第三章

第13-1話 愛結のターン

「やーいやーい! 失敗ですのー! 負け犬ですのー!」

 翌日の朝、ひなたら三人が科学研へと顔を出すと、感極まった罵声が飛び込んできた。俯いて椅子に座る彼方の周りを、愛結あゆが踊り回っていた。

「あれだけ偉そうに啖呵を切ったのに失敗とは! なんてザマですの! なっさけなーい! ぷぷぷのぷー!」

「うなあああああ!! うるさいやああああい!!」 

 彼方は激昂と共にガタリと立ち上がった。

「やかましい! 私のことはもういいだろ!? 貴様にそこまで罵倒される筋合いはないわァ! 大体お前も失敗したら完全なブーメランなんだからな!」

「ぷぷぷ! この完全無欠の愛結様が失敗するなんてありえない! ちなみに罰ゲームの衣装はすでに用意してありましてよ!」

 愛結がぱちんと指を鳴らすと、どこからともなく黒服が現れ、チアガール衣装をテーブルの上に置いて音もなく去っていった。愛結はその衣装を指で摘まむとひらひらと彼方へと見せつけた。彼方の肩が羞恥心に震える。

「なんだこのスカートの丈は!? 股下が数センチしかないじゃないか! これでノーパンなんて……大事なところが見えてしまう……」

「もちろん手で隠すのは禁止ですよ♪」

 青ざめる彼方を見て、愛結は口元を深く歪めた。

「く、くぅ……偉そうにするのは結構だが、お前は一体どうやってくるくるガールの問題を解決するつもりだ?」

「秘策はすでに用意してますの!」

 愛結はスカートのポケットから一つのボタンを取り出した。そのボタンを押すと、ウィーンという機械音と共に天井からハイビジョンのモニターが下りてきた。

「貴様!? 人の部室に何勝手に仕込んでいるのだ!?」

「どうせ廃部になったらこの部屋はわたくしの部室になりましてよ。大した問題ではありませんわ」

「うぐぐ……!」

 へらへらと返す愛結に、彼方は唇を噛んだ。

「さて、みなさんは吊り橋効果というものをご存知ですか? 簡単に説明しますと、危機的状況を共有した二人が恐怖のドキドキを恋のトキメキと勘違いする現象のことです。私の作戦はこれを利用しますの。つまり、芽吹さんとお兄さんを危機的な状況に陥れることによって恋愛感情を引き出しますの!」

「はっ、お前の理論は穴だらけだ。真昼間の学校で恐怖も何もないだろう」

 彼方の批判に、愛結は余裕の笑みを返した。

「全くもってその通りですが……それも現時点までのこと。わたくしが魔法使いだということをお忘れですか? 一晩かけて作り上げた、わたくしの大魔法『まじかる☆ばいおふぃーるど』で、この学校を闇の世界に変えてしまいましてよ!」

「はあ? お前は何を言っているのだ?」

「百聞は一見しかず。見せて差し上げますわ、わたくしの大魔法を!」

 愛結は制服をばっと脱ぎ去りると、魔法少女姿になった。どうやら制服の下に着込んでいたらしい。加えてどこからともなく魔法ステッキを取り出すと、強く念じるようにステッキの先を天井へと向けた。

「《汝、我が前に真なる姿を顕わし、漆黒の世界へと誘いたまえ!》 『まじかる☆ばいおふぃーるど』!」

 詠唱を終えると、愛結は握っているステッキについたボタンをぽちりと押した。すると――ゴゴゴゴゴゴ、と。校舎全体が大きく揺れ始めた。

「な、なにこれ!? 地震なんだよ!?」

 窓から外を覗くと、学校全体がぐらぐらと揺れていた。敷地を覆うように巨大な鉄壁が地面からせり上がってくる。四方からぐんぐんと伸びてきた鉄壁は上空でそれぞれ斜めに伸長し、ドーム状に学園敷地全体を覆った。日光を失って真っ暗になった学園内で、さらなる変化が起こる。中高校舎の外装がまるでメッキが剥がれ落ちるように崩れ去ってゆく。中から現れたのは本格的なハロウィンデザインに彩られた校舎だった。

「ななな、何をやっているのだ、貴様!?」

「魔法ですの」

「どこが魔法だ!?」

「MP《マネーポイント》を消費して超常現象を引き起こす、どこからどう見ても明らかに魔法ですの」

「ええい! 話にならん!? 要するに金にモノを言わせて校舎を建て変えたのだろうが! お前、こんなことが許されると思うなよッ!」

 その時、校内放送がかかってきた。校長が咳込むようにして話し始める。

『えー、現在妙な事態が発生していますが、これは何か校内で考えられた新しい企画でしょう。学生は安心して、各教員は脳みそを空っぽにして業務を続けてください』

 それだけ告げると、ブツンと校内放送は切れた。

「校長はすでに『まじかる☆いほうけんきん』で手懐けてありましてよ」

「なっ!? 確かにうちの学園の校長は金に汚く、知性に乏しい、人として最悪の人間だと噂されるが最低限聖職者だぞ! そんな簡単に陥落するはずが」

「黒洞院家はこの学園に多くのお金を寄付しています。当然、人事権も掌握済みです。校長は世間体と保身のことしか考えない、人としては最低でも扱いやすい男を選抜しています。ちなみに、今回渡したお金では大好きなゴルフバットを購入するとのこと」

「人間のクズが!」

 彼方は目を剥き吐き捨てた。

「どうですか、芽吹さん。わたくしの魔法は?」

「すごいです! まさかこんなことまでしてくれるとは思いませんでした!」

「そうでしょう! わたくしはこの貧乳とは違うのですの!」

 増長した愛結は優越感の籠った視線を彼方に向けた。

「む、むぅ、勝手にするがいい」

 彼方は馬鹿にするような愛結の態度に苛立ちをみせたが、現実に失敗している自分は何も言い返すことができない。極めて不愉快気に彼方は踵を返した。

「それでは、わたくし達はオカルト研の部室に向かいましてよ」

 そういう愛結の声色に、ひなたはわずかに違和感を覚えた。

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