクをしてみせた。

「はい!」

 ひなたは笑顔で返した。


 ◇


「ふはははは! 私の発明品! 超時空間復元機が役立つときが来るとはな! あはははは!! 時よ、遡れ! 全て元の形に戻るのだッ!」

 彼方の握る光線銃から放たれた光を浴びせると、壊れた備品がまるで時間が遡ったかのように復元されていった。

「彼方さんがすごいハイテンションなんだよ。こっちも頑張るんだよ! ……と言っても、食材がないとなにもできないよね。私、買出しに行ってくるんだよ」

「その必要はありませんわ。この程度の問題、わたくしの財力魔法で一挙に解決してみせますの。《我が命令に応じ、格なる姿を顕現せよ!》 召喚魔法『みらくる☆さもん』ですの!」

 いつものステッキがないのでお玉を代用して、一通り魔法発動のポーズを取ったところで、愛結は懐から携帯電話を取り出した。

「おい、若菜。十人ほど兵隊を寄こすですの。それぞれ各スーパーを回って食材を確保しなさい。五分以内ですのよ。余った兵隊はこちらに寄越すですの。掃除の手伝いをさせるのですの」

「ナチュラルに人を使いだした!?」

 テキパキと事務的に命令を下す愛結に、紺乃は目を瞬かせた。

「ひなたー、その辺のタオル使ってもいいわよね? 泡とか全部ふき取りたいし。ついでに掃除もしとくわよー。男手でやってるからか、色々と荒が目立つのよね。すごく気になるわ」

 洗面所から飛んでくる千瀬の声はなぜか生き生きとしていた。

「さて、芽吹さんにはわたくしがしっかり教えてさしあげますの」

 電話で一通りの指示を終えた愛結は、手慣れた手つきでエプロンを巻いてみせた。

「でも火柱が……」

「それは芽吹さんが教えた通りにやらないからですの。自分の意見を持つのは結構ですが、きちんと言った通りにすることも大事ですの。危なくなったら指摘しますから。教えた通りにやってもらえますか?」

「……はい!」

「では、まずはフライパンに油を引いてください。……こら、その量はどうみてもおかしいでしょう。油は食材がフライパンにくっ付かないようにするためのものですよ。では、どれくらいの量がふさわしいと思いますか?」

「は、はい! これくらいですか?」

「そうです! やればできるじゃないですか!」

 愛結の厳しい指摘に苦心しながらも、一生懸命にフライパンを傾けるひなただった。

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