第9-1話 千瀬の参戦
休み時間、三人は高校棟にある兄の教室前にまでやってきていた。
ひなたの手にはお菓子の入った袋が握られている。
「では恒例の作戦タイムだ! と言っても、今回もやることはシンプルだな。兄に近づいてクッキーを差し入れ、順番通りに食べさせる。これだけだ。三種類のクッキーを一つ一つ手渡して食べ比べて貰えばいい。順番の操作も至極簡単であろう」
「やっぱりかなちゃんは……天才ですね!」
「誰でも思いつくと思うのだが……」
「ずっと思っていたんだけど、彼方さんは作戦会議の時だけどうしてメガネをかけているの?」
「気分が乗るだろうっ!」
メガネをきりっとかけ直しながら、彼方は得意げに微笑んだ。
「それよりくるくるガールよ。お前、ちゃんと順番は覚えているか?」
「かなちゃんはわたしをバカにしているのですか? 当然……」
「赤、緑、青の順番なんだよ」
げんなりと紺乃は答えた。
「やっぱり一人だと心配だよね。保護者が同伴したほうがいいと思うんだよ」
「それはいい案だが……その役目は私には無理だな」
「どうして? 一杯一杯の私より先輩の方が安心できるんだけど」
「だ、だって教室は人が多いだろ? 緊張して身動きが取れなくなってしまうではないか!」
彼方は両手で顔を覆い隠した。
「うん。でも、私じゃひなたちゃんの面倒を見きれないし……困ったんだよ。どこかにちょうどいい人はいないかな? ……って、あれ、千瀬ちゃんの気配がする?」
「あんたたち、探したわよ……!」
紺乃が振り返ると、ちょうど廊下の端から千瀬が姿を現した。彼女は体を抱えるように、みんなの元へ歩み寄ってくる。
「千瀬ちゃんがなんで高校棟にいるんだよ? ……あ! 分かったんだよ! 恋しい私を追いかけてきてくれたんだ! ふわあ! 私も大好きなんだよ――ぶぎゅぅ!?」
飛び掛かってきた紺乃の首を片手で捩じり殺しつつ、千瀬はずりずりと体を這わせながら怒りの表情で彼方に近づいていく。
「おい、クソマッドサイエンティスト! 今すぐこの体質を治しなさい!」
千瀬の鋭い剣幕に物怖じすることなく、彼方は唇に指を当てた。
「敏感体質を戻す薬か。研究してもいいのだが」
「何か問題があるのかしら?」
「まったく作る気が起きん」
「殺す」
「ぐぶぶぶ!?」
千瀬は先輩の首根っこを容赦なく掴み上げた。
「ほら、今死ぬか、薬を作って死ぬか選びなさい」
「どちらにせよ死ぬではないか!? ま、待て! ならば交換条件だ! 今抱えている問題に協力してくれたら作ってやろう!」
「……はあ? 協力ってなによ?」
彼方はこれまでの経緯を千瀬に説明した。
「はあ……またとんでもないことを考えてるのね……」
千瀬はうんざりした様子で呟いてみせた。
「協力したら絶対に薬、作ってくれるのね?」
「うむ、約束しよう」
念押しをすると千瀬は小さくため息をついた。どうやら手伝うこと自体はまんざらでもないようだ。
「分かった。手伝うわよ」
「ありがとうございます! 千瀬ちゃんがいてくれたら百人力です!」
「百人分も働かせないでよね?」
嬉しそうにピョンピョン跳ねるひなたを見て、千瀬は真顔で応えた。
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