第8-1話 遠野彼方は友達がいない

 目を覚ますと、見覚えのある場所にいた。白色のカーテンと少し薬っぽい匂い。ベッドの上で横になっている自分。間違いない。ここは保健室だった。 

「えーと、わたしは……? ふえぇ? 記憶がありません……」

注意が散漫なひなたはよく体育の授業で怪我をして保健室のお世話になっている。ボールでも頭に当たって記憶がなくなったのかと、ひなたは不安そうに身体を丸めた。

「あっ、ひなたちゃんが起きたんだよ」

 カーテンを分けて紺乃と彼方が顔を覗かせた。

「紺乃ちゃんと、かなちゃん? わたし、何を……?」

「どうやら酔っぱらってしまっていたようだな」

 彼方はベッドの隣の椅子に座った。その言葉を頼りにひなたが記憶を辿ってみると、薄らと食堂での記憶が想い浮かんできた。

「そうでした、わたしは失敗したのでした」

「気にするな。過ぎたことよりも未来だ。次の作戦も用意してあるのだぞ」

 彼方は肩にかけたバッグの中からいくつかのビニール袋を取り出した。

「こういうこともあろうと、早起きしてクッキーを作っておいたのだ。試行回数が限られているのは分かっていたのだからな。当然こちら側から仕掛けるプランも考えてある」

 彼方は四色のクッキーの入った袋をひなたに手渡した。

「三種類の薬の入ったものと、何も入っていないダミーの四種類がある。味付けも変えてあるから、試食を口実にすることができる。これを兄に食べてもらうというのが次の作戦だな」

「さすが先輩なんだよ! 頼りになるんだよ!」

「かなちゃん……! ありがとうございます!」

 無邪気に喜ぶ二人に……彼方はなぜか視線を逸らした。

「あれ? 私たち、何か変な事したんだよ?」

「いや、そうではない。ただ……今まで友達などいなかったものだからな。純粋な気持ちに触れるのが久しぶりすぎて……どう受け応えればいいのかが分からないのだ」

 どこか自嘲気味の口調で彼方は呟いた。

「ほえ、彼方さんはどれくらい友人がいないの? 普通、そんな長い間ぼっちだなんて考えられないんだけど」

「もう三年ほど一人なんだよなぁ」

「あっ……」

 紺乃は察した。彼方は高校一年生なので入学してからずっといない計算になる。

「ハァー。かなちゃんはそんなしょうもないことで悩んでいるんですねー」

「辛辣だね、ひなたちゃん!?」

「わたし、うじうじしている人嫌いですし」

 飾りっ気のないひなたの言葉に、彼方は目をぱちくりとさせた。

「ははは! その通りだ。昔からこんな性格だからな。友人などできなくて当然なのだ。気にする私が悪いのだ。湿っぽい雰囲気にしてしまってすまない」

 自嘲するように彼方は笑ってみせた……が、

「そんなことないんだよ!」

ふいに紺乃にその手を取られ、目を白黒させた。

「彼方さんは悪くないんだよ! 彼方さんは少し変わっているから、普通の人とは馴染めなかっただけ! 自分を押し殺して付き合う必要性なんてない! もし一人で寂しいんだったら……私達が友達になるんだよ!」

「結構だ。私には一人が似合っているのだ」

「遠慮なんてする必要はないんだよ!」

「え、遠慮などではないぞ。私は本心からそう言って」

「嘘なんだよ!」

「う、嘘ではない!」

「あー、もう! ごちゃごちゃ湿っぽいですね! そんなんだから友達ができないんです! かなちゃんはもっと開けっぴろげにしたほうがいいのですよ!」

 そう叫ぶと、ひなたは勢いよくベットの上に立ち上がった。その姿を見て、二人は固まった。ひなたは服を着ていなかったからだ。

「ひなたちゃん!? なんで全裸なの!?」

「脱いだからです」

「冷静に返された!?」

「いいですか、かなちゃん! 他人からの好意は素直に受け取るべきです! 過去のことと今のことは関係ありません。昔受けた悪意に囚われて、今目の前にある善意を受け取らないのは、かなちゃんが自分の心を開いていないのが原因です! かなちゃんはもっと心を開くべきです! 開け広げるべきです! 見てください! これが開けっぴろげです!」

「それは開きすぎだよ!? 誰かに見られる前に服を着て!」

「拒否します」

「なんで!?」

「気持ちがいいからです」

「露出狂だ!?」

「紺乃ちゃんも脱ぎましょうよー。すごく気持ちいいですよー?」

「勧誘されてる!? 助けて!? 千瀬ちゃん、助けてーー!?」

 わいわいと騒ぎ立てる二人をぽつんと見つめながら、何やら物思いに耽る彼方だった。

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