第26-3話 ひなたがんばる(3)

 掃除と洗濯を終わらせたひなたはエプロン姿でキッチンに立っていた。

「ふっふっふ! やっとわたしの腕を振るうときがやってきましたね! 今日は邪魔する人が誰もいませんから、存分に自分の実力を発揮することができます! きっとお兄ちゃんも驚きますよね!」

『別の意味で驚くでしょうね……』

 千瀬は額に手を当てた。

『しかしだ、先日のアレのこともあるのだし、さすがに無難な料理は避けるのではないか?』

「じゅるり……本格の料理が食べたいですね……」

『ダメだよ!? 作れるものじゃなくて食べたいものを構想してるんだよ!? 火柱が! 家屋倒壊の危機だよ!?』

『よし、再び私が誘導しよう! ……ひなた、あかん、それはあかんで』

「天国のお母さん? フランス料理はとても美味しいですよ?」

『食欲に目が眩んで言うことを聞こうとしない!』

『なにやってるんですの? 食事を作るだけですのに、みなさんおおげさですね。普通に料理していたらそう簡単に火柱なんて立つはずが……』

「きゃあ!? フライパンが燃え上がりましたーっ!?」

『……立ったですの』

 信じられない物を見る目で愛結は呟いた。

『愛結さん、こんなのまだ序の口なんだよ。ほら、見て。炎が用意してあった食材に飛び火して大惨事になっているんだよ』

「野菜が……野菜が……燃えてます……」

『分かってるなら早く消火しなさいよ!?』

 いち早く洗面所に水を汲みに行った千瀬は急いでバケツに汲んだ水をかけた。しかし時すでに遅し。家屋全焼こそ免れたものの、用意していた食材の八割が燃えカスとなってしまっていた。

「ま、まあこういうこともありますよね。でも、他の仕事はきちんとできてますし?」

 部屋の奥からピーピーと不穏な音が鳴り響いた。ひなたが洗面所に顔を出してみると、洗濯機の隙間という隙間からぶくぶくと泡の放出が始まっていた。

「どうしたんですか!? 洗面所がなんでカニさん状態になっているんですか!? もしかして故障ですか!? そ、そうです! タオルで拭かないと――って、ひやぁぁ!?」

 タオルを取りに戻ろうとしたひなたは、素足に泡がついていたためか、廊下で足を滑らせて転んでしまった。

「………………」

 ひなたは倒れたまま、しばらく動かなかったが。

「ぐすっ……ぐすっ……」

 とうとう限界が来たのだろう。俯せになったまま静かに泣き始めた。

『ひなたちゃん……』

 見かねた紺乃が手を差し伸べようとしたとき、

「どうしてわたしはこうなのですか。このままじゃ、安心してお兄ちゃんが出ていけないのに」

 言って、ひなたはぴたりと動きを止めて、ゆっくりと首を横に振った。

「違います……送り出すって決めたのに……わたしがダメなままだったらずっといてくれるのかな、なんて考えて……それで本心では安心していたりして……私は最低です……大切な人を送り出すこともできない……生きる価値なんてありません……」

「そんなことないんだよ!!」

 当然聞こえてきた声に、はっとひなたは顔を挙げた。倒れた彼女の目の前には紺乃が立っていた。

「ひ、ひぇぇ!? なんで、紺乃ちゃんが!? お、お化けですか!?」

 ひなたは恐怖に後ずさった。

「生きているんだよ! 彼方さんの発明品で透明になっていたんだよ!」

 その言葉とともに、透明になっていたみんなも腕輪を外して姿を現した。

「そ、そうだったのですか……納得です。さっきから変だと思ったのです」

「あ、さすがに気付いていたのね」

「当然です。そうでもしないと火柱なんか立ちませんもん!」

「そこじゃない……断じてそこではない……」

「そう……ですか。わたしはまた助けられていたのですね……。やっぱり、わたし一人じゃ何もできない役立たずです……」

「そんなことないんだよ! ひなたちゃんは役立たずなんかじゃないんだよ!」

「でも、わたし……一人じゃなんにもできなくて……」

「頼ればいいんだよ!」

 紺乃はひなたの手をぎゅっと握った。

「一人じゃ何もできないなら、みんなの力を借りればいいんだよ! だって、ひなたちゃんには仲間がいるんだから! 一人でなんでもできる人なんていないんだよ! 誰だって助け合って生きてるんだもの! そして、ひなたちゃんにはみんなに助けてもらえるだけの雰囲気があるんだよ! それは紛れもないひなたちゃんの力だよ! だから、もっと、もっとみんなを頼るべきだよ!」

「こ、紺乃ちゃん……」

 その言葉に、ひなたは瞳に涙を浮かべた。その様子を見ていた千瀬はため息をついて、ひなたに近づき様、べちんとデコピンをした。

「ひゃあ!? 痛いのです!? 何をするのですか!」

「一人で抱え込もうとした罰よ。全くほんとに天然なんだから。大切な人がいなくなりそうそうなのに、平常心でいられるわけないでしょ。紺乃の言う通りよ。もっと頼りなさいよ」

「千瀬ちゃん……」

「そうだぞ、私たちは助け合って当然だ。なぜなら私たちは友人だからな!」

「その通りですの! どうにもこうにもならなくなったら、わたくしを存分に頼るがいいですの! 全てお金で解決して差し上げます! お金は現代の究極魔法ですの! なんでもできましてよ?」

「みなさん……わたし……」

 みんなの温かい気持ちに触れたひなたは、その場でぐすぐすと泣きじゃくっていた。そして、涙を拭いてゆっくりとみんなの顔を見た。

「わたし、間違っていました。わたしはもっと、もっとみんなを頼らなければならなかったのですね。ごめんなさい……わたし、今自分で家事もできませんけど……きっとできるようになりますから……それまでの間、よろしくお願いします」

 そういうとひなたは目一杯頭を下げた。

「当然、助けてやるわよ」

「存分に頼るがいいんだよ!」

「ありがとうございます! あ、でも……わたしは天然じゃありませんよ?」

「「「………………」」」

 皆は苦笑いを浮かべた。

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