第7-2話 彼方の作戦1(2)

 次の段階に進むべく、ひなたは自分も弁当を取り出そうとした……ところで、持ってきたつもりの弁当袋がどこにもないことに気付いた。

「まさか弁当忘れたのか?」

「わたし、何やってるんでしょうね」

「俺の弁当分けてやろうか?」

「いいんですか?」

 思わぬ提案に、ひなたは笑顔を浮かべた。

「ちょうど食べきれなくて困ってたところだしな。ほら、食べていいぞ」

「わーい! わたしハンバーグ大好きです! いただきます! あむあむ! おいしいですー! ……って、ああああ!? やってしまいました!?」

 小さく砕いたハンバーグの一切れをお箸で摘まんで口に含んだところで、それが先ほど自分が薬を巻いた一本であることに気付き、ひなたの顔が真っ青になった。さらに悪いことに、最初に食べるのはコップに注がれた麦茶である。

(ま、まあ、他のものを食べなければ大丈夫ですよね?)

 呼吸を整えながら、ひなたはそう頷いた。

「どうだ美味しかったか?」

「はい。ところで先ほどからお箸が進んでいないようですが、お兄ちゃんはご飯を食べないんですか?」

「実は午前中に家庭科の授業があったのすっかり忘れててさ。料理好きな悟のフルコースを無理やり食べさせられたから。あまり腹が減ってないんだ」

兄の言葉を聞いて『それじゃあそもそも失敗じゃないですかー』とひなたはぐったり項垂れた。

「うー、げんなりしたら喉が渇いてきましたー」

 自棄になったひなたは傍に置いてあったコップを手に取って、ごきゅごきゅと喉に流し込んだ。冷たい麦茶を一気に飲み干したところで、それが先ほど自分が薬を入れたものだと気づき、

「わたしはばかですかー!?」

 蒼白に表情を曇らせた。

「今日のひなたは元気だな。ところでデザートもあるんだけど」

「ハァ? 私が食べるとでも思っているのですかァ?」

「え、なにイキってんの? まあ、そう言うなよ。わざわざひなたの大好きな苺のタルトを作ったんぞ。きっと口に合うと思うんだが」

「ははん! そんな甘言に釣られるほどわたしは甘くないですよ? 大体わたしが苺好きだからといってなんでもかんでも口にすると思ったらおおまちがむぐむぐむぐむぐ、ふみゅぅ! 苺はやっぱりおいしいですっ♪」

 口元に差し出されたイチゴのタルトを口に含んで、ひなたは満面の笑みを浮かべた。口内ではむはむと味わうように咀嚼し、ぽわぽわとした表情で口を開いて次の一切れを催促する。護は護で美味しそうに食べる姿が嬉しいのか、お箸で摘まんではタルトをひなたの口元に運んでいく。そうして全部を食べ終えたところで、ひなたはふと我に返り、

「わたし……ばかです……」

 ずーんと頭を抱えた。これから何が起きるのか。背筋を走る悪寒と共に、ゆっくりと頭に霧がかかってきて、

「……ぽわぽわしてきましたー」

 弁当を片付けていた護は、ひなたの様子がなんだかおかしいことに気付いた。

「どうかしたか?」

 椅子に座ったまま項垂れた妹の肩を、護は小さく揺さぶった。

「お兄ちゃんは……」

「俺がどうかしたのか?」

「なんで……」

 ひなたはばっと顔を上げた。その頬は真っ赤に火照っており、

「なんで頭にニンジンをブッ刺しているのですか!」

「はい!?」

「食べ物を粗末にしてはいけません!」

「意味が分からんぞ!?」

「引っこ抜いてしまいます!」

「いでででで!? それは髪だ!?」

 前髪を思いっきり引っ張ってくるひなたを護は必死で引っぺがした。そうして距離を取ったところで、妹の頬が真っ赤に火照っていることに気付いた。

「もしかしてひなた酔っ払ってる?」

「はあ? わたしは酔っ払ってなんかいません!」

「俺の勘違いかな」

「うぽー」

「絶対酔ってる! おかしいな、酒なんて入れた覚えはないんだが」

「……お兄ちゃん、なんだか暑いです」

「酔いが回ってきたんだな。ちょっと待ってろ、今水を持ってきてやるから」

「服を脱ぎますね」

「やめろォ!」

護は衣服に手をかけた妹の両腕を素早く取り押さえた。

「むー、どうしてお兄ちゃんはわたしの邪魔をするんですか。パンツが脱げないじゃないですか」

「下まで脱ぐつもりだったのか!?」

「妹がパンツを脱ぐ姿を生で見れるんですよ。興奮してくださいね?」

「俺は断じてロリコンではないんだぞ?」

「わたしはお兄ちゃんのことを想ってやろうとしているのに!」

「百パー個人の趣味だよな?」

 ひなたは激昂の瞳を兄に向け立ち上がったが、ふらふらと頭を揺らし、

「……ふみゅぅ」

 すやあと、電源が落ちたように眠りについてしまった。

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