第16-5話 チュパカブラ大作戦(5)

 隔壁の間に閉じ込められて十数分が経った。前後どちらの扉が開いてもすぐに対応できるように、二人は廊下の真ん中に座っていた。護は最善手を長考する棋士のように、これから起こりうるケースについて考えを巡らせている。ひなたはそんな兄の胸元を握りながら丸まっていた。

「大丈夫、俺が守ってやるからな」

 妹の心情を察したのか、護は優しく頭を撫でた。一回り大きな掌のぬくもりに、ひなたは小さく喉を鳴らした。

「懐かしいな」

「何がですか?」

「両親が亡くなったときもずっとこんな風に抱きしめていたよな」

 思い返すように、護は口にした。

 両親が亡くなったのは交通事故だったとひなたは聞いていた。聞いていた、というのは、事故当時ひなたがまだ幼かったからだ。ひなたは死というものが上手く理解できる歳ではなかった。ただもう会うことができない、ということだけはなんとなく分かってしまって、それがどうしようもなく悲しくて、ずっと泣いていたのだ。

 そんなとき、兄はずっとひなたの傍にいてくれていた。自分も辛いというのに……泣きじゃくる妹をずっと抱きしめ続けていた。自分よりも弱いものを守るために。これ以上不安にさせないように、安心させるように、一人悲しみを堪えていた。

 それ以降、どんなときでも兄はひなたのことを守り続けてきた。頼りになる兄であろうとしてきた。歳の離れた妹を守ることが自分の役割だと信じてきた。その心の在り方にひなたはずっと触れてきた。優しくて、強い。そんな兄だからこそ、ひなたは兄のことを――。

「わたしはもう立派な大人です」

「そうかな」

「そして、立派な女性でもあります」

「………………」

「なんでそこで黙るんですかーっ! わたしは魅力的なな女だというのに!」

「ははは! いやあ、なんでだろうな?」

「もうっ、お兄ちゃんはひどい人ですっ」

 茶化されて頬を膨らませる妹を見ながら、兄は小さく微笑んだ。そして、視線をわずかに下げた。

「そうか、それならもう大丈夫かな」

「え? お兄ちゃん、それはどういう――」

 ひなたが疑問を口にした、その時――ガシャンと音を立てて、後方の石壁シャッターが開いた。いち早く状況を把握しようと身構える護と、その背後に隠れるひなた。開いた隔壁の向こうには一人の女性が立っていて。

「大変なことになったですの」

 余裕なく息を切らせた愛結は、そう口を開いたのだった。

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