第12-5話 彼方の作戦3 ~夕食作り~(5)
「いやぁ、刺激的な飲み物だな……一瞬意識が吹き飛んだぞ……」
「あれ、お兄ちゃん、何も変化ないですよ……?」
「そんな馬鹿な!?」
その言葉に真っ先に反応したのは彼方だった。自らの発明品に相当な自信を持っていたのだろう。焦った彼女は護の料理に箸を伸ばし摘まんで口に入れていく。
「私の実験が失敗するはずなどない。きっと何かが誤ってあ、しま、順番間違え」
青濁した液体を口に含んだ瞬間、彼方はガクリと意識を失った。その後、もぞもぞと床を這うように部屋の隅まで移動し、直立したまま首を掻き毟り真顔で「海が落ちてくる」と呟き出した。
「何あれ……私が飲んだヤツ、本当にヤバいものだったのね……」
「千瀬ちゃんも冷めちゃわないうちに早く食べよ?」
「あんた、今の流れでよくそんなこと言えるわね?」
「私は何も知らないんだよ」
「だったら、あんたが食いなさいよ!」
「ぐべべ!?」
千瀬は手元の料理を無理やり紺乃の口へと突っ込んだ。紺乃はビクンと大きく痙攣したのち、フローリングの上に倒れこんだまま動かなくなった。
「え、あれ、紺乃? だ、大丈夫?」
「……問題ないんだよ、千瀬ちゃん」
紺乃は冷静な口調で制し、ゆっくりと立ち上がって、
「大天使ネフェラルシーによって遣わされた転生能力によって生まれ変わった新生紺乃に不可能はないんだよ」
「中二病を発症してる!?」
「私の能力セントマーブルによって世界は聖域リントガルドに変化している! ゆえに最高の能力を持った私は千瀬ちゃんを思い通りにできる! ふわあ! 大好きなんだよー! この美しき恋愛空間で私と愛を育むんだよぉっ!」
「やばい、根本は変わってない!? やめなさい!? また電撃を打つわよ……って、スタンガンが効かない!? 何この化け物!? あ、あああああ!? やめええええ!?」
千瀬は抱きついてくる紺乃に押し倒された。そのままキスを迫ってくる彼女を押し返そうと、必死に両手で抵抗している。
「なんだ、この惨事は……? ん、むぐむぐ!?」
突如訪れた大惨事に唖然としていた護の口に食べ物が突っ込まれた。
「飲み込みましたねー? じゃあ次です、はい、あーん!」
「ちょ、やめ、ごぶむぐむぐ!? ひ、ひなた、無理やり口に入れるのはあーんじゃない!?」
「そうなんですか? じゃあ最後ですので、あーん!」
「人の話を聞け! 後、さっきからスプーンの上に乗っけてるの錠剤だよな!?」
「あーん!」
「もごもごもご!?」
ひなたが強引に食べ物(錠剤)を口に入れると、護はびくりと体を震わせて床に倒れ込んだ。そして、数秒後。護はゆっくりと起き上がると、四つん這いになってきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「どうしたのですか? お兄ちゃん?」
「わんっ」
「お兄ちゃん、まさかわんこさんになってしまったのですか?」
「わんわん!」
「ん~! 可愛いです!」
ひなたは精神状態が犬になった兄をむぎゅうと抱きしめた。
その視線の先には、微睡んだ瞳で服を脱がしにかかってくる紺乃を必死に引き剥がそうと抵抗している千瀬と、また、部屋の隅でカーテンにミノムシみたいに包まって首を掻き毟りながら「海はなんて偉大なんだ」と呟き続ける彼方の姿があった。
そんな大惨事空間の中にいながらも、犬と化した兄を抱きしめたまま、ひなたは穏やかな気持ちに浸っているのだった。
◇
夜道、駅前までの道を女子ら四人は歩いていた。
「みんな元に戻ってよかったんだよ」
「薬の効果は一時的なものみたいですね」
「なんであたしの体質だけ治らないの……」
二回も薬を飲んだ後遺症なのか、兄は深い眠りについていた。
「うーむ、どうして失敗したのだろうか。まとめて作ったものだから調合を間違えるはずはないのだが……本当に申し訳ない……」
彼方は罪悪感に押し潰されて俯いた。
「気にすることないですよ、楽しかったですし」
「千瀬ちゃんを堕とすチャンスはいくらでもあるよ」
「おい巨乳、今何つった?」
失敗したことを責めるでもなく、純粋に受けとめてくれる三人に、彼方は目蓋に涙を滲ませた。そして――歩いていた足を止めて、小さく目を伏せた。
「あの……みなに頼みごとがあるのだ」
その言葉に、ひなたら三人は足を止めた。彼方は俯いたまま、「その、あの、だな」とドモるように口をもごもごとさせていたが、ついに意を決して、
「こ、この一件が終わっても、私の友人でいてくれないだろうか?」
顔を挙げて、震えた声でそう言った。
三人は目をぱちくりとさせた。しかし、涙目になって肩をぷるぷると震わせている先輩に、くすりと笑みを浮かべた。
「もちろんですよ!」
「当然なんだよ!」
「あたしの日常を壊さないならね」
「お、おおおおお! 本当か!? 本当に、友達になってくれるのか……!?」
こくりと頷く後輩たちに、彼方は目を見開いた。その頬にぽろりと涙が零れる。その雫を制服の袖でごしごしと擦って、彼方はゆっくりと歩き出し、三人の輪の中へと入ってゆく。ひなたたちはそれを当たり前のように受け入れてくれる。四人は駅までの道のりを楽しそうに会話しながら進んでゆく。その間、彼方はずっと無邪気な笑顔を浮かべていた。
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